「撮ってくれ!」と叫ぶグロ顔男

荒野荒野

「撮ってくれ!」と叫ぶグロ顔男(前編)

「やっぱ、伸びねえなあ」

「たった50かよ……」


堀田が手にしたスマホの画面を、山下が覗きこんでいる。


「簡単じゃないのはわかってるんだけどさ」

「ハンパなんだよ、自分で言うのもなんだけど」

「しょうがねえだろ。本物なんか見つかるわけないんだから」

「首無しライダー、ターボばあちゃん、さとるくん……それっぽい場所に行って、適当に話をして、怖がってみせて、おしまい」

「雰囲気は出せてると思うんだけどな」

「ああ……、高校に入る前に億を稼ぐって夢が……」

「現実は厳しいもんだな」


予鈴が鳴った。昼休みも終わりだ。


「もうやめにするか、動画撮るのは?」

「いや……。奥の手がある」

「なんだよ、奥の手って?」

「コティングリー妖精写真て、知ってるか?」

「女の子の写真を撮ったら、踊る妖精が写りこんでいたってやつだっけ?」

「そう。20世紀の初め、まだ白黒写真の時代にな。本物か偽物かで論争になったんだけど、コナン・ドイルほどの人物が間違いなく本物だって断定したんだぜ」

「シャーロック・ホームズの作者だよな?」


堀田はうなずき、続けた。


「実際はまったくの捏造ねつぞう写真だったんだよ。妖精の絵を切り抜いて、いっしょに写しただけっていう単純な仕掛け」

「なるほどな。で、奥の手って――あっ、そういうことか」

「そういうことだ」

「まさに奥の手だな……」


午後の授業中、教科書で隠して、堀田はスマホで検索しまくった。


奥の手を使うとなれば、なんだってできる。けれど、繰り返せば疑われる。「またやってるよ」と笑われるかもしれない。だから、一発勝負だ。「これ、本物? 嘘っぽくない? でも本物かも……」って線を狙えば、バズるはずだ。


「印象が弱い……。こいつは有名過ぎる……。嘘っぽくなりそう……。お! これだ。これならイケんじゃね??」

「堀田、なにをぶつぶつ言ってるんだ!」

「あ、はい。すいません……」


思わず口をついて出てしまい、怒られた。教室にくすくす笑いが広がる。


放課後、いっしょに下校しながら、堀田は山下にアイデアを聞かせた。


「見つけたぞ」

「なにをだよ?」

「動画のネタだよ」

「マジでやるんだな?」

「題して、『都市伝説は本当だった! 怪奇グロ顔男がおおとこの襲撃』」

「グロ顔男……? 名前にはインパクトあるかもな」

「だろ? 春頃まで噂になってたらしいんだよ。グロい顔をした男が追いかけてきて、『撮ってくれ~、撮ってくれ~』って言うんだってさ」

「なんだよ、それ? 怖いか?」

「顔のグロさしだいかな。でも、『撮ってくれ』ってのが、今っぽくて、よくね?」

「そうだな。『撮ってくれ』『はい、撮ってますよ』って流れか」

「『ネットで公開していいんですね? はい、使用許可いただきました!』とかな」

「ギャグになっちまうだろ!」


ふたりは笑った。


「夕方、空いてる?」

「大丈夫」

「じゃあ、いつものとこで」

「顔とかどうする?」

「ハロウィンの仮面マスクがうちにあったはず。問題は服装だな……」

「親父の古いスーツを持ってくよ」

「そりゃいいな。できるだけダサいヤツにしてくれよ」

「なんでだよ!」

「じゃあ、あとでな」


日が暮れ始めた頃、ふたりは集合場所で落ち合った。


「着替えは?」

「持ってきた」

「着て来いよ」

「ふざけんな!」


ふたりはくだらないことを話しながら、通学路を外れた小道に入り、立入禁止のロープをくぐった。木立を抜けると、無人の団地がある。レジャー施設への建て替えが決まって住人が立ち退いたのに、問題が起きて放置されているらしい。


カラスが鳴きながら飛び立った。


「いつ来ても薄気味悪いよな」

「この雰囲気がいいんだよ」


山下は紙袋からスーツを取り出し、階段の陰で着替えた。枯葉に混じって、空き缶やスナック菓子の袋が散らばっている。


肩パッドの入っただぶだぶのジャケット、太いスラックス。色あせた濃緑色のせいで、トゲを抜かれたサボテンのようだった。


「いいだろ?」

「いい、いい。最高にダセぇ!」

「あんまりほめんなよ」


廃墟にふたりの笑い声が響いた。


堀田は持ってきた仮面マスクをかぶせてやった。


「ショボいなー。100円ショップで買ったんだろ?」

「よくわかったな。でも、300円もしたんだぞ」

「石油のにおいがキツい」

「ガマンしてくれ」

「似合うか?」


仮面マスクをかぶると、山下は両手を前に伸ばして、身体をゆすってみせた。


「ゾンビじゃないんだぞ」

「そういや、これ、なんだっけ?」

「グロ顔男だって言っただろ。グロい顔した男」

「息苦しいんだけど……」

「すぐ慣れるよ」

「なにすりゃいい?」

「しばらく隠れててくれ。オレがしゃべるから、適当に出てくるんだ」

「それで?」

「『撮ってくれ~』って近寄ってくる」

「わかった」


山下は建物の陰に引っ込んだ。堀田は錆付さびついた滑り台に駆け寄ると、踏み台にiPhoneを立てて、画面に収まる範囲を確かめた。シャーと威嚇しながら、サビ色のノラ猫が逃げていった。


「よし。撮影スタート!」


赤いボタンにタッチすると、レンズの前に走った。ポケットからおもちゃのマイクを取り出し、右手に握る。


「はい、みなさん、こんにちは、こんばんは。オカルト探偵団のH田えっちたです。本日は、恐ろしい怪物が出るという噂を聞きつけ、ある場所にやってきました」


なかなか快調だ。堀田は自分の舌の回転に満足しながら続けた。


「――ちまたを騒がすその怪物とは、そう、それは、グロ顔男です! 交通事故で顔がグチャグチャに崩壊してしまったことに絶望し、頭から塩酸をかぶったのです! ジュワー。激しい痛みとともにただれていく肌。鏡を見て、男は嘆きました。これがオレの顔なのか、と。そして、夜な夜な徘徊しては、『撮ってくれ~、撮ってくれ~』と、出くわした人に撮影してもらおうとするのです」


堀田は山下が潜んでいる一角に、チラリと目をやった。それが合図となり、山下が出てきた。


両手を前に、肩を揺らしながら、ゆっくりと歩いてくる。


「撮ってくれ~、撮ってくれ~」

「おっと! グロ顔男が現れました。本当にいたんです! 噂のグロ顔男は、実在したのです!」

「撮ってくれ~」

「はい、お望み通り、撮ってますよ! しっかり撮ってますよ!」

「撮ってくれ~、撮ってくれ~」


これってどうやって終わらせるんだっけ? と、山下は疑問に思いながら、同じセリフをしゃべり続けた。手が触れそうな距離まで迫ると、堀田はポケットからおもむろに手鏡を取り出した。


「見ろ! これがおまえの顔だ!」


鏡にはグロ顔男の醜い相貌があった。


「うぎゃーーーーっ!!!」


こんなこと打ち合わせになかったぞ! と思いながらも、山下は苦しんでみせた。顔をかきむしりながら、悲鳴を上げつつ後退し、やがて団地の中に消えていった。


「オッケー!」


堀田はそう言うと、iPhoneのところに行った。山下は仮面を外し、額から汗を垂らしながら戻ってきた。


「ふう……。どうだった?」

「アカデミー賞級の名演技だったぞ」

「マジかよ?」

H田えっちたアカデミー賞だけどな」

「いらねえ」

「さっそく見てみようぜ」

「そういえば、おまえ、鏡の件、言っとけよな」

「言ってなかったっけ?」

「どうやって終わらせりゃいいのか、あせったじゃないか」


ふたりは肩を並べて、iPhoneの小さな画面を覗きこんだ。小さなスピーカーから出る音に耳を傾ける。まあまあ、悪くない。そんな気持ちで、うなずきながら見ていた。


動画が終わりに差しかかった頃、いきなり後ろから声がした。


「お笑いビデオ?」


ふたりは、驚いて、飛び上がった。息がかかりそうなくらい近くに、女子が立っていたのだ。

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