二段ベッド

天ノ川夢人

第1話

 毎年夏休みに家族揃って鎌倉に日帰り旅行をする。鎌倉には母の妹夫婦の家がある。私はそこで従兄弟達と遊ぶのを楽しみにしている。

 鎌倉駅に到着した我々は家族揃って改札口を出る。駅前は太陽の強い日差しと熱で蒸し、蝉の声が異様な騒音となって辺り一帯に満ちている。まるで電車疲れした我々を待ち受けていたかのように、突如として殺人的な夏の暑さが眼前に現われたのだ。小学二年生の私は極端な開放感から早速人込みの中で跳ね回る。紺のTシャツにプリントされたブルドッグの疲れた顔がはしゃぐ私を迷惑がっているように見えるだろう。私がジャンプする度に私のマッシュルーム・ヘアーがパラシュートのように円く広がる。

 母親に手を引かれた一つ年下の妹の頬子がゆっくりとタクシー乗り場に向かう。私は頬子の少しウェイヴのある肩まで伸びた茶色っぽい柔らかそうな髪が周囲から一際目立つのを気にかけている。頬子は赤い短めのワンピース・ドレスを着て、赤いサンダルスを履き、小さな茶色のポシェットを左から斜めにかけている。

 私はデニムの半ズボンの下の内股を掻き毟りながら、擦れ違ったちりちりの長髪に黒い牛革のロック・ファッションで決めた背の高い細身の男を眼で追う。私はその男を不思議な物を見るように眺めている。Tシャツにプリントされたブルドックもその間はほっと一息ついているだろう。ちりちりの長髪の男は駅の建物に入り、改札口を通って人込みで見えなくなる。私はタクシー乗り場の方に振り返る。白いポロシャツに紺のスラックスを着た父親が手振りで早く来るようにと示す。父はまだ三〇代前半で、背が高く、面長の顔をした、七三に分けた生真面目そうな髪形をしている。安田家がタクシー乗り場でタクシーを待つ行列の中に並んでいる。安田家は既に前から二番目にいる。私はそれを見ると泣きそうな顔をし、全速力でタクシー乗り場の方に駆けていく。細身の体に白い袖無しのワンピース・ドレスを着た母親が黒目がちな目でじっと私が走ってくる様子を見ている。色白な肌をした母は三〇になるかならないかの年齢である。周囲の婦人らは母の事をとても二人も子供を産んだような女性には見えない綺麗な体つきをしていると言う。目元の化粧が濃く、ピンク系の口紅をつけた口を半開きにし、右手で左肘を抱え、左手で頬杖を突く仕草をした母は悪戯っぽい微笑みを顔に浮かべている。母のパーマのかかった長い黒髪が軽やかに風に靡いている。母親に似て色白な頬子はその隣で口をへの字にし、かったるそうに母の足に凭れかかっている。

 タクシーに乗り込んだ安田家一同は後部座席に母と妹と私が座り、助手席に父が座る。

 

 十五分後、安田家一同の乗ったタクシーが坂道の左右に大きな家が建ち並ぶ住宅街に入る。タクシーは山の中腹にある親戚の家の前で止まる。家の竹垣の左側に駐車場が通りに面してある。その駐車場に赤いスポーツカーが一台駐車されている。駐車場の後ろの竹垣越しに子供達の奇声が水の跳ねる音に混ざって、エコーを効かせた接触の悪いマイクロフォンを通した音のように宙に響いている。母・静恵の妹夫婦の子、つまり我々の従兄弟達の声である。門の左の壁面には『大野』と書かれた表札がある。

 安田家の一行は駐車場の右にある鉄の門を開ける。我々は父を先頭に青々と茂った芝生がギラギラと陽に照り輝く庭を左に、コンクリートの通路の上を連なって歩く。大野家の家は青い屋根と白い壁のシンプルで真新しい印象を与える。庭が回り込むようにあるから、我々の歩く通路からは家の左裏の庭にいる従兄弟達の姿は見えない。

「たっちゃん達、多分向こうのお庭にいるよ。僕、たっちゃん達の方に行ってるね」と私が母に言う。

「後で叔母さん達に御挨拶するのよ」と母・静恵が私の髪に手で触れながら言う。

「はい!」と私は元気良く返事をし、従兄弟達のいる庭の方に回り込むようにして駆けていく。

 私の従兄弟である達治と良和と言う兄弟は子供用のヴィニールのスウィミングプールで水遊びをしている。小学六年生のいが栗頭のたっちゃんが私の姿を見るなり、甲高い声で家の中に向かって、「周ちゃん達が来たよ!」と大声で叫ぶ。目が大きいのが達治の顔の特徴である。

「周ちゃんもプールで遊ぼうよ!」と遅れて私を見つけた坊っちゃん刈りのよっちゃんが私を水遊びに誘う。よっちゃんは私と同じ年である。

「水着持ってきてないから、洋服濡れるとお母さんに怒られるんだよ。どっち道家の中に入るんだろうから先に家の中に入ってるね」

「じゃあ、もうプールから出て、家の中に入ろうよ!」と弟の良和が兄の達治に言う。

 私は庭から大野家の家の中に入り、「こんにちは!」と大きな声で母の妹で私の叔母である和美叔母さんに挨拶をする。ショート・カッティングの髪に白地のTシャツを着て、デニムのパンツを穿いた和美叔母さんは、「あら、いらっしゃい!周ちゃん、また大きくなったわねえ」と笑顔で私を迎える。玄関のブザーが鳴ると、和美叔母さんは明るい声で、「はいはあい!」と答え、玄関の方に小走りで向かう。私も和美叔母さんの後を追う。

「あらあら鍵閉めてあるわ。先、お父さんが煙草買いに行ったからね」と和美叔母さんは言いながら、鍵を開けてドアーを開ける。和美叔母さんはドアーの外にいる私の家族に、「いらっしゃい!遠くから大変だったでしょう?暑かったでしょうねえ。さあ!入って入って!クーラー効いてるから早く涼んで」と言う。母・静江は妹の和美叔母さんに、「お邪魔しまあす。あなた、一寸痩せた?」と言い、「鎌倉来てあの蝉の凄い声聞くと、毎年、夏ねえって実感するのよ」と言う。

「あたし、今年、五キロ痩せたのよ。蝉?そんなに蝉多いかしらねえ」と和美叔母さんは言って、腰を屈めて頬子に顔を近づけると、猫撫で声で、「頬ちゃん大きくなりまちたねえ!」と話しかけながら、頬子の両頬に両掌で数回優しく触れ、鼻の頭を右の人差し指で軽く触れる。

「いらっしゃい!疲れたでしょ?」と和美叔母さんの脇から出てきた私も安田家一同を出迎える。

「何処のどなたさんでしたかね?見た事ある人に似てますけど」と母が笑顔で言う。

「周ちゃん、面白いわね」と和美叔母さんが笑って言う。

 母と違って、和美叔母さんは余り化粧気がない。和美叔母さんは母・静江とは年も近く、姉妹らしく顔もよく似ている。安田家の一行が広い玄関で靴を脱いで家の中に上がろうとしていると、直ぐ左の和室から白のスラックスに黄色のポロシャツを着た大野のおじさんが出てきて、「いらっしゃい!」と少し気取った口調で出迎える。 大野のおじさんは四十歳ぐらいの、背の低い太り気味の体つきで、むさ苦しく伸びた髪と、意識して低い声で話しているような話し方が特徴的だ。

「どうも、今日は。お邪魔しまあす」と父が大野のおじさんに言う。

「まあまあまあ、冷房効かせてありますから、早く中に入って涼んでください」と大野のおじさんが明るい口調で言う。

 頬子はへの字口になって母親の足に絡みつくと、早くも退屈の限界に達したかのように、どうにも家に帰りたいような思いを母にだけ判る言葉で訴えかける。

 家の中の壁は落ち着いた焦茶色のベニアをあしらっている。下駄箱も何もかも壁から出っ張るものを出来得る限り壁面に嵌め込み、生活の臭いを極力なくそうとする設計意図が見える。玄関の下駄箱の上には横長のB1サイズぐらいの大きさの、エルンスト・フックスの幻想的なペン画が一枚飾ってある。玄関と廊下の段差は十センチとない。一九七六年頃の日本家屋としては内装も相当にモダーンな造りである。

 玄関に入って真ん前に廊下が真っ直ぐに伸び、廊下の左に木肌色の上り階段がある。安田家の一行と大野夫妻はその玄関の正面にあるフローリングの廊下を連なって進む。私は今年もこの家に来れた喜びで、先程大野のおじさんが出てきた和室の右隣の便所のドアーを開け、その先の風呂場のドアーと物置のドアーを開けて、思い出を確認する。安田家の一行は六メートル程の廊下の突き当たりで茶色の木製のドアーを開け、三〇畳程のリヴィング・ルームに入る。

 リヴィング・ルームは正面から左の方へと広がっている。右側はカウンター・テーブルを仕切りに、青で統一した、和製語で言うところのシステムキッチンがある。私は和美叔母さんの後に続いてキッチンに入る。和美叔母さんはグラスにアイス・コーヒーを入れ始める。

 キッチンに入って右隅に勝手口があり、その隣の丁度階段下辺りが大きな食料貯蔵庫になっている。私はその大きな食料貯蔵庫のカーテンを開ける。珍しい外国製の缶詰や缶ジュースや缶ビールやお酒のツマミや菓子類等の入ったダンボールの山がある。

「周ちゃん、お菓子やジュースなら後であげるわよ」

「うん」

 私はアメリカ製の大きな青い冷蔵庫の冷凍庫を開け、「うわあ!この家の冷凍庫には、いっつもアイスクリームが一杯!」と叫ぶ。

「周ちゃん、じゃあ、そこから四つアイスクリーム選んで、お父さん達と周ちゃん達の分だけ持っていってくれる」

「うん、判った」

 安田夫妻と頬子は大野のおじさんの真向かいに、リヴィング・ルームの庭に面した硝子戸の近くの黒い牛革のソファーに腰を下ろす。

 室内は全室冷房が効いている。ソファーの近くの硝子戸からはダイヤモンドのように輝く強い陽射しがシンプルな室内装飾品のあるリヴィング・ルームに射し込んでいる。計画的に選び抜かれた家具や装飾品の全てが美しい陰影を見せている。

 和美叔母さんはアイスコーヒーと茶菓子を注意深く小豆色の盆に載せて、リヴィング・ルームのソファーセットの間にある硝子のテーブルの上に運ぶ。和美叔母さんは少し語尾上がりに、「どうぞ」と言って、我々にアイス・コーヒーを配る。私はカップのバニラアイス四個と、アイスクリームを買うと付いてくる木のヘラのようなスプーン四個をテーブルの上に置く。和美叔母さんは動作を止めず、大野のおじさんの頭上から母・静恵に、「お姉ちゃん、暑かったでしょうから、先に皆さんでアイスクリームでも召し上がってらして」と言うと、硝子戸の方に行き、硝子戸を開ける。閉ざされた硝子戸にへばりついていた騒音が一斉に室内に飛び込む。同時に外の暑さがじんわりと室内に滲み入る。開いた硝子戸から入ってきた外気が無遠慮に室内の快適さを侵し始める。和美叔母さんは庭にいる達治と良和を大声で呼ぶ。

「達治!良和!中に入ってお客さんにご挨拶しなさい!」

 私は母の座っているソファーの背に両手を突いて体を浮かせ、暇を持て余している。

「周平、座ってアイスクリーム戴きなさい」と母が背後の私に言う。

「うん」と私は返事をし、ソファーを右から回り込んで、庭の方を向いた三人がけのソファーの手前に腰を下ろす。

「いただきまあす」と私は言って、カップのバニラのアイスクリームを一つ取って食べ始める。私が左斜め前の頬子の顔を見ると、頬子もアイスクリームを一つ取り、黙って何も言わずに食べ始める。

 達治と良和が硝子戸から家の中に入ってくる。二人は私の両親に、「こんにちは!」と元気良く挨拶をする。私の両親も達治と良和に、「こんにちはあ」と挨拶をする。

 母の右隣にちょこんと座った頬子を見つけた達治が、「よう!」と頬子に右手を上げて挨拶をする。良和も頬子に、下唇を突き出し、眉を八の字にした変な顔で、「おっす!」と挨拶をする。頬子は小さく微笑む。和美叔母さんは、「あら!品のない子達ねえ」と笑って言うと、頬子に猫撫で声で、「頬ちゃん、こんな品のないお兄ちゃん達は嫌よねえ?」と話しかける。頬子がアイスクリームを食べながら黙っているので、母が機嫌を取りながら、「頬ちゃん、叔母ちゃんにご挨拶した?」と右隣の頬子に訊く。頬子は何も答えず、頑として親の指図には従わない。母は頬子に青虫の声のような変な声で、「困った子ちゃんねえ」と言うと、頬子の小さな鼻を軽く二度抓む。頬子は素早く顔を左右に振り、自分の鼻を摘んだ母の手を除ける。

「あなたもアイス戴いたら」と母が左隣にいる父に言うと、「うん。じゃあ、戴こうか」と言って、アイスクリームのカップとヘラを手に取り、「戴きます」と静かに言って、アイスクリームを食べ始める。母もアイスクリームとヘラを手に取り、「戴きます」と真向かいにいる大野のおじさんに会釈して言うと、アイス・クリームを食べ始める。大野のおじさんは笑顔で母に、「どうぞどうぞ」と言う。和美叔母さんは大野のおじさんが座っている三人がけのソファーの左隣に腰を下ろすと、私の両親の背後に立った水着姿のままの達治と良和を見上げ、「達治も良和も早く部屋に行って着替えてきなさい」と言う。達治と良和は声を揃えて、「はい!」と元気良く返事をし、リヴィング・ルームを騒々しく走り去る。和美叔母さんは眉間に皺を寄せて、「どたどたしないの!」と階段を駆け上っていく達治と良和を大声で注意する。

 母の左隣に座った父が大野家の庭を見ながら、「芝生が綺麗に刈られてますねえ」と右斜め向かいのソファーに座った大野のおじさんに言う。大野のおじさんは頭の後ろに両手を回し、「ええ、先週刈ったんですよ。でもねえ、刈っても刈っても直ぐに生えてきてね」と庭の方を見て答える。父は微笑みを顔に浮かべ、「大変そうですね。でも良いなあ。僕も早く自分の家を買いたいなあ」と言って、アイスクリームを口に入れる。父は某有名電機会社に勤める月給取りである。

 和美叔母さんが父に、「安田さん、お昼御飯まだでしょ?」と訊き、母には、「お昼まだよね?天丼、今取ってるから」と言い、再び父に、「もう直ぐ天丼が届きますから、もう少しお待ちくださいね。お腹空いてるでしょう?」と言う。父は頭を上下に動かしながら、「ああ、はい。ご迷惑おかけ致します。済みません、態々」と落ち着きなく答える。和美叔母さんは父に、「一寸美味しい天丼なんですよ」と言う。大野のおじさんも父に、「安田さんは天丼とかカツ丼とか丼物はよくお召し上がるんですか?」と訊く。父は笑顔で、「割とよく食べますよ」と答える。大野のおじさんは和美叔母さんに、「じゃあ、もう一寸珍しいもんの方が良かったかな?」と訊く。父は困ったような顔で、「いやいや、お構いなく。丼物は好物ですから」と言う。大野のおじさんは笑顔で父に、「ああ、それじゃあ、良かった」と言って安心する。

 私はアイスクリームを食べ終え、テーブルの上に出された菓子類の中から、周囲が波打った茶色い受け皿のような包み紙に一つ一つ入った大粒の高級チョコレイトを立て続けに口に放り込む。私は態とくちゃくちゃと音を立てて食べながら、三つ目のチョコレイトに手を伸ばし、口に頬張る。母が私に、「あんた、そんなにチョコレイトばっかり食べて大丈夫?一寸、くちゃくちゃ音立てて食べないの!品がないわね!」と注意する。私はチョコレイトを口に含んだ真顔で、「大丈夫」と答えると、四つ目に手を伸ばす。

 階段を騒々しく駆け下りてくる足音が聞こえる。その騒音が段々とリヴィング・ルームに近づいてくる。和美叔母さんはリヴィング・ルームに駆け込んできた達治と良和に、「ドタドタしないの!」と怒鳴りつける。

 白い半袖の水兵服に茶色の半ズボンを着た達治は、「うっ!俺のは!」とソファーセットに囲まれたテーブルの上の菓子と茶を見て叫ぶ。緑色のTシャツにデニムの半ズボンを着た良和は、「お母さん、腹減った!」と大声で言う。達治と良和は私が座っている三人がけのソファーの右隣に並んで座ると、引っ手繰るようにテーブルの上の菓子を貪り食い始める。

「ガツガツしないの!みっともないわね!」と和美叔母さんが達治と良和を注意する。母はちらっと庭の方を見て、笑いを堪えている。私は大人の気遣いを見てにやりと笑い、硝子戸に自分の顔の表情が映っているのを確認しながら、硝子戸に映った母に向かって、にやりとして手を振ってみせる。そんな私に気づいた母が顔を赤くして振り返り、笑いを堪えながら、「何よ、あんた!いやらしいわね(笑)」と言う。大野のおじさんと話していた父が私の方に振り返り、訳が判らず、生真面目な口調で、「どうかしたのか、周平?」と尋ねる。私は父に対しては何も答えず、テーブルの上のバタピーを鷲摑みすると、それを全部口に頬張る。私は右手で口を押さえながらガリガリとバタピーを噛み砕く。子供達が無心になって飲み食いしている一方、大人達は菓子や子供の塾の事や仕事の話にまで実に盛んに話し込む。この家は経済評論家である大野のおじさんのデザインによって建てられた。

 玄関のブザーが鳴り、和美叔母さんが、「あら、天丼届いたみたいね」と言い、「はあい!」と大きな声で返事をしながら、玄関の方に小走りで向かう。

 天丼が届いて、一同はキッチンとソファーセットの間にある大きな六人がけのダイニングテーブルに白い折り畳み椅子二つを補充して移動する。廊下から見て背を向けているのが、右から和美叔母さん、私、頬子で、和美叔母さんの向かいに、右から達治、良和、母と並び、左側に父、右側に大野のおじさんという風に席に着く。白い折り畳み椅子二つには和美叔母さんと達治が座った。和美叔母さんはキッチンにあるアメリカ製の大きな青い冷蔵庫から麦茶を取ってきて、それぞれのグラスに注ぐ。早速一同、「いただきます!」と言って、天丼を食べ始める。和美叔母さんが安田家一同に、「どう?美味しいでしょ、ここの天丼?」と天丼の味の感想を訊く。母はあっさりとした口調で、「美味しい。あんまりひつこくなくて」と答える。父も頭を大きく上下に動かして頷きながら、生真面目さを無理して和らげたような口調で、「美味しいですね」と答える。私が丼から顔を上げずに、「美味い!叔母ちゃん、美味いよ!僕、こんなに美味しい物食べた事ないよ!」とTVドラマの貧しい家庭に育った子のような口調を真似て言うと、母が丼から顔も上げずに、「また臭い台詞が始まったわね」と低い声で冗談ぽく言う。和美叔母さんも少しふざけて、「あら坊や、食べたいだけ食べて良いのよ」と私に言う。良和も私の真似をして、「おばちゃん!美味いよ!本当に美味いよ!」と言う。和美叔母さんはそれに対して、「あんたのおばちゃんじゃないの」と歯を見せて笑う。

 頬子以外の安田家一同がそれぞれ感想を言った後、和美叔母さんは私の抱え込む丼越しに、頬子の顔を下から覗き込むようにして、猫なで声で、「頬ちゃん、美味しい?」と頬子にも感想を訊く。頬子はふて腐れたような顔でただ黙々と天丼を食べている。その代わりに達治が素っ頓狂な声で、「もろ不味い!」と叫ぶ。和美叔母さんは下を向いて丼を抱えながら、「全く(笑)」と呟く。和美叔母さんは頬子を瞥見した後、母と目を合わせて首を傾げる。母もそれに合わせて少し眉を上げてみせる。私は右斜め前の母の顔を見て、少し眉を上げると、にやりと笑う。母は口許に右手の甲を当てて口を隠し、笑った眼で食べ物を噛みながら、何か言いたげな様子でなかなか食べ物を飲み込めずに、何も言わず私の顔を見ている。私は母の眼の奥を覗き込むようにして見つめながら、更に二回眉を上げ下げする。母は割り箸を指に挟んだ右の掌で口を押さえ、食べ物を噛みながら何も言えずに私の顔を見ている。私は更に眉を二回上げ下げして舌嘗りする。食べ物を漸く飲み込んだ母は口許から手を離し、真顔で私の顔を見て、「いやらしい子ね、ほんとに(笑)!」と言って、顔を左向きにして咳き込む。私が眉の上げ下げを連続しながら、ベロベロと舌嘗りをして母を見ていると、天丼を掻き込むようにして食べていた父が、また生真面目な口調で、「どうしたんだ、周平?何だ、眉毛ヒクヒク動かして(笑)」と水を差すような詰まらないツッコミを入れる。母は目元の涙を右手の人差し指の甲で左右押さえると、「いいのいいの、あなたは。ふざけてるだけなんだから」と笑いのセンスのない父に面倒臭そうに言う。父はそれに対して怒りを顕わにした口調で、「ふざけてる事ぐらい判るよ。何をそんなに神経質そうに苛立って変な言い方するんだよ」と夫婦喧嘩を始める。母は和美叔母さんの方に姿勢を向けながら、「だからいいのいいの」と冷たく父をあしらう。

 天丼を食べ終えた達治がご馳走様でしたの代わりに、「ああ!不味かった!」と言って素早く立ち上がり、「周ちゃん、俺、先に二階行ってるからね」と私に言って部屋を駆け出る。私は達治の走り去る後ろ姿を眼で追い、「ああ・・・・」と短い泣き声のような声を漏らすと、一口水を飲んで席から立ち上がり、急いで達治の後を追う。良和が奇声に似た声で、「一寸、待って!」と背後で叫ぶ。和美叔母さんは良和に、「ちゃんと食べてからよ!」と注意する。私は玄関の階段を前にして居間を振り返り、良和を待つ。良和は丼を抱え上げて、口の中に詰め込むようにして食べ終えると、直ぐに席を立って部屋を駆け出る。私は良和を後ろに従えて階段を駆け上がる。階段を上り詰めると、ドアーが真ん前に廊下を隔てて一つある。廊下は右壁面から左へと伸びている。私はそのドアーを開け、大野夫妻の寝室の小豆色の花柄のカヴァーのかかったベッドの上に飛び乗る。私はそのベッドの上を踊るように飛び跳ね、ジャンプしてベッドの上に倒れる。ベッドのスフリングの弾みで倒れた身を起こし、大野夫妻の寝室の隣のドアーを開ける。私はクローゼットの中に入り、長い四本のパイプの上の沢山のハンガーにかけられた和美叔母さんと大野のおじさんの服の中をうねうねと通り抜ける。クローゼットの中にあるドアーから廊下に出ると、廊下の突き当たり右の部屋に入る。何れ手前と奥とを二つの部屋にセパレイト出来るようにドアーが二つ作られている。達治と良和の子供部屋だ。子供部屋の向かいにもドアーが一つある。良和と私はそのドアーを開け、大野のおじさんの書斎に駆け込む。良和と私はその書斎の中を走り抜け、もう一方のドアーから別の廊下に出る。その廊下は階段の向きと同じように、階下の廊下の上に当たる廊下で、階段を上ってUターンするようにある。大野夫妻の寝室のドアーと子供部屋の手前のドアーの間にあるクローゼットのドアーの真ん前に伸びた廊下でもある。その枝分かれした廊下の先にもドアーが二つある。私は手前のドアーを開け、便所を確認すると、右手の人差し指と中指を合わせて、軽く振り下ろすようにして点検を済まし、ドアーを閉める。私は直ぐにその奥のドアーの前に移動し、一階の和室の上に当たる客間を確認し、また右手の人差し指と中指を合わせて、軽く振り下ろすようにして点検を済ませる。私は二本の廊下のTの字の接点に移動する。階段上の右の壁にある大きな窓と、左に延びる廊下の突き当たりの壁にある大きな窓と、枝分かれした廊下の突き当たりの壁にある大きな窓との三つの突き当たりの壁にある大きな窓を、体の向きを機敏に変えながら、右手の人差し指と中指を立てに振って、一つずつ点検を済ます。それが済むと、枝分かれした廊下の大野のおじさんの書斎のドアーに寄りかかり、私の行動の一部始終を見ていた良和に向かって私は頷き、子供部屋へと走っていく。私が子供部屋のドア手前で立ち止まると、後から追ってきた良和が私の背にぶつかる。私は危うく廊下に放置してあったスケートボードに躓くところだった。

 私は頬子を連れに階段の方に引き返す。階下に下りて、リヴィング・ルームへに向かう。頬子が椅子に腰かけたまま私の方に振り返る。頬子は我々の慌しさに気を取られながら、天丼を食べていたため、膝の上や床の上に沢山天丼の米粒を零している。それに気づいた母が泣き声を上げるように、「あらあら頬ちゃん、こんなに零しちゃってえ」と言いながら、零れた米粒を拾おうと、椅子を下りて床にしゃがみ込む。和美叔母さんが猫撫で声で、「お兄ちゃん達が悪いのよねえ」と言う。頬子は騒々しい声のする天井をぽかんと口を開けて見上げている。米粒を拾い終えた母が優しい声で、「御馳走様して、二階でお兄ちゃん達に遊んでもらいなさい」と頬子に言う。私はリヴィング・ルームの入口から大声で頬子に、「頬子!急げ!」と叫ぶ。頬子は何も言わずに席を立ち、リヴィング・ルームを出る。頬子は慌てる様子もなく、ゆっくりと廊下を歩く。二階の騒音が徐々に頬子の耳にも聞こえてくる。頬子は玄関の壁に嵌め込まれた下駄箱の上のエルンスト・フックスの幻想的なペン画を一瞥し、茶色の小さなポシェットの中からキャラメルを一つ取り出す。頬子はキャラメルを口の中に入れる。頬子は頬を膨らましてモグモグと口を動かしながら、ゆっくりと階段を上がる。頬子は階段を上りきった廊下の上で、騒音のする廊下の一番奥の子供部屋の方に向き、黙って立ち止まっている。争い事をしているような危険な気配を奇声や怒鳴り声から感じ取っているのか、頬子はその部屋に近づくのを躊躇している。今更どんな選択をしようというのか。船に戻るには海岸に出る以外にはないだろう。頬子は酷く警戒しながら、前方の様子を見ている。

 子供部屋は十畳程の洋間である。入って右側に木製の茶色の勉強机が幅広の硝子扉のついた黒い木製の本棚の間に挟まれ、二つ並べて置かれてある。本棚の中は色鮮やかな表紙の漫画本が一杯ある。左の壁面に沿って黒いパイプ状の骨組みをした緑色の二段ベッドが正面の壁側を頭にして横づけしてある。窓は正面に大きく一つあり、二段ベッドの二階辺りにも畳半畳程の小さい窓がある。正面の窓はかなり大きく、その下には背の低い収納がある。その収納の上は板張りの台の棚になっていて、銀の重そうな置時計が置いてある。頬子は思い切ってドアーを開け、海岸に出る。部屋の中はカーテンを閉め切っていて、日中であるにも拘わらず真っ暗だ。達治が私に叫ぶように、「ジョージ!危ないぞ!戻れ!」と大声で言う。良和が達治に、「艦長!これ以上船をここに泊めておくのは危険です!急がないともう直ぐ島が爆発します!」と二段ベッドの二階で言う。私は風のない穏やかな夜の海の浅瀬に浮かんだボートの上で頬子が来るのをじっと待っている。

 頬子がやっと海岸に出てきて姿を現わす。私は海岸にいる頬子に、「頬子!人食い鮫がうようよいるから早くこのボートに乗るんだ!」と大声で言う。良和が二段ベッドの二階から、「俺が今助けに行く!」と大声で言う。艦長は良和に、「ロバート!お前はここにいるんだ!向こうにはジョージが行っている!この辺の海には人食い鮫がうようよいるんだ!」と言って引き止める。ロバートは艦長の命令を無視し、備えつけの梯子で二段ベッドの一階に下りると、「行くぞ!ザップーン!」と言って、勢い良く青いカーペットの海に飛び込む。ロバートは青いカーペットの海の上に腹ばいになり、手足をばたつかせながら、頬子がいる岸まで泳ぎ出す。艦長はロバートを呼び戻そうと、「ロバート!戻るんだ!」と大声で言う。

 頬子は眉間に皺を寄せ、廊下からの光で僅かに見える良和が青いカーぺットの上を這って近づいてくるのをじっと見下ろしている。良和は先飛び込んだ時に膝を強く打ちつけた。そんな事とは関係なく、良和は何か使命感に燃える勇者のような緊迫した顔つきで必死になって頬子の下へと這っていく。頬子はさっさと部屋の中を歩いて横切り、二段ベットの二階へと梯子で上っていく。良和は部屋の入口付近の青いカーペットの上で唖然とした顔で二段ベットの二階を見上げ、へたり込む。艦長が良和に、「ロバート!早く船に戻れ!人食い鮫に食われるぞ!」と叫ぶ。ロバートは艦長に、「艦長!ロープを投げ下ろしてください!」と大声で言う。

「良し!今、ロープを投げてやる!それ!」と艦長は言って、ロープを船の上から投げ下ろす。

 突然、ロバートが、「ああ!」と悲鳴を上げる。艦長はロバートの身に起きた事が判らない。私はボートでロバートに近づき、ロバートをボートの上に引き上げる。私とロバートが乗ったボートが船の上に引き上げられると、漸く全員船の上に揃う。

「どどおおん!どどおおん!」と私は島が爆発する様を見ながら、「危機一髪だったぜ」と言う。艦長はロバートを心配し、「大丈夫か、ロバート?何があったんだ?」とロバートに尋ねる。ロバートは壁に凭れて荒い息を吐きながら、「鮫に右足をやられた・・・・、情けねえ」と言う。

「直ぐに手当てをしよう。ジョージ、ロバートの食い千切られた傷口の上の方を紐できつく縛って止血するんだ」と艦長が私に指示を出す。私は直ぐに艦長の指示に従う。艦長はロバートに、「ロバート、この薬を飲むんだ。飲めば痛みから解放される。熱が出るだろうから船室でしばらく寝ておくように。今度という今度は言う事を聞いてもらうぞ。良いな!」と言う。ロバートは素直に、「はい、判りました。お言葉に甘えて、私は少し休ませてもらいます」と返事をする。艦長はロバートに、「よし!良い子だ」と言って、ウインクする。

 部屋の中は厚手のカーテンを閉め、電気も消されている。冷房はしっかりと作動しているのに、部屋の中は異様な程の熱気が充満している。

「うおおおん!がおおお!」と夜空に響き渡る大きな奇声が上がると、私は艦長に向かって、「艦長!怪獣です!また海に潜りました!警戒態勢に入ってください!あの野郎、また直ぐに現れますよ!」と叫ぶ。

「あれはデカイ奴だな。奴の一撃を食らったら、この船は木っ端微塵に砕け散るだろう」と艦長が眉間に皺を寄せて言う。

「また奴が現れました!」と私はまた叫ぶ。「がおおおん!ぎいいえいあああ!」

「なんてデカイんだ・・・・」と艦長が呟く。「化け物め!」

「焼夷弾を放ってみます!」と私が言う。

「よし、いいぞ!」と艦長が私に許可する。

「ドオオン!ドオオン!」と私は焼夷弾を二発奴のどてっぱらに向けて放つ。「ぎいあああ!」と怪獣が奇声を上げ、「どうだ、お前もこれで懲りたろう!」と私は怪獣の様子を見ながら言う。「ぎいあああ!」と怪獣が再びけたたましい悲鳴を上げて海中に姿を消すと、「また海に潜りやがった!」と私は言って舌打ちする。

「何処からまた奴が姿を現わすか判らないからな、気を抜いてる暇はないぞ、ジョージ」と艦長が傍で言う。

「はい、判りました」と私は了解すると、「ぎいいああああおお!」と再び海中から滝のように水を滴らせた怪獣の頭が現われる。私は艦長の方に振り返り、「今度は後ろからです!」と艦長に報告する。艦長は声を張り上げ、「どてっぱらにミサイルを打ち込んでいけ!」と大声で私に指示を出す。

「判りました!」と私は了解し、怪獣に向けてミサイルを発射する。発射されたミサイルは「ドオオン!ドキュン!キュンキュンヒュウウイイ!ドカアアアン!」と怪獣の体の中心に命中して炸裂する。「ういいいおおおうい!」と怪獣の悲鳴が辺り一帯に響き渡る。怪獣は夜の静かな海の底へと崩れるように沈んでいく。

「やりました!これで奴も一貫の終わりですよ、艦長!」と私は大喜びして勝利の声を上げる。艦長は私の肩を叩き、「よくやったぞ、ジョージ!」と我々の勝利を喜ぶ。

「やったぞ!」と私は両手の拳を振り上げて叫ぶ。

 艦長も船員もしばらく船内で休む事にした。

 月が暗雲に隠れ、風が吹き始める。私は甲板から操縦室に戻り、「艦長、雲行きが怪しいようですね」と艦長に報告する。船長は前方を見回し、険しい目つきで、「嵐になるな」と言うと、「水と食料はまだあるか?」と私に確認する。

「確認しておきます」と私は言って、操縦室を出る。私は船室に入り、食料庫に行く途中、ロバートの様子を見に寝室に入る。ロバートは寝台の頭の方の壁に凭れ、静かに目を瞑っている。私はロバートに、「ロバート、気分はどうだ?」と体の様子を窺う。

「まあまあだ」とロバートは私の顔を横目で見て答える。

「そうか。なら良い」と私は言って、安心すると、寝室を出て食料庫に向かう。私は水と食料が空になっている食料庫の有り様を見て、「あっ!」と思わず声を上げる。私は寝室にいるロバートの方に戻り、「ロバート、お前!まさか、全部水と食料を食っちまったんじゃないだろうな?」と私はロバートの胸倉を掴み、ロバートを問い詰める。

「痛みが酷くて、それで俺、何だか自棄になっちまって、あるもん全部、この腹ん中に入れちまったんだ。ごめん」とロバートは申し訳なさそうに詫びる。

「あれは皆で分け合う最後の水と食料だったんだぞ!それを、それをお前は!」と私は身震いしながら言う。

「鮫に片足を喰われた俺に今更何が出来る!腹が減ったなら、皆で俺のこの体を食えば良いじゃねえか!」

「馬鹿!」と私はロバートを叱咤し、ロバートの頬を右手で平手打ちする。ロバートは顔を隠すように右の壁の方に向く。ロバートは小さく肩を震わせ、声を押し殺して泣いている。艦長が船室に入ってきて、「どうだ、水と食料は後どのくらいある?」と私に確認する。私は半分自棄になったように、「艦長、水と食料ならもう空ですよ」と艦長に答える。

「何!それはどう言う事だ!」と艦長は激怒して私を問い詰める。

「あんまり痛みが酷かったもんで、俺が全部平らげちまったんでさあ」とロバートが我々の話に割って入るように自分の罪を打ち明ける。

「島が見えるまでの辛抱ですね、艦長」と私は言って、艦長の意識をロバートへの責任追及から逸らす。

 艦長はがっくりと肩を落とし、自分の足下を見下ろすと、「ああ!何てこった!もう直ぐ外は嵐になる。俺達は船を守るために船内を走り回る事になるだろう。その後、島が見えてこなければ、俺達は食料で空腹を満たす事も水を飲んで喉の渇きを潤す事も出来なくなる」と頭を抱えて先行きの懸念を口に出す。

「艦長、ジョージ、全部俺が悪かったんだ!どうか許してくれ!」とロバートが堪らず艦長と私に謝る。艦長はロバートの両肩を掴み、「過ぎた事をいつまでもくよくよ気にしたって、もうないものはないんだ」と言うと、「いいか、お前ら、覚悟はしておけよ」と私とロバートの顔を力強い眼で交互に見ながら言う。ロバートと私は声を揃えて、「はい!」と力強く返事をする。艦長が船内を見回し、思い出したように、「頬子は何処にいる?下で眠ってるのか?」と私とロバートに尋ねる。

「部屋で一人静かにしてますよ。なあに、心配はいりません。一寸ショックを受けただけです」と私は答える。艦長は尚心配そうな眼を私の胸の辺りに向けると、「そうか・・・・」と口籠るように言って、一人操縦室の方へと歩いていく。

「嵐の方も始まったみたいだぜ」とロバートが船窓の方から振り向いて私に言う。

 激しい雨が絶え間なく船窓に石を叩きつけるような音を立てて降っている。波が荒れ、船は四方八方へと揺れ動いている。私はロバートのいる寝室を立ち去ろうと寝台から立ち上がり、そのまま操縦室の方へと一人歩いていく。

 私は操縦室のドアーの前で立ち止まり、ノックすると、操縦室の中にいる艦長の声が、「入れ」と言う。私は操縦室のドアーを開閉し、「失礼します!」と言って操縦室に入る。私は操縦室の窓から進行方向に視線を向け、「島はまだ見えてきませんか、艦長?」と艦長に話しかける。艦長は欠伸をしながら、「まだだ」と簡潔な言葉で答える。

 その時船内からロバートの叫び声が上がる。艦長と私が心配して駆けつける。操縦室の前でロバートが泣き声で、「おい!何とかしてくれよ!窓ガラスが割れて、その破片を全身に浴びちまったんだ!俺、このまま血を流して冷たくなっていくんじゃねえだろうなあ!」と言う。艦長が動揺してパニックになっているロバートに、「ロバート!落ち着け!破片は全部取り除き、出血も止めてみせる!もう心配するな!」と大声で言い聞かせる。ロバートは無数のガラス破片が突き刺さった傷口からの余りの出血の多さに震えるような泣き声で、「ひでえなあ・・・・。神様よ・・・・、俺が何したって言うんだよ」と怯えるように言う。私はロバートの信仰を回復させようと、「しかし、ロバート、お前を助けに俺達をここに寄こしたのも神様なんだぜ」と動揺したロバートを励ます。ロバートは眼に一杯涙を潤ませ、口をわなわなと震わせながら、「ああ、俺は何て神様に申し訳ねえ事を言っちまったんだ・・・・。ああ、まだ血が流れてるよ」と出血の量に怯えて言う。私はロバートを介抱している艦長に、「島さえ見えてくれれば、この食料の危機も何とかなるんですがねえ」と言う。艦長は実に落ち着いた態度で、「今は神に幸運を祈ろう」と言う。その時、私は我々の進行方向に現われた黒い大きな影を見つけ、「あっ!」と思わず声を上げる。嵐の中で荒波に揺れる船の上で、我々はただ立っている事もおぼつかない。雨でずぶ濡れになった艦長が、「何が起こったんだ!」と私に向かって大声で訊く。私は嵐の中の甲板に立ち、船の上から海を見下ろす。私は顔を上げて前方に視線を向ける。豪雨の中、遠くの方に黒い島影が見える。私は艦長に、「浅瀬に突っ込んだらしく、船は動けなくなりました。しかし、遠くの方に黒い島影が見えるんです。その島に向かえば、食料と水を手に入れられるかもしれません」と報告する。艦長は双眼鏡で島を見渡す。艦長は右の親指の爪を噛みながら、「ううむ、ここはあの島で食料と水を手に入れる事の方が先だろう。ジョージ、お前一人であの島に行き、食料と水を探しにいけるか?」と私に訊く。

「何とかやってみます。島にはボートに乗って簡単に行けます」と私は答える。艦長は私の目を見て、「頼んだぞ、ジョージ!」と言う。私は笑顔で艦長に、「大丈夫ですよ、艦長。無事食料と水を手に入れて帰ってきます」と言う。艦長は澄んだ力強い眼で私の眼を見て、「そうか」と言うと、私の両肩を大きな手で掴む。艦長はしばらく心配そうな眼で私の眼を見つめると、私の両腕を数回両側から軽く叩き、「頼んだぞ、ジョージ!」と力強く安定した低い声で言う。艦長は私の眼を大きな射抜くような鋭い眼で見つめながら何度も頷いてみせる。私はそんな艦長の眼に見つめられている内に、胸がぐっと込み上げるように熱くなる。艦長は別人のように優しい眼を見せると、まるで友に対するような親しげな眼差しで私に微笑みかける。私は力強く艦長に敬礼し、「判りました。それでは行ってきます」と笑顔で言う。

 頬子は私が独り島へ出発する事が決まっても、決して窓辺から離れず、激しい嵐の海を静かに眺めている。頬子はまだ島に両親を残してきた罪の意識から立ち直れないのだろう。もしも頬子が両親と共にあの島に残っていたなら、頬子の命はなかったろう。私は頬子には生き残った者のこれからを生きてもらいたい。私には頬子の今後のために何一つ具体的な助言を言ってやれない。

 出発の準備をして居る私の背後から、「俺はとんだ足手纏いになっちまったな」とロバートが言う。私はロバートの方に振り向き、「今はその体をゆっくりと休ませる事だな。元気になれば、またお前に頼む事もあるさ」とロバートの落ち込んだ気持ちを励ます。ロバートは申し訳なさそうな顔をして、「悪いな、こんな時に何の力にもなれなくて」と言う。私はロバートの肩に手を置き、「そう焦るな。急いだってお前の体のために良くないさ」と言う。ロバートは出発の準備をしている私の背後で壁に凭れ、不貞腐れたような顔で、「鮫に片足を喰われたような男の体の一体何が回復すれば役に立つってんだろうねえ」と言う。準備の済んだ私は荷物をモーターボートに降ろし、ボートに乗り込む。船の上でロバートが艦長に、「まさかあの島、怪獣の背中じゃないでしょうねえ。上陸してみたら怪獣の背中だったなんて嫌ですよ」とふざけて言う。艦長はにやりと笑う。

 嵐の中、荒波に揉まれながら、私はモーターボートに乗って島へと近づいていく。どんな島かも判らずに向かっているため、少し緊張している。不安も全くないと言ったら嘘になる。雷雨や荒波の中に吹く風の轟音の中では、モーターボートの音もいつもより重量感がなく、私を乗せたモーターボートは荒れ狂う海の上を滑るように進んでいく。夜の海の上を進むボートが次第に船から遠ざかっていく。艦長とロバートは船の上でじっと見守っている。私は暗い夜の海へと一人旅立つことに孤独と不安を感じている。

 島に着くと、私はボートを着ける場所を探し、大きな波が激しく飛び散る岸壁を回り込む。私を乗せたボートが浜辺に出る。私は激しい風雨を全身に受け、周囲を見回しながら、びしょ濡れ重いの体でゆっくりと浜辺に上がる。私は浜辺を右の方に回り込むように進むと、大きな扉のある洞窟の入口を見つける。その重い扉を開いて中に入ると、電灯の光が皓皓と眩しい程に洞窟内を照らしている。外側は一見無人島のように見えるこの島の内部は巨大な要塞のようになっている。私は入口付近にある大きな電動式トロッコに乗り、カタンコトンと音を立てながら、レイルの上を真っ直ぐに進む。この島の要塞の内部はだだっ広い一つの空間であるのではなく、幾何学的な迷路のように組み合った幾つもの通路があり、巨大な蟻の巣のように幾つもの部屋が通路の左右にある。私は地下に通じる石の階段の前でトロッコを降りる。階下から大きな話し声が聞こえる。何やら聞き慣れない言葉である。私は十分に周囲を警戒し、聞き耳を立てる。私はゆっくりと注意深く物音を立てないように階段を下りていく。何とも嫌な予感がする。私にはここにある物のほとんど全てが大き過ぎる。もしかしたら、巨人の島なのではなかろうか。階段の下から何やら美味しそうないい匂いがする。巨人達に捕まったら、私は殺されて食べられてしまうのではないか。私は不安と闘いながら、どんどん階段を下りていく。この地下には必ず食料貯蔵庫がある筈だ。私は勇気を奮い起こして階段を下りていく。

 階段を下り切った処に意味不明な壁画がある。髑髏の中に灯された蝋燭の灯りを頼りに、階段の脇道の通路を進んでいく。喉が渇き、相当な空腹感がある。通路を真っ直ぐに進んで行く内に段々と大きな話し声が近づいてくる。どうやら話し声は通路の突き当たりにある大きな鉄の扉の向こうから聞えてきているようだ。腹這いになり、その大きな鉄の扉をゆっくりと音を立てずに自分の体が通れる分だけ開ける。鉄の扉の隙間から中の様子を窺うと、中には男二人、女二人の計四人の黄色い鬼がいる。私は通路に寝そべり、這って右の岩陰まで進む。鬼達は全く私が進入してきた事に気づかない。私は鬼達に見つからないように注意しながら、ゆっくりと背後を見回す。どうやら私の隠れている岩陰は巨大な食料貯蔵庫の真ん前であるらしい。鬼達は訳の判らない言葉で喋ったり笑ったりしている。私は食糧貯蔵庫の中でジュースや果物を腹一杯飲み食いする。その後、服の中にチーズやハムや果物や飲料水を入れられるだけ入れ、そっと出口の扉の方へと這っていく。その時、女の鬼が目敏く私を発見し、大きな声で何事かを叫んで追い駆けてくる。私は服の裾を押さえて全速力で逃げ出る。鬼達の一人は獣のような叫び声を上げ、地響きを立てて追い駆けてくる。私は急いで逃げる内にハムを落とした。私はその落ちたハムで鬼の気を逸らせ、一心不乱に地下から階段を駆け上がる。案の定、鬼はハムを拾い上げると、それ以上は追う必要がないと判断したらしい。私は沢山の食べ物や飲み物を服に入れて抱えながら、懸命の努力でやっと階段の上まで一気に逃げ出る。鬼は階段下で威嚇的な叫びを上げると、上まで追うつもりはないらしく、また仲間の方へと引き返していく。私は疲れ果ててその場にへたり込んでしまう。私は目を閉じて、「危ないところだった」と呟く。危機一髪のところで逃げ延びた私は額の汗を手で拭い、呼吸を整えるために、しばらく、そこでじっとしている。

 私は十分に体力が回復するまで休むと、ゆっくりと立ち上がり、再びトロッコに乗って出口へと引き返す。私は鬼の要塞の中から浜辺に出る。私は浜辺の砂に足を取られながら、モーターボートの方まで歩いていく。モーターボートに乗って島を離れると、夜の海はすっかり静けさを取り戻している。モーターボートに乗った私は無事に船に引き上げられると、艦長らは大喜びして私を出迎え、「よくやったぞ、ジョージ!」と艦長が私の体を大きな体で強く抱き締めて褒める。私は早速島の状況を逐一艦長らに報告する。

「島の外側はゴツゴツとした岩場で、一見人間が踏み込んだ形跡を全く感じさせない無人島のように見えました。しかし、内部は高度な科学技術による要塞のようになっていて、電動式のトロッコで移動するような、とても広い空間がありました。その要塞の中は一つの大きな空間としてあるのではなく、巨大な蟻の巣のように、幾つもの細い通路があって、その通路の左右には幾つもの部屋がありました。地下には暗い洞窟のような通路の奥に大きな部屋が一つあり、そこに巨大な食糧貯蔵庫がありました。あれは人間の住む島などではなく、実は恐ろしい鬼の棲む島だったんです。鬼は男女合わせて四人いました。私は危うく捕まるところを上手く逃げ切り、食料や水も手に入れてきました。この通り!」と言って、私は手に入れてきた食料と水を全部仲間の前に出してみせる。ロバートは喜び一杯の明るい声で、「やったな、ジョージ!」と私を褒める。艦長は笑顔で何度か黙って頷くと、眉間に皺を寄せ、私の裸眼がひりひりと痛む程の鋭い眼光で、「それではあの島に上陸するのは危険な訳だな?」と私に確認する。私は艦長の真剣な眼差しを真正面から受け、「そうです。危険です」と落ち着いて自分の調査結果を艦長に報告する。

 私は艦長とロバートに食料とジュースを手渡すと、頬子がいる部屋の方に行く。私は扉の開いた頬子の寝室の前に立ち止まり、入口の壁をノックすると、「頬子、入るぞ」と頬子に声をかけて寝室に入る。

「食料と飲み物だ。ここに置いておくぞ」と私は頬子に言って、食料とジュースを頬子の枕元に置く。頬子は夜の窓辺のベッドの上に膝を抱えて座り、長い栗色のウェイヴがかった美しい髪をそよがせて、夜風に当たりながら、物憂げな顔で黙って座ったまま、全く心一つ動かす気配も見せない。頬子は静かな夜の海をただ黙って見つめている。私はベッドの脇に立ち、そんな頬子に何を話そうかと考えている。結局、私は何も話す事を思いつかず、仕方なく黙ってその場を去ると、少し仮眠を取るために船室に入る。


 私は仮眠から起きると、艦長達の方へと歩いていく。私はノックして操縦室に入ると、食料とジュースを飲み食いしてソファーの上で満足げに横たわって寛いでいる艦長らを見下ろし、「それではそろそろ出発しましょう。船をバックさせて、何とか浅瀬から船を動かしましょう」と言う。艦長は私の方に振り返り、優しい眼で私の顔を繁々と眺めると、「よし、やってみよう」と言って、私にウィンクする。

 船は再び動き始める。

 銀色の月と星々が黒い夜空一杯に輝いている。黒い夜の海の上を四人の船員達を乗せた戦艦がまた長い航海に出る。嵐や荒波に揉まれながら、大海原を当て所なく航海してきた勇敢な戦士達は再び船を進める。

 再び雲行きが怪しくなる。雷が夜の静寂な海を脅かす。豪雨が甲板を濡らし、波の狂騒は容赦なく船をずぶ濡れにし、船の横腹に何度となくぶち当たる。

 私は口の中で果物を噛み砕きながら、艦長に近づいていく。艦長は背を向けたまま、何やら遠くの方を双眼鏡で見ている。私は顎を少し上げ、林檎を齧りながら、艦長の背後から声をかける。

「艦長、林檎食べませんか?」

 艦長は黙ったまま振り向き、私の手から赤い林檎を受け取ると、また直ぐ私に背を向け、双眼鏡で遠くの方を見る。私も口を動かしながら、釣られて海の方を見る。艦長はゆっくりと右手で掴んだ林檎を口に持っていくと、双眼鏡から目を離さずに一口林檎を軽い音を立てて齧る。

「艦長、どうかしたんですか?」と私は艦長に海の様子を伺う。艦長は双眼鏡から目を離さずに、「ジョージ、ロバートを起こしてきてくれないか。理由は後で言う」と私に指示を出す。

 私は船室で休んでいるロバートを呼びにいく。操縦室を出ると、

甲板に出ていたロバートが、「海賊船だ!」と叫ぶ。私は駆け足で操縦室に戻り、「ロバートが海賊船を見つけたようです!」と艦長に報告する。艦長は右手で双眼鏡を私に手渡し、「ジョージ、これで見てみろ」と前方を見て落ち着いた低い声で言う。私は恐る恐る双眼鏡を覗いてみる。

 嵐の中に忽然と現れた黒い海賊船が髑髏の旗を掲げて我々の船の方に接近してくる。長身の艦長が分厚い大きな胸を反らし、顎をやや上げて、落ち着いた青い眼で私を見下ろすと、「ジョージ、ロバートをここに連れてくるんだ。落ち着けよ。いいか、攻撃はするな。相手の出方を見るんだ。良し!行け!」と言う。私は気を落ち着けて、「判りました」と言って敬礼する。

 私は興奮したロバートに肩を貸しながら、二人揃って操縦室へと帰ってくる。海賊船からはモールス信号で、「止まれ!(おい!下でケーキ食べるぞ!)」と言う合図が送られてくる。艦長は海賊船に向けて、同じくモールス信号で、「何の用だ?(ケーキ?)」と送り返す。海賊船はモールス信号で、「何もしないから、とにかく止まれ!(下に用意しておくから早く降りてくるんだぞ!)」と合図を送ってくる。

「何のつもりだろう・・・・・」と艦長は呟くと、口を上に歪めて顎に皺を寄せる。

「こんな酷い嵐の最中だと言うのに」とロバートがぽそりと呟く。

 海賊船が拡声器で、「私がこの船の船長だ!(昼間から部屋の中暗くして遊んでると目悪くするぞ!)全員、武器を捨てて、速やかに甲板に出て降伏せよ!(周ちゃんと頬ちゃんもケーキだから下に降りておいで!)」と大声で言う。

「あいつらこの船を何だと思ってやがるんだ?こっちは戦艦だぜ?第一話が早速違ってるじゃねえかよ。何もしないって言うから話を聞いてやったんだぜ」とロバートがおどけたように言う。

艦長が腰に左手を当ててニヤリと笑うと、「ようし!あんなちっぽけな海賊船なんざ、一撃で沈没させちおう!」と両隣にいる我々を悪戯っぽい眼で交互に見ながら言う。ロバートは眼をギラギラと輝かせて、「そうら!こいつを聞いたら、奴らも退散かな!」と楽しそうに言って、「どおおおん!」と海賊船に向かって威嚇射撃をする。何と海賊船は呆気無く退散し始める。

 艦長が晴れやかな顔で、「嵐が止んだぞ!日の出だな!」と言う。

 私は頬子に、「頬子、嵐が止んだから窓を開けても良いぞ」と言う。

 頬子は窓を開ける。

 ロバートは甲板から銀色に陽に照り輝く青い海を見回し、鯨の群れを発見すると、「見ろ!鯨だ!でかいなあ、あの背に乗ってみたい」と楽しそうに言う。艦長は日の出の黄金の輝きを眺めると、我々に向かって、「皆でスキューバダイヴィングでもしよう!潜水着を着て、アクアラングを用意するんだ!」と我々に言う。私とロバートは声を揃えて、「判りました!」と言って、スキューバダイヴィングの用意にかかる。

 頬子が誰よりも早く潜水着を着て海に飛び込む。後ろから着いてくる者すら確認せずに、頬子は海底深くへと潜っていく。艦長とロバートと私は頬子の後に着いていく。四人で海底に潜っていくと、海底基地が見えてくる。我々四人は海底基地に入ると、甘いアイスティーと美味しいケーキの持て成しを受ける。持て成しの後、我々は早々に船に戻る事にした。海底基地を出ようと歩いていると、ロバートが私の耳元で、「奴らの手足を見たか?大きな声を出すなよ。振り返ってよく見てみろ」と囁く。海底基地にいた男女二人ずつの四名の手足には鰭のようなものがあり、大きさも普通の人間の手足よりずっと大きい。彼らが人間の顔をした面を剥がすと、何と四人共魚の顔をしている。

「半魚人だ!逃げろ!」と私が叫ぶ。半魚人の女が眼を真ん丸に見開いて、「そう簡単に獲物を逃がしてなるものか!(さあ、周平!そろそろお暇しますよ!)」と叫ぶ。我々は息せき切って海底基地を出、水面に上がろうと急いで泳ぐ。女の半魚人二人がその後を追ってくる。我々はやっとの事で船の上に辿り着く。半魚人の女達が水面まで上がってきて、船の上にまで這い上がってくる。

「美味しそうな獲物達を逃がすものか!(何やってんの布団の上で!達治!良和!降りて来なさい!)」と半魚人の女1。

「この船から引き摺り下ろしてやる!(周平、頬子、帰るから降りて来なさい!)」と半魚人の女2。

 頬子は直ぐに二段ベッドの二階から降りる。残る三人(艦長と私とロバート)は二段ベットの二階にいる。私は半魚人の女に摑まれた両腕を振り解き、勢いよくベッドの柵を蹴って後ろに飛び退く。その勢いよく飛び退いた私の背中が半魚人の手から逃れようと偶然背後を通りかかった艦長にぶつかり、艦長は開いた窓から真っ逆様に海に落下する。半魚人、じゃなくて、和美叔母さんと母が悲鳴を上げ、良和も思わず、あっと声を上げる。それまで一言も口を利かなかった頬子が青いカーペットの上に立ち、二段ベッドの二階にいる我々を見上げながら、「ザップーン」と無邪気な明るい声で楽しそうに言う。親達は互いを呼び合うようにして階下に降り、慌しく家の外に出る。


 運良く芝生の上に落ちた達治の身には何の怪我もなく、この年の安田家の日帰り旅行は無事終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二段ベッド 天ノ川夢人 @poettherain

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ