War of my……

 僕は完全装備になったまま、ヘリに乗っていた。

 指揮官から任務を命じられ、完全防備のタクティカル・パワードスーツに身を包み、単身で敵の拠点を制圧するのが僕の仕事である。

 今は銃を手に、外界の見えない貨物室に座っていた。 



『隊員番号11073番、戦闘準備』

 ヘリのパイロットから無線が入る。


 ヘルメットの装甲バイザーを降ろし、防護マスクの機密を確認。

 手に持っていた大口径のモジュラーライフルに弾倉を入れ、初弾を薬室に送り込む。

 チャージレバーを引いて、装弾の確認。

 これで戦闘準備は完了だ。




『降下中、任務開始まであとわずか』

 抑揚の無い男性の声が僕を急かす。

 訓練で何度もやった動作が、まだ身についていない。それが自分でもわかる。



「11073番、準備完了でありますっ!」

 無線に向けて、報告。


 僕は数回くらいしか出撃していないルーキーだ。

 比較をしたことはないが、他の隊員ならもっと早くできたのかもしれない。

 それでも、僕は僕――大事なのは任務を達成することだ。


 ヘリが大きく揺れ、ゆっくりと貨物室のハッチが開く。

 口を開けるように上下に動く装甲板の隙間から外界が見えた。

 青い空、白いビル、よく見慣れたものに緑の植物が絡みついている。


 ビルの屋上、その中央へとヘリが降りていく。



『任務開始』

 そのワードが耳に入った瞬間、僕は立ち上がって走り出す。

 パワーアシストで装甲の重さを感じないが、走り方や身体の動かし方を矯正されているようで、最初は違和感がある。

 ヘリの貨物室から出るとその感覚は消えて、自然な動きができるようになった。


 僕がヘリから完全に降りたのを確認したのか、さっきまで乗っていた大型ヘリがローターの回転数を上げ、ゆっくりと上昇していく。

 そして、上空へと消えていった。



 ――さて、始めるぞ。

 僕は手にしたライフルを持ち直し、ビルの中に侵入を開始する。

 

 ノブの付いたドアを蹴り飛ばし、室内に踏み込む。

 バイザーに映った光景はいつも通り、飾り気のない真っ白な内装だった。

 すぐにスーツに搭載されたセンサーが動体反応を拾う。


 腕に付いている端末を操作して、アクティブソナーを使用。

 甲高い金属音が鳴り響き、ヘルメットのバイザーに新しいウィンドウが表示される。

 それはアクティブソナーによって、周囲の地形――近くの部屋の構造が描き出された。


 すぐ隣の部屋に敵の反応がある。

 壁越しにライフルを向け、トリガーを引く。


 反動と閃光、空薬莢が床を跳ねる音をセンサーが拾う。

 そのまま部屋に突入すると、真っ黒な人型が倒れていた。

 

 これが「敵」だ。

 人の形をしているが、顔も無くて毛も生えていない。

 どんな生活をしているかわからないが、こんな気味悪いヤツの生体なんて知りたくもない。


 頭にもう1発撃ち込んでから、周囲の敵を追撃。

 出会い頭、壁越し、逃げる背中をそのまま、僕は何度もトリガーを引く。

 その度に強烈なマズルフラッシュと射撃の反動を浴びつつも、足と身体を動かし続ける。



 敵を追っていくと、武器を手にしたヤツが現れるようになった。

 小さな機械、ドローン、それらを同時に相手にしながら敵を倒していく。


 気付けば、僕は疲れ切っていた。

 いくら分厚い装甲といっても、撃たれる恐怖感や被弾の衝撃を消すことはできない。

 甲高い銃声と強烈なマズルフラッシュが、ストレスになって僕を蝕んでいた。

 防護マスクでくぐもった自分の呼気がうるさく感じて、苛立ちが止まらない。

 それでも、呼吸を整えることはできない。

 



 そして、最後の敵を追い詰めた。

 行き止まり、袋小路。窓の無い通路の奥、逃げ場の無い場所へと敵を追い立てえる。


 ライフルを向け、最後の角を曲がる。

 そこに最後の敵がいた。


 人間の女性のような体型、やたら細身のそいつは両手を合わせて座り込んだ。

 口がもごもごと動くが、目も鼻も無い顔ではその意図はわからない。


 そいつを蹴り飛ばし、壁へと追いやる。

 ライフルを向け、照準を定めて——トリガーに指を掛けた。



 だが、あまりの息苦しさに意識がもうろうとしてくる。

 最後の敵は武器も持っていないし、他の脅威は無い。


 だから、僕はヘルメットのバイザーを上げて、防護マスクを外した。

 すると、さっきまで見ていた光景と明らかに違う様相が目の前に広がっている。



 ぼろぼろの壁、ゴミや埃だらけの床、そして……銃口の先にいたのは、人間の女性だ。

 さっきからぶつぶつと何かをつぶやいている。

 だが、何を言っているのかわからない。



 「敵」はなんだったんだ?

 もう一度バイザーを降ろしてみると、目の前の女性が真っ黒なシルエットに変貌する。

 しかし、直視すると普通の人間のように見えた。

 ぼろきれのような薄汚い衣服、乱れた頭髪、煤だらけの顔に涙の筋が落ちていく。



 何がどうなっているんだ?


 人間のように見えるが、装備のスキャンによって正体を暴ける――のだろうか。

 もしかして、これまで倒してきた「敵」はいったい……?



 背後から声がして、反射的に振り向いてしまった。

 すると、そこにはライフルを構えた男が立っている。


 叫ぶように何かを言い放つと同時に、男の持つライフルの銃口から目がくらむような閃光が瞬く。

 そして、僕は全身の力が抜けるように倒れた。


 何がどうなっているのか?

 何もわからない、思考がまとまらない。


 この女性と男は何者で、僕は何をさせられていたのか。

 命令されて、ライフルを撃って、「敵」を追い回していた。


 その実態がどうなのかはわからない。

 だが、僕の戦争はここで終わりらしい。



 眼前の薄汚い光景を眺めながら、僕は考えるのを辞めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

思いつき短編集 柏沢蒼海 @bluesphere

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ