第5話

 この国における『学校』というものは、実に刑務所と似たようなものを感じる。

 閉鎖空間内でのコミュニティ、決められた行動、持ち物、場所。統一された服装と動きからは、まるで戦時中の日本の面影が映る。

「……以前に入った『学校』は『中学校』と呼ばれていたが……ここは『高校』というのか」

 周りを見渡し、乗客の話声や景色からの情報を読み取り、そう判断する。しかし、以前の『中学校』というところにいた人間よりも歳を重ねた人間が多数存在している。なるほど、すなわち年代別に人間の管理する施設や整備を変えているわけだ。

 信二の年齢はちょうどここにいる人間たちと同じほど、ならば信二がここにいる可能性は非常に高い。

「うお!何してんだお前!」

 下から声がしてその方向を向いてみると、バスを運転していた運転手がこちらを見上げている。いつの間にか到着していたようだ。バスが止まっている。

「さっき大きな音がしたから何かと思ったら……お前、いつの間にそんなところに乗ってたんだ!危ないから降りてこい!」

 そう言われ、腰をゆっくりと上げ、バスから飛び降りる。

 周りを見ると、さっきまでバスに乗っていた乗客が立ち止まってこちらを見ている。だが、今の私は大丈夫だ。

「忘れ物を届けに来ただけだ、怪しい者じゃない」

「はぁ……?」

「信二はどこか知らないか?」

「許可証は貰ったのか?」

「?」

「何を不思議そうな顔してんだよ、許可証がないと学内には入っちゃいけないんだよ」

「忘れ物を届けにきたのだが……」

「許可証は……?」

「?」

 やはり理由があるだけじゃダメだったのか、しまった。

「……はぁ、あー、こちらA3バス、なにやら生徒の保護者が来ちまったらしい……乗客は確認した?ちげぇよ、バスの上に張り付いてきたんだよ」

 持っていた通信機でどうやら仲間とやりとりをする運転手を見ながら、なんだか厄介なことになってきたな、そう思っているとふと通りがかった人影に目がいく。

「……信二」

 間違いなく信二だった。しかし、様子がおかしい。髪の毛は水滴が足れるほどに濡れており、義務付けられているはずの学生服は上だけが無くなっていた。

「……ちょっと、通してくれ」

 いつの間にかできていた、自分を取り囲むような人だかりを通って信二に近づいていく。しかし、あと少しでその人だかりから抜けられるというところで強い力で腕が掴まれる。

「ちょっとあんた、どこ行くんだよ。事情を聞きたいからちょっと来てくれる?」

「……すまない、離してくれ、僕の恩人が、信二が見つかったんだが様子がおかしいんだ」

「はいはい、事情はすぐそこで聞くから……とりあえず――――」

 腕を引っ張られた所で、私は唱える「術式――――【動】」と、刹那、運転手の手はほどけ、私は自由の身となる。

 【動】は自分の身体能力を向上させる術式だ。一人ぐらいの筋力ならば簡単に圧倒することができる。

 運転手はすでに遠くだが、「おい!あいつ……どこ行った!」と大きな声で騒いでいるため、状況は容易に理解できる。

「信二……!」

「!――――トモ、何故ここに……」

 やっとのことで会えた信二は、何やら悪臭がした。まるで下水道の通りのような匂い、不快な匂いだ。

「……先程から門の方が騒がしいと思いましたが……もしかして貴方が?」

 ちらりと信二は門の方――――すなわちバスの方を見て尋ねる。

 その周辺では、ざわざわと未だに人だかりが出来ているようだった。

「あぁ、弁当箱を届けに来たのだが……なにやら大事になってしまったようだ」

「弁当箱ですか……あぁ、ありがとうございます。忘れてしまっていたんですね」

「それより信二、その恰好は?」

 上の学生服が無く、白いシャツがむき出しになっている状態、さらには水浸しという格好は、本人もやはりおかしい格好だと理解しているのか、「あぁ――――これは……」と言い淀みながら話そうとする。

「……!トモ、事情はあとで話しますので、少し隠れていてくれませんか?」

「?――――何故?」

「……お願いします」

 その言葉を不思議に思いながらも、恩人の言うことを聞かないわけにはいかないと思い、近くにあった茂みへと隠れる。

 すると、すぐ後に5人ほどの人影が信二に近づいてきた。異質だった――――いや、正確に言えば異質なのは一人だけなのだが、その一人は真ん中、先頭に立って歩く男。清潔で美形、黒髪に七三分け、一見見れば真面目そうな人物像だが、ニコニコと笑うその笑顔の裏には黒く、品の悪さ、不気味さがあるように見えた。

「やあ取牧くん、どうしたの?そんなにびしょ濡れで、風邪ひくよ?」

「……いえ、心配はご無用ですよ。緒方さん」

 緒方と呼ばれるその不気味な男は、ニコリと笑うと隣にいた筋肉質な男に手を伸ばす。その男は緒方に白いタオルを丁寧に手渡すと、緒方はさらにそのタオルを信二に差し出した。

「拭きなよ」

「…………」

 渋々と信二がそのタオルを手に取り、塗れた顔を拭こうとする。しかし、そのタオルを顔につけた瞬間、信二はそのタオルを投げ捨て、声にならないような叫びをあげた。

「~~~~!」

 顔を抑えて涙ぐむ信二に、「あぁ、何するんだよ。酷いなぁ」と、緒方は徐にタオルの端掴んで拾い上げる。

「せっかく……特製のスプレーまでかけて、その匂いもとってあげようと思ったのにさ」

 そう言ってポケットから取り出したスプレーは真っ赤な液体が入っていた。あの液体は見たことがある。いわく唐辛子と呼ばれる、それと似たようなものだった。

「……今日……いや、今さっき……水を階段上から落としたのも貴方たちですか?」

 信二は「ぜぇ、はぁ」とぐしゃぐしゃになった顔をあげ、緒方とその一派に尋ねる。

「えぇ!そんなことを優等生の僕がするわけないだろう?君は友達を疑うのかい……?」

 緒方はそう悲観な感想をスラスラと喋るが、それとは反対にケラケラとニヤニヤと周りの人間たちと笑ってみせた。その顔からは「そうだよ、だけど何もできないだろう?」と嘲るかのようだった。

 信二は私の恩人だ、そんな恩人を目の前でこんな風にされては当然腹も立つ。私は茂みから飛び出ようとする――――が、制止した。

 それは、信二がこちらを見ていたからだ。「やめなさい。意味がない」と警告するかのようだった。

「……あぁ!そろそろ授業が始まってしまうねぇ!じゃ、そろそろ行こうか皆、取牧くんも早く来なよ、いっつも遅れるんだからさ」

 緒方は周りにいる人間たちと顔を見合わせ、時に信二をちらりと見ながら笑い、建物の中へと入って行った。

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100万回死ねぬモノ ノノ @bonno_108

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