ディストピア飯
錨 凪
A.E.0066/04/21 ハッピーバースデイ
腹が減っていた。
今日一日の労働が終わり、待ちに待った夜の配給の時間だ。
配給の列に並ぶのは時間の無駄ではないかと常々考えている。
パノプティコンA45の生活に割り振られる時間は適切に管理されている。労働時間はきっかり8時間、8時間の睡眠、3回の食事と入浴が各1時間、残りの4時間は自由時間だが『ボランティア』が奨励されている。
その1時間のうちにこの配給の待ち時間も含まれているのだから、やはり無駄だ。しかし、第五層では労働時間以外は完全に自室に待機し、配給も自動で運ばれてくるらしいが、自由に歩き回れる分、それよりはマシなのだろう。
そんなくだらないことを考えているうちにやっと私の順番になった。さて、今日の配給は何だっただろうか。
「バーコードヲ、提示シテクダサイ」
配給機に腕のバーコードを読み込ませると、いつもと代わり映えのしない食事が排出される。
シルバーのトレーに、カロリーバーかビスケットの入ったシルバーのパッケージ、日替わりおかずが二種類(と言ってもほとんどはペーストとスープゼリーだが)、そして栄養補助サプリメント。たまに咬合力維持用ガムがついてくる。
あとは自前で用意する大振りなマグカップ一杯分のドリンク程度なのだが、今日は見慣れないパッケージが一つ、余分に乗っかっていた。
「これは……?」
「勤労推奨プログラム、誕生日ノ市民ニハ、特別配給ガ追加サレマス」
あぁ、そうか、もう1年経つのか。娯楽の少ないこの第四層では、食事は数少ない娯楽の1つだ。何かの記念日だったり、ノルマの達成をしたりすると、こうやって特別配給が出る。
誕生日に出る特別配給は甘味が多い。実は私は甘味には目がないのだ。労働クレジットも貯金を除けば大半が甘味に消えている。
さて、食堂の席を確保して、いざ夕食だ。
本日のメニュー
・カロリーバー3本
ぼそぼそしていて水がないと喉が渇いてしまう。色合い的にプレーン味。味は可もなく不可もなくだが、不味くないということがこれ以上なく嬉しい。シルバーのパッケージにピッタリとはいっているので開封時に形を崩さないように注意。
・総合栄養ペースト
配給リストによればえびグラタンとのこと。新メニューのようだ。グラタンはたまに出るが、えびとはなんだろうか。薄桃色にこげ茶が交じる色合いのペースト。あまり好ましい匂いではない。
・スープゼリー
配給リストによればトマトスープとのこと。こちらも新メニュー。鮮やかな赤色をしている。こういう色合いのものはたいてい辛いか酸っぱいかなので苦手だ。
・栄養補助サプリメント
錠剤が3つ、カプセルが3つ。大ぶりで飲み込みにくいのであまり好きではない。
・フレーバードリンク
味と香りはあるが、栄養は水と遜色ない。余計なカロリー計算をしなくていいので上層部には好評だ。私としては味があるだけマシというコメント以上は残さないでおく。
・特別配給
まだ開封しない。食後のお楽しみ。
まずはフレーバードリンクを一杯。コーヒー味。上層では本物のコーヒーが飲めるらしいが、私はこのコーヒーしかしらない。上司は飲んだことがあるようだが、それと比べれば泥水なんだそうだ。上層部は労働者に泥水を飲ませるわけがないだろうと、言い切れない悲しさはあるが。
そうして喉を潤してから、まずはカロリーバーを一口。代わり映えのしない焼き固められた小麦粉の味わいでほんのり甘いが、唾液を無限に吸収するようにぼそぼそしていて喉に張り付くのでドリンクで流し込む。
「さて、こいつか……」
えびグラタン味、初めて見るバリエーションだ。開発部が味の再現に成功したのだろうか。個人的にはグラタンシリーズは当たりだと思う。特にほうれん草グラタンは大好物だ。匂いが少々気になるところだが、とりあえず一口。
「う、こりゃあハズレだ……」
鼻の奥を突き抜けるような生臭さを、グラタンの甘さが隠せていないどころか引き立てていてどこまでもまずい。いつもは順番に均等に食べるのだが、さっさと片付けてしまわなければ精神に限界が来る。
これが『えび』の味わいか……。昔の人はこんなものまで食べなければならなかったのか、あるいはなにかの配合ミスか。後者だと信じたい。
とりあえず半分まで食べきった。本当はドリンクで流し込みたいところだが、カロリーバーや錠剤を飲む分が足りなくなりそうなのでなんとか気合で乗り切った。
さて、新メニューの片方は個人的には失敗作だったわけだが。もう片方はどうだろうか、スープゼリーにスプーンを差し込む。
硬さは標準。たまに硬すぎて跳ねるのがあるから困るのだが、今日はそのようなことはなかった。
「ん?」
鮮やかな赤色のスープゼリーは大抵が酸っぱいので覚悟して口に運んだのだが、なんだ、拍子抜けだ。いや、それは違う。悪くない、むしろ良い!
えびグラタンのせいで期待が地に落ちていたからかもしれないが、これは手放しで美味い。酸味はまろやかだし辛さはない、むしろほんのり甘いだろうか。グラタンとはまた異なる甘さだ。別の意味で速く食べてしまいたいが、あとでえびグラタンが残るのは避けたい。
今日はいい日だ。えびグラタン以外は。
さっさと
だが、気がつけばもうなくなってしまった。あとは錠剤を飲んで……いや、いかん、忘れるところだった。
お楽しみにとっておいた、特別配給パッケージ。手のひらに収まるくらい小さいが、それでも嬉しいものは嬉しいのだ。
「さて、何が出るかな……」
慎重にパッケージを開く。すると甘い香りが鼻に飛び込んできた。おぉ!この香りはもしや!
・チョコレートブラウニー
断面からナッツ(なんと本物の!)が覗く、茶色くてずっしりとしたチョコレートケーキ。表面に粉砂糖が掛かっており、見ているだけで涎が出てくる。
あぁ、幸福だ。一口で平らげたくなる欲望と、ひとかけらずつちまちま食べたいという欲望の葛藤で頭がうるさい。しかし、こういうものは速く食べないといけないのだ。
私は躊躇しながらスプーンで3分の1程度を切り取って口に運んだ。
「あぁ……」
あぁ、甘い、甘い、甘くて幸せだ。久しぶりのまともな食感と味を持つ食事だ。カロリーバーのように口が乾くが気にならない。フレーバードリンクをコーヒーにしておいてよかった。よく合うじゃないか。こういうときくらい自分を褒めておこう。
小さく切って一口、フレーバードリンクを一口、食事時間はまだ十分にある、もう少しゆっくりと楽しむとしよう。
誕生日、バンザイ。ハッピーバースデイ、私。
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