「撮ってくれ!」と叫ぶグロ顔男(後編)
野球帽を
ふたりが何も言わずにじろじろ見ていたからか、彼女は小首をかしげた。茶色いポニーテールが揺れる。
「なに?」
「あ、いや……。お笑いじゃないんだけど」
「そうなの?」
堀田が反論すると、顔をしかめてみせた。整った顔をしているのに、目がどこを見ているのかわからなくて、不安になる。
「――でも、笑っちゃうよね。なに、その
堀田はムッとした。
「フィルタかければそれっぽくなるし、
「ふーん。だと、いいね。でも、アイデアは悪くないよ。それ、グロ顔男でしょ?」
「知ってるの?」
「ちょっと話題になってたから」
堀田はうれしくなった。自分のチョイスは間違っていなかったのだと、自信がわいてきた。
「――もし、もっとちゃんとした動画を作りたいなら、手伝うけど?」
「手伝うって、どうやって?」
「
「特殊メイクか、そりゃすごいね……」
「時間は大丈夫?」
「オレは平気。親は帰りが遅いから」
「あ、オレは、連絡しておけば問題ない」
「じゃあ、ついてきて」
彼女は歩き出した。ふたりは顔を見合わせ、ついていくことにした。団地の脇を通り、林の奥に踏み入っていく。
「なあ、堀田、いいのかな?」
「チャンスだろ、こんなの?」
「でも……」
「そうだ! さっきの動画とつなげて、『ニセモノを撮影してたら本物が現れた!』みたいな展開、どう? ウケそうじゃね?」
「まあ、ウケそうではあるけどさ……」
すでに陽は落ち、わずかな月明かりが足元を照らすだけだった。
「そういえば、あの子、おまえの知り合い?」
「え? おまえが知ってるんだと思ってたんだけど……」
「じゃあ、同じクラスなのかな……。それか、隣のクラス」
「かもな。オレたち、陽キャと接点ないからな……」
「普段着だし、帽子かぶってるからわからないだけかも」
「意外と、オレたちの動画のファンだったりして」
ほどなくして、開けた場所に出た。小さなプレハブ小屋が建っていて、曇った窓越しに明かりが漏れている。
「入るよ」
彼女はそう言いながら、ドアを開けた。
中は物が多く、散らかっていた。埃だらけの棚には、映画に出てきそうなモンスターのフィギュアや、昆虫が入った小瓶なんかが並んでいた。
机に向かって女の人が座っていて、なにかに色を塗っている。耳にはいくつもピアスがはめられていて、首筋にはタトゥーが入っている。にわかに緊張感がこみあげてきた。
「そいつらは?」
目線を上げずに尋ねた。
「動画を撮ってるんだって。手伝ってあげてほしいんだ」
彼女は事情を説明した。堀田と山下は黙って何度もうなずいた。
話が終わると、ピアス女は立ち上がり、払いのけるようにしてガラクタを片づけた。大きな背もたれの付いた椅子が現れた。
「どっち?」
「え、どっちって?」
「どっちがメイクするのか聞いてんの」
帽子の彼女が助け船を出した。
「こっちの人だよね?」
指さされて、山下が
どれくらい経ったんだろう? 山下が目を覚ますと、作業は終わっていたらしく、帽子女もピアス女もいなかった。
「たしか、顔にゼリーみたいなものを塗りたくって……」
プレハブの外を吹く風が落ち葉を散らしている。その音に混じって、寝息が聞こえてきた。堀田だ。机につっぷして寝ている。
「おい、起きろよ!」
「う、うーん。終わったのか?」
堀田が顔を上げると、そこには見たこともないほど不気味な顔があった。
「うぎゃっふ!」
思わず声が出てしまった。
「オレだよ、オレ」
「なんだ……。驚かすなよ」
「てか、驚くなよ」
「さすがプロの仕事は違うな……」
「鏡、あるかな?」
「待てよ。鏡見るのは動画の最後でいいだろ」
「なんでだ?」
「本気の演技ができると思うぞ」
「そんなにすごいことになってんのかよ?」
山下はメイクの出来栄えが気になったが、見るのはしばらくガマンすることにした。
女子たちがどこに行ったのかわからないが、時間も遅い。すぐに団地で撮影することにした。あとで戻ってきて、お礼を言えばいいだろう。動画を見せれば喜んでくれるはずだ。
ふたりはプレハブ小屋を出た。枯葉に足を
「はあ……、はあ……」
「どうしたんだ?」
「息苦しくて」
「さっさと終わらせて、元に戻してもらおう」
ふたりは団地に着いた。
堀田は夕方と同じ場所にiPhoneをセットする。月明かりしかないが、さすが最新機種だ。きれいに映ることを確かめた。
「よし、始めよう」
山下はまた階段のところに身を隠し、出番を待った。その間も、呼吸がうまくできず、苦しかった。息を吸っても肺に入ってこない感じがした。
「はい、みなさん、こんにちは、こんばんは。オカルト探偵団の
堀田はしゃべりながら、山下が隠れている辺りに目をやる。
(そろそろ来いよ……)
そう思うが、なかなか山下が出てこない。しゃべるネタが尽きた頃になって、ようやく山下は暗がりから姿を現した。青白い月の光が、顔の醜さを引き立てている。堀田は、作りものだとわかっていても、目をそむけたくなった。
山下はよろけながら首をかきむしっている。
「く、苦しい……。息が、できない……。これ、取ってくれ……」
(いいぞ! さっきよりいいじゃないか)
「現れました! グロ顔男です! 噂は本当だったのです!」
「取ってくれ……、取ってくれ……」
山下は歩き続けることができず、膝をついた。自分の爪で皮膚をえぐり、首から血を出している。さらに指が顔に伸び、引き千切りそうな勢いで、ひっかく。
「おい、山下……。どうしたんだ?」
堀田は、山下の様子がおかしいことに気づき、駆け寄った。近くで見る山下の顔は、とても作りものには見えなかった。元からこんな顔をしていたんじゃないか、これが山下の本当の顔なんじゃないか、そう感じた。
「取ってくれ! 取ってくれ!」
かきむしるのをやめさせようと、堀田は手を伸ばし、山下の腕をつかもうとした。もみあうような形になり、ふたりは転び、山下が馬乗りになった。
「取ってくれ! 取ってくれ!」
山下が堀田の首を絞める。
「うぐっ……。やめろ……」
「取ってくれ! 取ってくれ!」
グロ顔男の力が強まる。堀田は遠ざかる意識の中、ポケットの中の物に手が触れた。無意識にそれを取り出した。
「ああああああっっっ!」
グロ顔男は鏡に映る自分の姿に叫び声をあげた。そして立ち上がり、団地の中へと駆けこんでいった。
* * *
懸命な捜索が行われたが、それ以来、山下を見た者はいない。
(了)
「撮ってくれ!」と叫ぶグロ顔男 荒野荒野 @Areno
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