A.E.0066/05/10 配給弁当

 私の担当は工業製品の組み立て作業だ。今月はめでたくクリアランス昇格があったため、新しく下層で使う大型の掘削装置を手掛ける職場へ移動することになった。

 職場案内と1週間の研修を終え、今日は実地の組み立て作業へ初めて取り組む日でもあった。

 事前に受けたVR研修や首元に刺さっているマイクロチップに内蔵されたマニュアルのこともあり、私の手はスムーズに作業を進めている。

 この呆れ返るくらい巨大なモンスターマシンは、このマシンを組み立てている広い区画分の土をまる1週間で彫り抜いてしまうそうだが、その光景は私はおそらく見ることはないだろう。

 もしこのマシンのオペレーター資格を取れば操縦できるのだろうか、その分手当は上がるのだろうか。それとも下層で働かされるのだろうか、生活環境までも下層になるのなら頼まれても御免だ。

 まぁ、断る選択肢など最初から用意されていないのだが。

 しかし、AIによる職業適性判断はかなり優秀だと思う。私はこの骨格から巨大生物を復元するような組立作業は好きだし、今のところは誰も文句を言っている様子を見たことがない。

 まぁ、原則無駄な会話は禁止されているし、不満があるならばより過酷な職場へ『研修』に出されるからということもあるのだが……。

 至った過程どうあれ、私はこの仕事に不満はないのは本当だ。グリスやオイルに塗れることくらい、屁でもない。

「おい、332番」

「はい」

 監督官に呼び止められてしまった。なにか粗相をしただろうか。

「もうそろそろ交代の時間だ。食事時間にしろ」

 おっと、もうそんな時間だったか。しかし、現状で止めてしまっては切り悪いし、引き継ぎも面倒だ。

「ありがとうございます。切のいいところまで仕上げたら、行ってきます」

「良い労働意欲だ。加点しておこう」

「あ、ありがとうございます!」

 嬉しい誤算だ。点数を稼いでおけば、生活のグレードを上げることができる。労働手当が増えれば、きっともっと良いものを食べれるだろう。

 だがしかし、食事時間が迫っていると聞けば腹が減ってきた。

 幸い、この職場の昼食は配給弁当、長い列に並ばされることはないので、ゆっくりと休憩ができるだろう。

「よし、いい出来だ」

 モーターの組み付けに稼働チェック、問題なさそうだ。あとは検査官にまかせて食事時間にするとしよう。

 作業場の端には配給弁当が積まれたワゴンが止まっており、そこで配給弁当を受け取る。もちろんバーコード認証をしなければならないが、速くていい。

「さて、どんな物が入っているかな……」

 私は休憩所の端に腰掛け、配給弁当パッケージの封を破いた。


本日のメニュー

・カロリービスケット6枚

 朝食と昼食は夕食分より数が多いシルバーのパッケージ二袋分。これからまだ労働があるのでしっかりと食べないといけないのは分かるが、やはり喉が渇きそうだ。

・咬合力維持用合成ジャーキー

 合成とはいえ肉が出るとは良い職場に移動したものだ。咬合力維持用のものなので、きっと硬いのだろうが、それでも肉というだけで特別感が湧くのはきっと私だけではないはずだ。

・合成ビタミンペースト

 通称野菜ペースト。汚れた手でもそのまま食べれるよう、パッケージから直接吸えるように設計されている。ビスケットに塗って食べるとしよう。

・スープゼリードリンク

 こちらも直接吸えるように設計されたパッケージ。配給リストによると豆のシチュー。ゼリーの食感なのに濃厚なペーストのような味がして舌が混乱するので苦手だ。

・栄養補助サプリメント

 いつもの錠剤とカプセル。やはり大ぶりで飲み込みにくいのだろう。肉で上がったテンションが下がる。

・フレーバードリンク

 たっぷり汗を書いたのでいつもより多めにいただく。スッキリとしたライム風味。


 豪華だ。昇格の際に食事が豪華になることは知っていたが弁当ですらここまで豪華になるとは思わなかった。

 まずはドリンクを一口飲んで乾いた喉を潤す。

「ふぅ、これだけで元気になりそうだ」

 無論、そんなことはないのだが、ビスケットを一枚取り出してオレンジ色の野菜ペーストを飲み口から塗りたくる。これだけの工夫でも食事は楽しくなる。娯楽の乏しいここでは楽しい工夫はするに越したことはない。

 ビスケットの素朴な味わいに野菜ペーストの淡い苦味が溶け合う。しかもペーストの水分がビスケットの乾燥を埋めてくれる。

 さて、次は肉だ。肉を食うのはいつ以来だろうか、もう半年ぶりのような気がしないでもない。さてと口に入れようとした時、肩が叩かれた。

「待ちな、新入り」

 見た顔だ、確か隣で作業をしていた男だ。

「そいつ、噛み切れないんだよ。こいつで小さく切って食いな」

 見ると彼の手にはハサミが握られていた。

「違法では?」

「ここの備品だよ」

 それでも監督官の方が黙っていないだろうに、と監督官の方へ目を向けると露骨に目をそらしている。なるほど、そういう流儀か。後で『おすそ分け』をしないと。

「ありがとう」

「お互い様だよ、ペーストをビスケットに塗るなんざ考えもしなかったよ。晩飯でもやってみるかな……」

「そんなの、礼を言われるほどのことじゃない」

 などと言ってみるが、私もこの方法は自分で思いついたわけではなく、前の職場で別の作業員がやっていたのを真似ただけなのだが……。

「言ったろ、お互い様って」

 彼はそう言って、ビスケットにたっぷりペーストをつけてサンドして食べた。なるほど、その方法も良さそうだ。

 さて、それよりも今は肉だ。

 彼の言う通りにジャーキーを一口大に刻んで、それを一つ口に放り込む。

「う……」

 固い、いや硬い!それに辛い!塩辛い!たしかに労働でたっぷり汗をかいたから塩分が必要なのは分かるが……。私はそれを中和するようにスープゼリードリンクに口をつけた。濃厚な豆のシチューの味が流れ込んできて、ジャーキーの塩味といい塩梅に中和された。

 あぁ、あの苦手な味も、これならば乗り越えられる。だが、また肉にありつけるのは何ヶ月後になるだろう。せっかくの発見も、これでは虚しいだけだ。

「はぁ……硬い」

「だろ?こんなに硬いんじゃあ噛み切れない。噛む力を鍛えるためのジャーキーなのに本末転倒さ。それじゃあお先、俺はもう少しで食事時間が終わるからな」

「あぁ、それじゃあ、また」

 私は残りの食事と噛み切れないジャーキーを噛み締めながら、なんだか彼とは仲良くなれそうな気がすると考えていた。

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