「撮ってくれ!」と叫ぶグロ顔男(後編)

野球帽を目深まぶかにかぶっていて、顔がはっきりと見えない。両手はパーカーのポケットに突っこんでいて、ぶっきら棒な印象だ。デニムのショートパンツから細い足が伸び、季節外れのビーチサンダルを履いている。


ふたりが何も言わずにじろじろ見ていたからか、彼女は小首をかしげた。茶色いポニーテールが揺れる。


「なに?」

「あ、いや……。お笑いじゃないんだけど」

「そうなの?」


堀田が反論すると、顔をしかめてみせた。整った顔をしているのに、目がどこを見ているのかわからなくて、不安になる。


「――でも、笑っちゃうよね。なに、その仮面マスク。ふふ。ジョークとしか思えない」


堀田はムッとした。


「フィルタかければそれっぽくなるし、音声SEや文字を入れれば、ちゃんとしたものになるんだよ」

「ふーん。だと、いいね。でも、アイデアは悪くないよ。それ、グロ顔男でしょ?」

「知ってるの?」

「ちょっと話題になってたから」


堀田はうれしくなった。自分のチョイスは間違っていなかったのだと、自信がわいてきた。


「――もし、もっとちゃんとした動画を作りたいなら、手伝うけど?」

「手伝うって、どうやって?」

従姉いとこが特殊メイクやってんの。映画の仕事。お願いしてあげてもいいよ」

「特殊メイクか、そりゃすごいね……」

「時間は大丈夫?」

「オレは平気。親は帰りが遅いから」

「あ、オレは、連絡しておけば問題ない」

「じゃあ、ついてきて」


彼女は歩き出した。ふたりは顔を見合わせ、ついていくことにした。団地の脇を通り、林の奥に踏み入っていく。


「なあ、堀田、いいのかな?」

「チャンスだろ、こんなの?」

「でも……」

「そうだ! さっきの動画とつなげて、『ニセモノを撮影してたら本物が現れた!』みたいな展開、どう? ウケそうじゃね?」

「まあ、ウケそうではあるけどさ……」


すでに陽は落ち、わずかな月明かりが足元を照らすだけだった。


「そういえば、あの子、おまえの知り合い?」

「え? おまえが知ってるんだと思ってたんだけど……」

「じゃあ、同じクラスなのかな……。それか、隣のクラス」

「かもな。オレたち、陽キャと接点ないからな……」

「普段着だし、帽子かぶってるからわからないだけかも」

「意外と、オレたちの動画のファンだったりして」


ほどなくして、開けた場所に出た。小さなプレハブ小屋が建っていて、曇った窓越しに明かりが漏れている。


「入るよ」


彼女はそう言いながら、ドアを開けた。


中は物が多く、散らかっていた。埃だらけの棚には、映画に出てきそうなモンスターのフィギュアや、昆虫が入った小瓶なんかが並んでいた。


机に向かって女の人が座っていて、なにかに色を塗っている。耳にはいくつもピアスがはめられていて、首筋にはタトゥーが入っている。にわかに緊張感がこみあげてきた。


「そいつらは?」


目線を上げずに尋ねた。


「動画を撮ってるんだって。手伝ってあげてほしいんだ」


彼女は事情を説明した。堀田と山下は黙って何度もうなずいた。


話が終わると、ピアス女は立ち上がり、払いのけるようにしてガラクタを片づけた。大きな背もたれの付いた椅子が現れた。


「どっち?」

「え、どっちって?」

「どっちがメイクするのか聞いてんの」


帽子の彼女が助け船を出した。


「こっちの人だよね?」


指さされて、山下が怖々こわごわながら腰かけた。角度がついていて、天井を仰ぎ見る格好になる。しっかりしたクッションのおかげで、思いのほか、リラックスできた。そして、気がつくと、眠ってしまっていた。


どれくらい経ったんだろう? 山下が目を覚ますと、作業は終わっていたらしく、帽子女もピアス女もいなかった。


「たしか、顔にゼリーみたいなものを塗りたくって……」


プレハブの外を吹く風が落ち葉を散らしている。その音に混じって、寝息が聞こえてきた。堀田だ。机につっぷして寝ている。


「おい、起きろよ!」

「う、うーん。終わったのか?」


堀田が顔を上げると、そこには見たこともないほど不気味な顔があった。


「うぎゃっふ!」


思わず声が出てしまった。


「オレだよ、オレ」

「なんだ……。驚かすなよ」

「てか、驚くなよ」

「さすがプロの仕事は違うな……」

「鏡、あるかな?」

「待てよ。鏡見るのは動画の最後でいいだろ」

「なんでだ?」

「本気の演技ができると思うぞ」

「そんなにすごいことになってんのかよ?」


山下はメイクの出来栄えが気になったが、見るのはしばらくガマンすることにした。


女子たちがどこに行ったのかわからないが、時間も遅い。すぐに団地で撮影することにした。あとで戻ってきて、お礼を言えばいいだろう。動画を見せれば喜んでくれるはずだ。


ふたりはプレハブ小屋を出た。枯葉に足をうずめながら歩く。堀田のうしろを山下がついていく。


「はあ……、はあ……」

「どうしたんだ?」

「息苦しくて」

「さっさと終わらせて、元に戻してもらおう」


ふたりは団地に着いた。


堀田は夕方と同じ場所にiPhoneをセットする。月明かりしかないが、さすが最新機種だ。きれいに映ることを確かめた。


「よし、始めよう」


山下はまた階段のところに身を隠し、出番を待った。その間も、呼吸がうまくできず、苦しかった。息を吸っても肺に入ってこない感じがした。


「はい、みなさん、こんにちは、こんばんは。オカルト探偵団のH田えっちたです。ちまたで話題のグロ顔男が現れるという噂を聞きつけ、とある場所にやってきました――」


堀田はしゃべりながら、山下が隠れている辺りに目をやる。


(そろそろ来いよ……)


そう思うが、なかなか山下が出てこない。しゃべるネタが尽きた頃になって、ようやく山下は暗がりから姿を現した。青白い月の光が、顔の醜さを引き立てている。堀田は、作りものだとわかっていても、目をそむけたくなった。


山下はよろけながら首をかきむしっている。


「く、苦しい……。息が、できない……。これ、取ってくれ……」


(いいぞ! さっきよりいいじゃないか)


「現れました! グロ顔男です! 噂は本当だったのです!」

「取ってくれ……、取ってくれ……」


山下は歩き続けることができず、膝をついた。自分の爪で皮膚をえぐり、首から血を出している。さらに指が顔に伸び、引き千切りそうな勢いで、ひっかく。


「おい、山下……。どうしたんだ?」


堀田は、山下の様子がおかしいことに気づき、駆け寄った。近くで見る山下の顔は、とても作りものには見えなかった。元からこんな顔をしていたんじゃないか、これが山下の本当の顔なんじゃないか、そう感じた。


「取ってくれ! 取ってくれ!」


かきむしるのをやめさせようと、堀田は手を伸ばし、山下の腕をつかもうとした。もみあうような形になり、ふたりは転び、山下が馬乗りになった。


「取ってくれ! 取ってくれ!」


山下が堀田の首を絞める。


「うぐっ……。やめろ……」

「取ってくれ! 取ってくれ!」


グロ顔男の力が強まる。堀田は遠ざかる意識の中、ポケットの中の物に手が触れた。無意識にそれを取り出した。


「ああああああっっっ!」


グロ顔男は鏡に映る自分の姿に叫び声をあげた。そして立ち上がり、団地の中へと駆けこんでいった。


 *   *   *


懸命な捜索が行われたが、それ以来、山下を見た者はいない。


(了)

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「撮ってくれ!」と叫ぶグロ顔男 荒野荒野 @Areno

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