第13話 狂犬

 上総愁はホテルの廊下を歩いていた。彼は幾分憂鬱な気分で、五分後のことを考える。また厄介な弟の尻拭いをすることになると思うと、面倒この上なかった。

 目の前には104号室。一息ついてから、ドアを開ける。

「駿。仕事だ」

 ベッドの中でもぞもぞとしている彼の弟は、返事をしない。ゆっくり、言葉を繰り返す。

「駿。仕事、だ」

「んあ〜兄ちゃんかー。なに?また密輸の護衛?退屈だよあれ」

「違う。女を拐え」

「……へぇ」

 もぞり、まるで何かが脈打つように不気味に、掛け布団がめくれる。右目のない、自分と同じ顔。好奇に歪んだそれに、吐き気を催しながら、愁は続ける。

「商売の邪魔ができた。まとめて消す。お前は裏で動け。表は僕がやる。どう転んでも奴らを消す」

「ほえ〜。んで?何人?どっかの組織?」

「七人」

「…へぇ」

「しかも組織でも何でもない」

「………へぇ」

 ベッドから這い出た駿は、どこか爬虫類を思わせる動きで机にあるペットボトルの水を飲み干す。

「面白そうだね。いいよ、今から?」

「…今から、だ」

「了解」

 すくりと立ち上がり、スーツを着込む駿を尻目に、愁はため息をついた。…

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大罪の遺品 鹽夜亮 @yuu1201

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