2つの頼み

とある一家の休日


「釣れそうか?」

「うーん。まだなんとも。」


 俺たちは今日、家族で海釣りに来ていた。

 父の趣味なのだが、なかなかにたのしいので俺もよくついていっている。

 だが、釣りが…というより餌の虫が大の苦手の人が約一名いる。


「ねぇ、まだ釣れないの?」


 姉だ。

 姉は虫全般が嫌いなのだが、特にミミズ系統が大の苦手らしい。

 なので、若干イラつきながら釣り糸をたらしている。しかし、今日は父の日であり、父さんが「皆で釣りに行きたい」と言ったので、普段は絶対に行きたがらない釣りにもついてきている。

 

 ...つまり、これは絶好のいたずらチャンスなのだ。


「まだまだ、釣りは根気が大事だぞ。」

「はーい」


 そんな、会話をしている隙に、俺は姉の足元にこっそり餌箱を忍ばせておく。俺の計算通りならそろそろ…


「ふー。ずっと立ってるのきついなー」


 そういって座りだした。BINGO!!計算通り。


「お!かかったぞ!!網取ってくれ!」

「え!?マジで…」


 かかったという父さんの方を見ようとすると姉は気づく、自分の足元にウニョウニョと動く虫たちがいることを。


「ギィャーーーーー!!!!」

「アハハハハははははwwwwwww」


姉が跳び上がり、俺は大爆笑する。


「あの、かかったんだけど、網取ってくれない?ねぇきいてる?」


 そんな父さんを尻目に楽しい日々は過ぎ去っていく。


 だが、崩壊の足音は着実に近づいていた。


◆◇◆◇◆


 俺の名前ってなんだっけ?

 女のことを散々バカにした俺だが、いざ自分が名前を言おうとすると、分からないことに気づいた。

 他のことは覚えているのに名前のことだけを綺麗さっぱり忘れている。


 汗が吹き出してくる。

 なぜ今まで気付かなかったんだ。名

 前という大切なものを、家族からもらった、大事なものを。なぜ…


「どうしたんだい?」


女が聞いてくる。不味い。非常に不味い。


 あれだけ名前を覚えていないことをバカにしていたのに、自分も覚えていないなんてアホすぎる!


 どうにかしなくては...


「えーと、あの、俺の名前は、えーと、そのー、あれだあれ、えーと」


 ヤバいぞ、なにも思いつかない!!このままでは…


「君、もしかして…」

「ビクッ!?」


しまった。露骨に反応してしまった。不味い…。


「名前覚えてないのかい?」

「…………………………黙秘する」


考えて出てきた言葉がそれだった。自分のボキャブラリーの無さが恨めしくなる。


 その様子を見た女は一瞬呆けた様な表情をしたあと、ニヤーっと笑った。


「いやー。あれだけわたしが名前を覚えていないのを、バカにしていたのに覚えてないのか。自分の名前を。」


女はニヤニヤしながらそう言う。くっ、返す言葉もない。


「と、とにかく!!話したいのはこれだけか?ないならもう帰るぞ!」


今度はおれが露骨な話題そらしをする番だ。

 もうこれわっかんねぇな。


「わぁ!悪かった、悪かったから行かないでくれ!!頼みたいことが在るんだ。」


 女はそういい出した。


「頼みたいこと?」

「ああ。頼まれてくれるかい?」


 女が上目遣いで聞いてくる。俺は考える。

 ここでこいつの願いを聞いてもいいが、もし今までのおバカアピールが演技だったとしたら、騙されて利用される可能性がある。


 まぁ、限りなく低いだろうが。とりあえず、内容次第だな。


「聞くだけなら...いいぞ。」

「本当かい!!」


 女がパァーと笑顔になり喜んでいる。やれやれ、最初の神々しさはどこに行ったんだか。


「実は、頼みたいことと言うのは…」


まぁ大体は予想出来るが。


「わたしを、ここから出してもらいたいんだ。」


◆◇◆◇◆◇


 女の話しは大体このような内容だった。曰く、女は何年、何十年、下手すると何百年もの間、この祠に封じられていたらしい。

 そして、何者かによって、祠にくる前の記憶と大半の知識、そして名前を封印されてしまったらしい。ちなみに、封じられる前に何をやらかしたかは覚えていないようだ。


 ...いろいろとつっこみどころが多いのだが、まずはこれからだ。


「お前今何歳だよ。てか、人間かよ。」

「失礼だな!これでも私の心はまだまだ乙女なんだぞ。そんな乙女に年齢を聞くなんて、デリカシーがないな。」

「名前は覚えてない癖に、そんなどうでもいいことは覚えてるんだな。」


 これは、俺にも言えることだがな。


 女はそんな俺の様子が不服なだったのか、俺を驚かせようとこんなことを言い出した。


「そもそも私は人間ではないのよ!!。」

「ふーん」


 俺は淡白な感想を口にする


「な、反応が薄いな…」

「まあ、薄々そんな気はしてたからな。」


女はショックだったのかガクッと顔を下げた。

 そもそも、こんな怪しい祠の中に封じられているような時点で、普通の人間の可能性は限りなく低い。


「で?お前の正体ってなんなんだ。」

「よくぞ聞いてくれた!!」


 女は顔をあげて、待ってましたとばかりに話し始めた。


「このような狭い洞窟にとらわれた可憐なる美少女の正体…。当然しりたいだろう?」


 女がバッバッとポージングしながら聞いてくる。

 真面目に相手するのも面倒なので適当に返事する。


「ウン。シリタイナー」

「ふふふ。そこまで言うなら教えようじゃないか。私の正体は…」


女がポージングしながらもったいぶってとてもうざい。

そしてようやくその正体が判明する。


「精霊だ。」


「...精霊?」


俺は女に聞き返す。聞き覚えのない言葉だったからだ。


「そう。精霊だ。精霊とは、万物を司り、世界を崩壊から守る、言わば神の代行者のような存在だ。精霊に肉体はなく、寿命もない。私はそんな精霊の一柱なのだ。」


 なるほど、確かに肉体がない精霊ならば、何百年封印されたとしても死ぬことはないだろう。と、思っていたのだが、


「まあ、精霊も不死というわけではない。魔力が尽きてしまえば、こうやって顕現したり、干渉したりすることが出来なくなってしまう。そして、その状態が長く続いてしまえば消滅してしまうだろう。」


どうやらそうではないらしい。生物が死ぬのと同じように、精霊も消滅してしまうらしい。


「そして、私の中に残っている魔力はもう少なくてね。あと1年も

せずに尽きてしまうところだったんだよ。」

「そいつは、危ないところだったな。」

「あぁ、君が来てくれなかったら大変なところだった。さぁ、ここからが君に頼みたいことだ。」


 …いったいこいつは、俺になにをさせるつもりなんだ?


「精霊の消滅を防ぐ方法は2つある。1つは誰かと契約し魔力を分けてもらう方法、そしてもう1つは、何かに宿って消費する魔力を減らす方法。大きく分けてこの2つだ」


 そのどちらかを選べってことか?どちらを選べばいいかわからないな。


 そう思っていたのだが、


「だが、私には特別な封印が施されているようで、恐らくどちらか一方だけでは、消滅を免れることは出来ないだろう。」

「は?それじゃあ…」

「ふふ、そうだ。君には私と契約し、そして私の宿主になってもらいたいんだ。」


 女はそういってニコリと笑った。

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ようこそまだ見ぬ異世界へ セイ @seikun0516

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