第12話 火種
「死んだか、あの小僧」
「ルートの開拓はまた一からやり直しになりますね。やはり護衛をつけておくべきでしたか」
ホテルの一室。スーツを羽織った二人の男は、静かに言葉を交わしている。顎髭を蓄えた妙齢の男は椅子に体を沈めながら、机越しに立つ華奢な男に視線を向けることもない。
「襲撃者の情報は掴めているか。上総」
「ええ。すでに。田舎者の小粒にございます。…ですが、小粒にしては厄介やもしれません」
「ほう。上総の評価ならば正しかろう。あのあたりに大きな組織がいないことはわかっていたが、思わぬ伏兵もいたものだ。ビジネスの支障になるかね」
上総と呼ばれる華奢な男は、表情一つ変えぬまま、手元の資料へと視線を落とす。
「成る、とは言い切れません。しかし、成り得る、かと。足元の小石といえど、侮るは下策。早めに芽を摘むに限るというのが私の見解にございます」
「ふむ、久方ぶりの戦争か。策は」
「無論、既に」
「…優秀な軍師は早死にすると聞く。長生きしろよ、上総」
軽い笑みを浮かべながら、煙草に火をつける妙齢の男に、上総は答える。
「私は城を乗っ取ろうなど、大それたことも考えぬ凡人にございます。半兵衛と比較するには、身に合わぬかと。…それに、私は彼ほど綺麗ではありませんので。彼は畜生に落ちる真似など致しませんでしょう。私は既に、『そちら』の人間です」
上総の表情は動かない。冷淡な言葉の群れは、不思議とゆったりとした品性を携えながら、室内に染み渡っていく。
「良い悪党になったな。上総。差配は任せる。好きに動け」
「万事、お任せくださいまし」………
退出した上総の背を見ながら、妙齢の男は煙草を燻らす。
「ふふ、震えていた華奢なおぼっちゃまがこうもなるとは。酷い世界だ」
鋭い眼光は鳴りを潜め、どこか優しい影を落としながら、男の独り言は続いてゆく。
「地獄で踊れ、さもなくば天国へ」
……
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