A.E.0066/05/14 研究室にて
労働意欲を維持するためには食事は必要不可欠だ。旧世代には食事がまずいという理由で軍内部で反乱が起こったこともあるという。
だからこそ労働者には可能な限り上質な食事を提供する必要があり、俺たちのような労働促進研究部・食事研究開発部門があるのだ。
俺は間食として支給されたチョコレートバーのパッケージを開いて、一気に1/3をかじり取った。ナッツとキャラメルの香ばしい香りが口に広がるが、それよりも疲れた脳に吸い込まれていくような糖分が嬉しい。
「第四層でも、間食くらいは取らせてやりたいもんだ」
上層に住んでいる連中は、下層の労働者のことを人間だとは思っていない。カロリーという燃料を供給させれば動く機械か何かだと思っているに違いない。
いつだったか、総合栄養食1食にまとめろと言ってきたバカが居たが、あいつはどうなったんだろうか。最近会議で見かけないのでどこかに移動になったか死んだんだろう。後者だったら嬉しい。
『研究主任44Aサマ、レポートガ届イテオリマス』
「こっちに回してくれ」
「えびグラタンはあまり評判が良くないな……やはり無駄に匂いに拘りすぎただろうか……」
味に関しては傑作だと思うのだが、やはり匂いだろうか。味覚は嗅覚の影響を受けるのはわかりきっていることだが、今回はそれが悪影響を及ぼしたということだろう。改良の余地あり。
「海鮮再現班を一旦入れ替えよう。匂いに関して鈍感になっている可能性がある。オモイカネ、人事レポートの作成を頼む」
『カシコマリマシタ』
面倒な事務作業はサポートAIに丸投げさせてしまえばいい。そうすれば何を言われようとも「オモイカネの判断だ」と責任を押し付けられる。
まぁ最終決定権は俺にあるのだが、批判はオモイカネに向けられる。それに事務作業に裂く時間を研究に向けられるというものだ。
どうにかしてスープゼリーに肉の味わいを持たせるか、それが俺の研究目標だ。肉の味わいを再現することができれば、もっと多くのバリエーションを持たせることが出来る。
『研究主任44Aサマ、配給ノ時間デス。速やかに業務を中断シ、食事ヲ摂取シテクダサイ』
っと、もうそんな時間か。まだチョコレートバーが残っているのだが、まぁいい。デザートに一緒に食べるとしよう。
俺はデスクの横にオートメーションで置かれた昼食のプレートに手を伸ばした。
本日のメニュー
・カロリービスケット6枚
いつものカロリービスケット。チーズ風味なのだが、如何せんチーズ臭いのであまり好みではない。とにかく味よりも匂いが酷い。というか匂いのせいで味がわからない。
・総合栄養パテ
配給リストによるとベーコンエッグ風。どうせなら肉は肉で食べたい。固めなのでパッケージを剥いてバーのように齧ることも出来る。ペーストが多い食事において、食感があるというだけで嬉しいものだ。
・合成ビタミンペースト
野菜ペースト。味わいは味気ない野菜ジュース。もうすこし味わいを研究しておきたい。個人的に人参ベースのオレンジのものが好きだが、この濃い緑はホウレンソウベースだろう。
・スープゼリー
試作品のビーフシチュー味。さて味わいはいかほどか。
・栄養補助サプリメント
今日は合成ビタミンペーストがある分、やや少なめか。
・フレーバードリンク
紅茶風味。本物の紅茶は仕事が終わった後にゆっくりと楽しむとしよう。
・チョコレートバー
間食の残り、ナッツとキャラメルが入っており食べごたえがある。
さて、食事の時間だ。今回は無理を言って試作品を混ぜてもらっている。あとで他のスタッフに感想を聞かなければ。
俺はとりあえず習慣的ににカロリービスケットを一つ齧った。
「あぁ、やっぱりだ」
あぁ、相変わらずチーズ臭くてかなわん。きっと例のえびグラタンもこういう感じなのだろう。まったく、主食部門には何度クレームを入れれば改善するのだ。もしかしてこの臭いが気になるのは少数派なのだろうか。
俺は臭いから逃げるように、赤茶色と黄色が混じったパテを一口齧った。
「うん、これはいい」
燻製肉の香ばしさに卵の味わいが負けていない。どうやったらこの胡椒の味を再現できるのか、検討もつかない。このパテは俺がまだ子供だったときからあったように思う。いつかはこの高みへ追いつきたいものだ……。
さて、感慨に浸っているとすぐに食事の時間は終わってしまう。緑のビタミンペーストをさっさと平らげるとしよう。こいつはやや苦いのはいいとして、ひとくち食べただけで脳天に突き刺さるような青臭さが鼻孔をかき回すのだ。
いつもならビスケットやらカロリーバーやらと一緒に片付けるのだが、今日はよりにもよってあの臭いが酷いチーズ味。ペーストの青臭さと混じってひどい目に合うだろう。
「せめて青臭ささえなんとかなればなぁ……」
薬剤部門に嗅覚を制限させる薬品でも発注してみるか。いや、それだとこのパテの味わいも半減するか。難しいものだ。
文句を言っても仕方ない。鼻を摘んで一気にかきこむ。味はちょっとだけ苦い程度なのでなんとか我慢はできるが、臭いは辛い。鼻を摘んでいても喉の奥からせり上がってくる。
「はぁ、食い切った……」
鼻を摘んでいたせいで息が苦しい。好き嫌いなど言っている余裕はないが、こればっかりは仕方ないと言い訳させてほしい。嫌いなものは嫌いなのだ。
「さて、試作品の味はどうかな……」
口直しにパテを一口齧り、スープゼリーにスプーンを差し込んで一口。
味覚データのあの味わいをどこまで再現できるかが腕の見せ所だ。
「う…………ん?」
やはりあの複雑な味わいを完全に再現することはできないか。肉の味に手間取っているのが大きいだろう。全体的に味が薄い割に、塩味が濃いか?香りも今ひとつ出せていない。
原材料表を見るとトマトが入っていたのでトマトスープをベースにしたのが間違いだったのだろうか。あとで配合表を見ておくとしよう。
脳を使うと糖分が欲しくなる。チョコレートバーを残しておいてよかった。
「ふぅ……結構腹がふくれるな……」
午後から眠くならないようにカフェインのサプリメントを申請しなければ。
そんな事を考えながら俺は残りのビスケットを苦い顔で噛み砕いた。
ディストピア飯 錨 凪 @Ikaling_2316
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