異星探訪

なんぶ

1星目 砂漠の星・ヴァラ

 「名前と年齢」

 「ハセガワ・ヤマダ、25歳です」

 「目的は?」

 「観光」

 「滞在するホテルは?」

 「ホテルデザートパフェ」

 「滞在日数」

 「1週間」

 「こちらに友人は?」

 「一人もいません」

 入星審査官は勢いよくスタンプを振り下ろした。

 「はい。それで兄ちゃん」

 「何ですか?」

 「地球(アース)ってどの辺にあるの? 初めて聞いた国だから」

 「ええっとここから飛行船で3光年行った先の銀河の中にあるんですけど」


 馬鹿でかいリュックサックとスーツケース、首から下げたカメラ。明らかに観光客丸出しの出で立ちは、この星の人々ーーーヴァラ人の目を引くようだった。飛行船でヴァラ人じゃなかったのは自分だけだった。みんな色とりどりの布で体を覆い、どんな性別でも肌を出さないようにしていた。宗教の問題かな、と思っていたが、宙港を一歩出た瞬間に理解した。

 暑すぎる。否、熱すぎる。

 ヴァラは地球より太陽に近い。近々太陽は活動休止することもあり、最盛期より降り注ぐ光はかなり弱くなったと習ったけど、星自体が近いなら関係ないらしい。

 宙港を出てすぐの所で、恐らくぼったくりとも言える金額で全身を覆う布を購入。1星目なのに何という出だし。必要だったらスーツケースに詰めてきたのにな。飛行船の疲れもあって少し腹が立っていたけど、その隣の店で売ってたドーナツみたいなパン(ナイナカというらしい)が美味しかったので許した。揚げドーナツみたいで、外は塩が効いていて、一口かじるとオレンジみたいな爽やかさと恐らく砂糖の甘さが溢れてくる。まとめ買いも考えたけど時間が経つと油が酸化してしまって美味しくないらしい。ヴァラだったらどこでも買えるよと言われたけど、後で思い返すに、ナイナカが1番美味しかったのはこのお店だった。


 「パスポートをお預かりしてもよろしいでしょうか」

 「お願いします」

 宙港からバスに揺られて40分、ヴァラ都市部のツミに到着。ヴァラの首都でもある。ヴァラは地表のほとんどが砂漠で、バスから見る風景もほとんど砂漠だったけど、近づくにつれて急に背の高い建物がボンボコ見えてくるものだから幻想のようだった。まさしく砂漠の中のオアシス。今はホテルデザートパフェに到着して、チェックイン中。

 「あら! 地球からご予約頂いた方じゃないですか! はるばるようこそ! 遠かったでしょう?」

 「思ったよりは。今日で一生分の砂漠を見た気がします」

 「それは何より。地球は砂漠が少ないんだとネットで見ましたよ。緑があるんだとか」

 「緑より水が多いですよ」

 「”海”!」

 「それです」

 「羨ましい、海を見れるヴァラ人なんて富裕層だけですよ」

 「いやあ、僕もしばらく見に行けてませんからね。あと5年もしないと融けないでしょうし」

 「そうなんですか? あら、お部屋のご準備できているみたいなんでご案内しますね」

 「どうも」


 受付の方はとてもフレンドリーで、観光地のどこそこに行くならバスよりタクシーを拾った方が安いとか、シカメというハーブ? を使った料理はヴァラ人でもお年寄りぐらいしか食べないからおすすめしないとか、部屋にたどり着く数分の間にものすごい量の情報をくれた。

 「朝食は7時から10時まで、シャワーは右側の突き当たりに、トイレはその反対側。お湯が出ない時は呼んでください」

 「分かりました。ありがとう」

 ベッドに腰掛けて、そのまま寝そべる。深呼吸をする。地球と全然違う匂いだ。

 上にはもう一つのベッド、向かいには2段ベッドがもう一つ。経費を抑えるためにドミトリーの部屋を取ったけど、奇跡的に自分以外の宿泊者はいなかった。貸し切り!

 時計をヴァラの時間に合わせる。午後4時。夕飯には早いけど、でも小腹空いたな。

 目を閉じると今日1日の出来事がブワーッと脳味噌の中で繰り広げられるが、このまま寝てしまうのはもったいない。ぐったりした体を起こして、スーツケースの中を広げる。


 1時間後、シャワーを浴びてから僕は街へ繰り出した。少しずつ暗くなってきた。ヴァラの時間の推移はあまり地球と変わらないらしい。白夜は眠りづらいので地味に助かる。ビル街をぶらぶらと歩いていると、旧市街が急に現れた。日差しが弱くなってきたから続々と人が増えてきた。せっかくだし何か食べるものないかな(食べることばっか考えている)と、旧市街の中に入る。観光客丸出しだからそれはそれはもう客引きがすごいが、うまく交わして通り過ぎた。途中、何かの肉を焼いている屋台が本当に美味しそうで食べたかったけど、翻訳によると地球人には禁止物質が含まれているらしく、食べると最悪の場合死ぬらしかったので断念した。食べてみたかった。銀色に光っていたが牛みたいにも見えた。

 結局、何の面白味もないカフェに入り、何の面白味もないコーヒーを頼み(コーヒーは宇宙にも普及してて、基本的にどの星でも飲めるらしい)、真っ黒のススにしか見えないケーキ(名前は忘れた)と、パリモサー(ホットドッグの亜種みたいなもん)を頼んだ。ススにしか見えないケーキは見た目とは裏腹にさっぱりとレモン風味が効いている。パリモサーは美味しいのだけど何かが妙に苦くて、調べたところシカメが入っていた。うん、確かに初心者向けの味ではなかった。何年か食べ続けたら慣れて好きになるのかもしれない。

 「お前水星?」

 隣に座っていた少年が話しかけてきた。

 「よく言われるけど、地球なんだ」

 「地球! えっと、地球語はヘロアー? ニーハロ?」

 「大昔の言葉なのによく知ってるね。今は________が”こんにちは”だよ」

 「ふーん」

 ちょうど良い。この子に聞こう。

 「星砂の雨を撮りたいんだけど、良い所ないかな?」

 星砂の雨。もちろん普通の雨のことではない。砂の星であるヴァラだが、実は地表を覆う砂はヴァラで作られるわけではない。その正体は流れ星。毎年決まった時期にしか流れないヴァラム流星群は、このヴァラの地に細かく小さな流れ星を降らせる。その流星群が砂漠に降り注ぐ様を星砂の雨と呼ぶ。ちょうど今はヴァラム流星群が流れ出すぐらいの時期で、もし運が良ければそれを写真に収めようと僕は訪れたのだった。

 「今年はまだ見られないと思うけど。まだ花の月が終わってすぐだし。いつまでいるの?」

 「1週間」

 「1週間かあ。うーん。俺は難しいと思うけど、もし見られそうな時は教えてあげるよ。ネク・リンクは持ってる?」

 「今出すね」

 耳元のSky-podsを押して、ネク・リンク(今でいうLINEみたいなもん)を表示させる。

 「ハセガワヤマダって言うんだ」

 「どうも。君は……ヒダマリと発音すれば良いのかな?」

 「うん。おっさん、本当に25歳? 生まれ年バグってない?」

 「ここ97年間はコールドスリープしてたんだ」

 「あーどうりで」

 「それじゃあ。僕は気長に観光してるから、連絡はリンクからでよろしく」

 「うち飲み屋だから寄って行きなよ。夕飯決めてないだろ?」

 「もしかして最初からそれ目的?」

 「まさか」

 そう言うと、彼はニヤリとして僕の手を引いた。またぼられたらどうしようと思ったけど、本当に飲み屋さんで、ご飯はそれなりに美味しく、良心的な価格だった。


 あのとんでもなく辛い飲み物は何だったんだろう。

 深夜のトイレで、腹痛に悶えながら空想する。

 あと多分移動の疲れも出てる。初日とはいえ飛ばし過ぎたな。


 首都ツミの各地を回り、写真を撮ったり美術館を巡ったりして、数日後。


 妙に眠れなくて、ドミトリーを出てぶらぶらと歩いていた。街は静まり返り、繁華街も一軒、また一軒と明かりを落としていった。そのうち小高い丘にたどり着き、ベンチに座って少しずつ暗くなる都会の様子を見下ろしていた。地球が溶けるまであと3年。またこんな風な景色を見れるんだろうか。眠気が復活してきた。まどろんでいると、何か大声がした。驚いて振り返るとヒダマリが必死に何かを話しているが、何を言っているのかわからない。夢なのかもしれない。何だ、何を訴えているのか。困惑していると、ポケットの中のSky-Podsが微かに振動しているのに気付いた。

 「悪い、寝起きで付け忘れていた。ヴァラの発音って独特だねぇ」

 「びっくりしたよ。故障してなくて良かった。例の日だ。0時に大きな”前触れ”が流れていったから、そろそろ始まると思う。ついて来て」

 「分かった」

 案内されたのはまた彼の家の飲み屋。なめられているのかな? と思ったが、今日は店の奥の階段を登って、その建物の屋上に来た。

 「うちの屋上からはさ」

 彼が暖かい飲み物を持ってきてくれた。牛乳に似た匂い。

 「街の外の砂漠がよく見えるんだ。何にも邪魔が入らない。それで、月も見えるんだ。いろんなスポットがあるけど、俺はここが一番だと思う」

 「いいね」

 僕はカメラを構えた。

 満月に照らされて、光の雨が砂漠に降り注ぐ。地にぶつかると、鈴のような音を立てる。星砂の雨はここからかなり距離があるようだが、それでも音が聞こえる。多分、宙港とツミの中間ぐらいで降っているはずだ。

 「聞いていなかったけど、写真家なの?」

 「一応ね」

 星砂の雨は夜明けまで絶えず降り注いだ。僕はヒダマリの寝息を背にシャッターを切り続けた。太陽の光は雨を照らし、一瞬だけ虹色が大きく光って、そのすぐ後に雨は止んだ。


 日がすっかり昇り、ヒダマリに礼を言ってドミトリーに戻った。クラウドに写真のデータが保存されたことを確認すると、すぐに眠りについた。


 次の日、僕は宙港で飛行船を待っていた。ヒダマリから僕がヴァラを発つことに対する寂しさが込められたメッセージを聞いていた。全身を覆っていた布を脱いだら、たった1週間なのにやけに体がスースーしてしょうがない。ヒダマリと一緒に、写真の1枚でも撮っておけばよかったな、次いつ会えるかわからないし、と小さな後悔が残った。

 呼び出しのアナウンスがかかる。立ち上がって荷物を持ち、ゲートを通る。今度の飛行船は少し小さめだ。あんまり揺れなきゃいいなぁ。飲み物を捨てて、人の流れに加わった。

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異星探訪 なんぶ @nanb_desu

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