side.優子

喉の渇きで目が覚めた。

カーテンの隙間から微かに差し込んでくる光を頼りにスマートフォンを手繰り寄せる。煌々と輝く液晶には、7:04の文字。

「……っ」

隣の加蓮に声を掛けようとして、声が出ないことに気が付いた。乾燥によってぴったりと張り付いてしまったような感覚。相当やられているようだ。昨日は結局、二人ともお風呂から上がって私の話を聞いて貰った後、再びベッドに雪崩れ込むようにして2回戦が始まってしまい、そこから遅くまで触れ合っていた。最初こそ抱かせて、と言ったものの、最後には上も下も関係なくお互いを果てさせ合ったため、喉も含めて身体の至る所にガタが来ている。声を掛けるより水分を補給する方が先決だと察した私は、一先ず加蓮を起こさないようにそっと布団を抜け出した。


冬の朝は特に冷える。一糸纏わぬ素肌を、冷え切った空気が撫でていった。小さく身震いしてキッチンへと急ぐ。シンクの横に放り出してあるミネラルウォーターは、常温の定義を疑いたくなるほどに冷え切っていた。仕方がないのでこれで我慢しよう、とキャップを握った手に力を籠めるが、腕が疲弊しきっているのかなかなか開かない。数分格闘してようやっと蓋が開いたころには私の身体はすっかり冷え、身体の芯の方から小さな震えが生まれ始めていた。そこに水を流しこんだものだから、私の身体はますます内側から体温を下げていく。

これは加蓮に温めてもらわないと、私ばっかり寒い思いをするのは割に合わないし、なんて考えながらベッドに戻る。当の本人はこれから何が起こるかなんて何も知らずにすやすやと呑気に眠っているようだった。


「……私がどんな思いをしてるかも知らないで、全く」

加蓮は何も知らない。どうして私が失恋するたびに加蓮に連絡をするのかも、私の恋愛が上手く行かないのは誰の所為なのかも、本当に私が会いたいのは誰なのか、ってことも。

「でも、言えないんだから仕方ないか」

そう。こんなこと、加蓮には言えない。彼女は、私が彼女のことを都合よく使っていると思い込んでいる。だから、なんだかんだ文句を言いながらも私の呼び出しに応じてくれるのだ。私が本気だと知られてしまったら加蓮は私から離れてしまうかもしれない。彼女にとってはきっと、「彼女を都合のいい相手だと見ている私」の方が都合がいいはず。そんな考えに囚われて、私は少しも動けなくなっている。

「あーあ、次は誰と失恋しよう」


こんなことばかり考えている自分が嫌になって、私はベッドに滑り込んだ。何枚も重ねられた毛布や羽毛布団の恩恵を十分に受けた加蓮の身体は、驚くほどに温かい。

「ひぁ……!? なに……!?」

不意に潜り込んできた冷えきった私という存在に、加蓮が小さく悲鳴を上げる。

「おはよ、加蓮」

水のお陰で潤った私の喉は今度こそちゃんと彼女の名前を発してくれて、それにすらいちいち安堵してしまう。

「お、はよ……優子……」

「ん。よく眠れた?」

「眠れたよ。でも、優子に起こされなかったらもっと寝れてたかも」

「えー、なにそれ、私が悪いみたい」

拗ねた顔を作って見せれば、冗談だよ、と目の前の彼女は心底おかしそうに笑みを零す。その拍子にお互いの顔がぐっと近づいて、それだけで私の心臓は大きく跳ねた。

「……ね、キスしてもいい?」

「いいけど……、珍しいね。今日の優子はレアキャラ?」

「……なによ、ダメ?」

「ううん、ダメじゃない」

その言葉を最後に、私の唇は彼女の唇によって塞がれる。女性特有の柔らかさ。加蓮の匂い。あぁ、やっぱり好き。手放したくない。


「このままもっかい寝ちゃおうか」

「優子は今日、いいの?」

「だって、土曜日だよ」

「だからだよ。私なんかに使うのもったいなくない?」

「今日はいいの」

「今日は、ね。失恋パーティーだもんね」

「うるさい」

失恋パーティー。嬉しくもない偽りの名目で、私は今日も加蓮と一緒にいられる。胸に残る引っかかりを飲み込んで、そのまま加蓮を抱きしめた。

「じゃぁ、もう一回おやすみ?」

「うん。おやすみ、加蓮」


恋多き女という私の存在を身代わりに、私は彼女の傍にいることを許されている。本当は、私の『会いたい』は彼女にしか向けられていないのに。

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身代わり 絢瀬 @Ayase_13

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