恋の相手が王太子だから殺せなくって困ってるっ!

月宮明理-つきみやあかり-

恋の相手が王太子だから殺せなくって困ってるっ!

 好きになったやつはみんな殺してきた。

 恋心とは非常に不本意なもので、私の意思とは関係なく勝手に感情が暴走する。

 最初に好きになったのは、私と同じで流れの傭兵をしている男だった。私が狙っていた金持ちそうなジジイの荷物を親切にかっぱらってきてくれたり、気を持たせて適当に荷物をいただこうとした相手を斬り殺したりしてくれた。

 だから、殺した。

 物心ついた時には誰からも庇護を受けず、強くなることだけが自分を生かす唯一の術だった私に初めて差し出された温かい手。誰かを信用することなんてできないとすでに学習している私の思考に、信じたいという雑念が混ざる。それがとても怖かった。

 それから同じようなことが何回か起こった。相手に気を許したくなるたびに、相手といる時間に幸せを感じるたびに、この手が真っ赤な血に染まる。

 そんなことを繰り返しながら私は腕を上げ、ついに国直属の戦闘部隊に就職が決まった。



「ユウリ、作戦は頭に入っているか?」

「はい。問題ありません、殿下」


 私に声をかけてきたのはこの国の王太子である、ライナス殿下。

 この国では王位継承者は前線に立って戦いを学ぶことが義務とされている。だから国の重要人物であるライナス殿下もこうして最前線に参戦する。とはいえ、彼は指揮官であり、その命を守るのが私の仕事のひとつでもあった。


「陽動部隊の作戦が始まったら後続部隊が挟み撃ちにするためにここから出発します。この場所には私を含め護衛部隊が残りますが、手薄になることは否定できません。殿下もご自分のお命守れるようお気を付けください」

「ああ。もちろんだ。ユウリのその飾らない物言いは適度な緊張感を得るのにもってこいだな」

「もったいないお言葉です」


 出自の分かっている騎士でもなく、ただの戦闘の駒のひとつである私にわざわざお声掛けをしてくれるのはどういうことだろう。ライナス殿下の大らかな人柄だとは思うが、危機感に欠ける。

 なんとなくライナス殿下のことが頭から離れず、仕事にも集中できない。幸いにして今回の作戦中に私たちのところまで敵は来なかった。しかしだからといって仕事に集中できないことを容認する理由にはならない。

 ライナス殿下と話せば話すほどに、違和感が増していく。

 そんなある時、私はついに決定的な事実に気が付いてしまった。

 私はおそらく、ライナス殿下のことを好きになってしまっていた。それを認めざるを得なかったのは、ライナス殿下が他の兵に話をしていると、自分の中にイライラが蓄積していったせいだ。これはいわゆる『やきもち』というやつなのだろう。

 だから私は、ライナス殿下を殺さなければならない。そうしなければ、いつか私はこの感情のせいで死んでしまう気がした。

 戦いが続く間はライナス殿下と一緒にいる時間は充分ある。それは殺すチャンスも充分あるということ。

 ……なんて、私の認識が甘かった。

 そもそもライナス殿下は国の重要人物。今まで殺してきた相手とはわけが違う。

 四六時中護衛が傍にいるし、なんなら私もそのひとりなわけで。

 殺すことに成功したとしても、捕まったり護衛に斬られたりしては意味がない。だから私は我慢して機会を待つしかなかった。


「最近のユウリはなんか様子がおかしいな」

「そうでしょうか。別段変わったところはないと思いますが」


 ライナス殿下の気まぐれでまたも会話をすることができた。ドキドキと胸が高鳴り、私は思わず腰に下げている剣を握りしめる。


「もしかして、俺を殺したいのか?」

「……はい」


 普通に考えてここで肯定してはいけない。だというのに、一種の興奮状態になっていた私は、素直にうなずいてしまった。


「殺されてくれますか?」

「それはできない。俺にはこの国を守り、発展させていく責務がある。俺の意思で簡単にくれてやれる命ではないのだ」

「それはまあ、そうでしょうね」


 分かっていたことだからしょうがない。

 どうやって諦めようかと考えていた時、殿下はさらに言葉を続けた。


「だがユウリが俺を殺そうとするのを止める気もない。俺は自分の持つ能力をすべて使って防ぐから、殺せるものならやってみるがいい」

「いいんですか?」

「ただし条件がひとつある。知っての通り俺には護衛が付いているからな。高い確率で返り討ち……上手く俺の命を奪えたとしても逃げられないだろう。でもそれではダメだ。俺を殺した後必ず逃げ延びること、これが条件だ」

「変な条件ですね」


 殺した相手に逃げ延びて欲しいということ? それともライナス殿下は死にたがっているということ?

 よく分からなくてライナス殿下を見つめ返すと、そこに答えがあった。自信に満ちた表情には、「できるわけがない」と書いてあった。


「ふふっ、なるほど。分かりました。殿下のお心遣いに感謝しつつ、その挑戦をお受けします」

「素直で助かる。では、俺はもう行くよ。殺されたくないからね」


 冗談のような言葉を残して殿下はその場から去って行った。その背中を見送りながら、鼓動はどんどん高まっていく。


 ライナス殿下。あなたをこの手にかけるまで、私はあなたに恋をする。

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