第56話 書籍化記念SS

 どうやら今週末は爆弾低気圧が停滞するらしい。


 ニュースアプリで天気予報をチェックしたらそんなようなことが書いてあって、しかも雨予報。ところにより雪混じりになるかもしれないなどと脅かすから、今朝家を出るとき折りたたみ傘を鞄に忍ばせておいた。


「雪……」


 地下鉄人形町駅の地上出口を登りきったわたしは空からふわふわと落ちてくる白い塊を見上げて呟いた。都心で雪とは珍しい。


「うう、寒っ」


 ぶるりと身を震わせつつ、わたしは素早く歩き出す。お昼休み中に航平さんとメッセージのやり取りをしていて、本日の献立はおでんに決まった。

 寒い日はこれにかぎる。この間航平さんに教えてもらった路地裏のおでん屋さんは最近のお気に入りだ。


 白い息を吐きながらたどり着いたそこは、本当に小さな店舗で、お持ち帰りのみ。おでんしか置いていないレトロな店だ。なんでも創業六十年を超えているのだそう。


 雪混じりの悪天候にもめげずに三人ほど並んでいた。寒い日だからこそ食べたくなる。それがおでんというものだ。その気持ちは分かる。


 今日はラッキーなことに蛸足が残っていた。航平さんの好きな帆立も入れてもらう。あとは定番の大根にはんぺん、こんにゃくなど。

 あつあつのおでんを買って帰って、航平さんと二人で食べて。


「これ、明日積もるかな?」

「美咲、あんまり窓の外ばかり見ていると風邪ひくよ」


 雪はやむことなく振り続けている。雪の日はなんとなく外が明るい気がする。都心ではめったに積もることはないけれど油断はできない。

 子供の頃は雪が降ると聞くと嬉しくてそわそわしたけれど。無邪気にわくわくできたのは学生までのこと。

 今は路面凍結と電車の遅延が恐ろしくてたまらない。


「美咲は雪が好き?」

「ん~、大人になると好きだけでは生きていけなくなりました」

「確かに。雪だるま作るよりも道路の雪かきのほうが気にかかるし、革靴で会社行くのいやだなって思う」


 いつの間にやら航平さんがわたしの後ろに佇んでいた。彼の腕の中にすっぽりと納まっている。


「そうなんです。靴が濡れちゃうんですよね」

「そういう日に限って外出の予定が入っているし」

「明日は土曜日なので朝の心配はしなくても大丈夫ですね」

「積もったら雪だるま作ろうか?」

「いいですね」


 付き合ってはじめての雪だからか、お互いはしゃいでいる。

 航平さんと雪遊びか。そう思うとこの雪も悪くないかもしれない。




 翌朝、目が覚めたわたしは毛布にくるまって、つい微睡んでしまう。目覚ましアラームの鳴らない土曜日最高、とうとうとしているわたしを航平さんの腕が引き寄せる。


 二人で眠っているとぬくぬくと温かくて、余計にこのままベッドの中で過ごしたくなってしまう。

 きゅうっと抱き寄せられたわたしははたと思い出す。


「雪」


 航平さんの腕の中から飛び出し窓辺へ。ガラスの向こう側は一面の銀世界……とはいかず、路上駐車してある車にうっすらと雪が積もっているくらい。


 これはこれで一安心なのだが、ちょっとつまらない。

 昨日航平さんと雪トークをしたせいか、たまには雪もいいなあなんて思っていたから。


「ああ、積もらなかったんだね」

 航平さんがわたしの隣へとやってきた。


「少し残念。航平さんと雪遊びがしたかったです」

「よし、じゃあ二月の連休は雪山に行こうか。東北か信州か、どっちがいい?」

「え、ええと……?」


 ぽろりと零した言葉でまさかの雪山旅行が決定ですか? いや、まさか。驚いているわたしの横で航平さんがすでに候補地をいくつも挙げている。


「あ、もしかしたら公園には積もっているかもしれないので、お出かけしてみましょう。ちょうど食材も買いに行かないとなので」

「ああ、そうだね。少し遠回りして公園に行こうか」

「はい!」


 今日の予定が決まったところでさっそく準備開始だ。

 朝食を食べて着替えたわたしたちは外に出た。外は晴れていて、地面は濡れてはいるけれど凍結はしていない。街路樹の葉に少しだけ雪が残っているけれど、これもじきに溶けてしまうだろう。

 浜町方面へ歩いて、墨田川を望む公園へとやってきた。


「あ、少しだけ積もっていますね!」

「うーん。雪だるまを作るには物足りないなあ」

「でも、子供たちとっても楽しそう」


 わたしたちの他に、公園には子供たちが複数人。雪を前に高い声を出しながら遊んでいる。


「でも、ほら」


 わたしはベンチの上に積もっている雪を集めておにぎりを作るようにぎゅっと両手でか固めた。これを二つ作って、一つを上にのせれば小さな雪だるまの完成だ。


「可愛くないですか?」

「可愛い」

 航平さんがわたしと同じように両手で雪を持ってぎゅっと丸め固める。


「おそろいだね」


 ベンチの上に小さな雪だるまが二つ並んだ。


 雪だるまたちにわたしたちを重ねてしまう。ちょっと思考回路が乙女チックだろうか。でもまあ、せっかくの雪の日なのだ。たまには思考が蕩けていてもいいのかもしれない。


「次降ったらもっと大きな雪だるま作りましょうね」

「そんなにも雪が好きなら今すぐに旅行の計画立てようか」


☆**☆☆**☆あとがき☆**☆☆**☆

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重版になった黒狼王もよろしくお願いします。


作中モデルにしたおでん屋さん。久しぶりに行きたくなりました。

おでんは大根一択です!!タコも好きなのですが、すぐに売り切れちゃうんですよね。

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