吊られた男

髙橋

第1話

「自殺だって?」

探偵は深くソファに腰掛けながらそう尋ねた。

「その通り、だから今回は君の手を借りることはないよ」

探偵の正面に座っているスーツ姿の男はそう答えた。

探偵はコーヒーを一口飲むと、

「まぁそう決めつけないで初めから話してみなよ、何か新しい発見があるかもしれないだろう」

とうながした。

「なんだって君はそうこだわるんだ?何の変哲もない首つり自殺だぜ」

スーツの男、刑事は不思議そうに探偵を見た。

「その首つりの話、ちょっと気になる点があってね」

そう言うと探偵の目がギラリと光った。こうなるともう知りたいことを根掘り葉掘り聞き出すまで、彼は質問をやめることはない。

刑事はあきらめたように肩をすくめると

「分かったよ、話そう」

事件の顛末について語り始めた。


事件はとあるクリーニング店で起きた。朝出勤してきた従業員が鍵を開け、店内に入ると首を吊っている店長を発見した。従業員はそのまま通報し、駆け付けた警察によって店長の死亡が確認された。店内に争った形跡はなく、ドアも窓も鍵が閉まっていた。鍵を持っているのは店長と従業員だけであり、この従業員は店長の死亡推定時刻に別の場所におり、アリバイが確認されている。また店長には投資に失敗して借金があり、経済的に火の車だったことが分かっている。何人かの知人からも金を借りていた。検死の結果体内からは睡眠薬も検出された。


刑事は一通り事件の詳細について述べると、

「明らかに自殺だ。争った形跡もなかったし、なにより死因もロープで首を吊ったことによる窒息死だ。おまけに動機もある。こんな明白な事件だってのにいったい君は何が気になるっていうんだ?」

探偵はニヤリと笑いながら

「たしかに明白だね」

「明らかに殺人だ」


「殺人だって?」

刑事は信じられないといった表情で言った。

「君とは付き合いが長いし、何度も助けてもらったけど、今回ばかりは君の間違いだろう」

探偵はおもしろくてたまらないといった表情で

「二つ確認したい。まず、被害者が死んでいた部屋の隣はクリーニング済みの衣服を置いておく部屋があるんじゃないか?」

「ああそうだ、でも大量のクリーニングされた服が吊ってあるだけで異常もなかったぞ」

「クリーニングした服を機械で自動で仕分けしているんだろう?」

「その通りだ。大量の服を全て全自動で仕分けして、指定した服をカウンターまで運んでくれるシステムみたいだ。毎日開店の2時間程前から全自動で動き出して仕分けをしているみたいだ」

「いいぞ、予想した通りだ。」

探偵はうれしそうに笑うと、親指で顎をなでた。


「何が予想した通りなのか、教えてくれないか。俺には何が何だかさっぱりだ。」

「まぁ待ってくれ、もう一つのことを確認してからでも遅くはない。」

「いったい何を聞きたいっていうんだ、正直もう目ぼしい物は何も出なかったんだが」

「聞きたいのはロープについてさ」

「ロープ?被害者が首を吊るのに使ったやつか?しかし、特に何の特徴もないどこのホームセンターにも売ってる普通のロープだったぞ」

「聞きたいことはロープの端についてさ」

「ロープの端だって?」

「ロープの片方の端が千切られたようになってたんじゃないか、刃物で切ったのではなく」

「いったい君は何を知りたいんだ?いい加減教えてくれないか」

「まぁとにかく確認してみてくれよ。それで全てのピースが埋まるんだ」

探偵は嬉しそうにニヤリと笑いながらそう言った


刑事が電話を終え、探偵の前に戻ってきた。その顔は驚きと困惑が半々といったところだった。

「君の言った通りだったよ。ロープの端は千切れたようになっていた。鑑識の話じゃ何か強い力で引きちぎられたような切り口になっていたそうだ。でも君はなぜそんなことが分かったんだ?」

それを聞くと探偵はカップに残っているコーヒーをぐいと飲み干し、足を組み、口を開いた。

「これで全てピースはそろった。」


「被害者はまず犯人に睡眠薬をもられ眠らされた。そして犯人はロープの輪を被害者の首にかけ片方のロープを梁に通し、ロープの端にワイヤーのような細く丈夫で切れないものを結び付けた。そしてワイヤーの先を隣の部屋まで引っ張っていき、クリーニングの全自動仕分け機械の可動部分に結び付けた」

刑事は固唾を飲んで聞き入っている。

「そこまですれば、後は機械が自動的にやってくれる。朝方機械が動き出せばワイヤーが引っ張られる。何トンもある衣服をうごかせるだけのコンベアーだから人ひとり持ち上げるぐらいわけはない。ワイヤーが巻き上げられ、それに結んだロープも巻き上げられる。そして店長も空高く吊り上げられたというわけだ。被害者が限界まで吊り上がってつかえるとロープが千切れてワイヤーは隣の部屋へと引っ張られていく。これが真相だ」

探偵は言い終わると顎を親指でなでた。

「だからロープの先が千切れたようになっていたのか」

刑事はようやく口を開いて言った。

「その通りこのトリックを使えば、自分が現場にいなくても犯行を行える。アリバイ作りにはうってつけなんだ。しかしこのトリック大きな欠陥がある。」

「機械で引っ張ったワイヤー状のものを回収しなければならない。死体の隣の部屋の機械にそんな証拠が巻き付いていたら警察に発見されら即疑われるからな」

刑事がそう言うと

「そうなんだ。つまり犯人は開店前に施錠された店内に出入りすることができ、なおかつ警察が来る前に証拠を回収できる人物。従業員だ。」

「動機は、被害者は借金があったようだし、大方金の貸し借りでもめたんだろうな。機械の方はよく調べればワイヤー状のものが巻き付いた跡がついているはずだ」

聞き終わった後、刑事は大きく息を吐くと、

「そんなトリックが・・・しかし話を聞いただけで君はなぜここまで分かった」

「昔から洞察力は鋭い方でね、君が大学時代に浮気がばれて彼女ともめたときも解決してやったろう」

「あれは浮気じゃない、誤解だったんだ」

「でも君、包丁で刺されそうになって半裸で家を飛び出して、私のアパートまで駆け込んできただろう」

「いやあれはその・・・」

「怒鳴りこんできた彼女の誤解を私が解いて、なんとか追い返したんじゃないか。君あのとき泣いて礼を言ってただろう」

「泣いてない、断じて」

刑事が文句を言うと、探偵は愉快そうに笑った

「しかしどこの時点で怪しいとあたりをつけたんだ?」

「確信したのは被害者の体から睡眠薬が検出されたと聞いた時だな、そこでピンときた」

「でも自殺を考えているような精神状態なら睡眠薬を飲んだっておかしくないだろう」

刑事が尋ねると

「睡眠薬を常用していたのならまだしも、睡眠薬を飲んだ後首つりというのはどうにも不自然に感じてね。いざ首を吊ろうってのに眠くなっちゃ手元がおぼつかない。睡眠薬を大量に飲んで死のうとするならそもそも首を吊ろうとは思わないしね」

「本当にそうかなぁ、君はずいぶん自信満々に言い切るね」

探偵は少し間を置くとゆっくりと口を開いた


「私もかつて同じやり方で死のうとしたからね」


刑事が目を見張り、なんとか口を開くと

「おいおい、本当なのかそれ?」

「でもしくじってね。睡眠薬を飲んでフラフラの状態になると、椅子に乗るのさえ難しくなる。そこからロープで首を通す輪を作り梁に結ぶとなると、もうとても無理だった。私はその時点でもう立っていられなくなり椅子から転がり落ちて吐いて気を失ったよ」

そう言うと探偵は笑いながらカップを手に取り、新しいコーヒーをいれに席を立った。

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吊られた男 髙橋 @takahash1

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