第2話 まさか、俺も陰謀の渦中にいるのか!?

「らりるれろ400」の動画はどれもこの流れの繰り返しだった。違いと言えば陰謀を仕掛けてくる相手が変わるだけ。それ以外は動画を投稿し始めた九年前から何ら変化がなかった。トタン屋根のバラックに住み、フリースに青のちゃんちゃんこを羽織り、中国製の安物のデジカメを首からぶら下げ、ママチャリを漕いで神奈川県川崎市の街の様子を撮影しながら通行人とトラブルを起こす彼の様子は九年前となんら変わっていなかった。俺にはそれがすごく怖い事のように思われた。よく分からないけれど、九年前と今の自分が全く変わらずに同じ場所にいて同じことをしているとしたら、それは生きているとか死んでいるとかそういう次元ではなく、むしろ生きている意味がない、と思われた。

 コメント欄には常連のアイコンが名を連ねていた。それらは一様に心配する振りをしながら実際には更なる過激な行動へと「らりるれろ400」を焚き付けんとする言説の羅列だった。人のトラブルは痛快である。自分が得をした気分になるから。理不尽であるほどより優越感が増すというもの。暴行に遭い、動画にそれが収まっているにもかかわらず事件にならない、そんな彼の日常なんかクリック一つで手に入る即席のカタルシスじゃないか。その日に自分が受けた理不尽なんて些細なものだと笑い飛ばせてしまう程に。そう考えるのは些か下劣だろうか?でも世の中にはそう考える人間が殊の外多い。コメント欄を見ているとむしろ全世界の人間がそんな風に考えているんじゃないかという錯覚に陥った。

 ラリリスの一人であるアフリカ部族のアイコンを引っ提げたブッシュマンなんかは「らりるれろ400」をラジコンの如く捉え、コメントというコントローラーを使ってよりラディカルな内容の動画を投稿させんと躍起になっている様子が明白で見ていて痛々しかった。

 ネット上では特定班と呼ばれる不特定多数で構成される集団があった。かつて彼らの関心の中心に「らりるれろ400」の住所の特定が向けらえたことがあった。彼らは異常な観察眼と推察力を持ち、わずかな手がかりからその位置を特定する独自のスキルがあった。彼らの目に留まった芸能人やネットタレントは悉く住所を特定され、引っ越しを余儀なくされてきた。彼らに「らりるれろ400」をぶつけたのはブッシュマンだった。「らりるれろ400の自宅を特定してくれ。そうしたらワシが出来の悪い中華製じゃなくてパナソニックの4kのデジカメをその住所に送り付ける」と ブッシュマンが掲示板で投稿したのだ。ものの数分で特定班は「らりるれろ400」の自宅を突き止めた。瞬く間に住所がネット上に拡散された。悪意を持ったラリリスが爆サイにも彼の住所を貼り付けた。爆サイというのは簡単に言えば地域で有名な不良や暴力団などが情報交換を行う場所だ。彼の住所にはラリリスによって自転車や超高額カメラ、超高性能パソコン、現金、通帳などが届けられた。それと同時に爆サイから流れついた不良たちが彼のバラックへと連日訪れるようになった。その全ての様子を「らりるれろ400」は「今日の陰謀」といってネット上にアップした。不良の共通項として目立ちたい、というものがある。「らりるれろ400」の動画への出演は手っ取り早くそれを実現するのに好都合だった。「らりるれろ400」のバラックには毎日のように全国から指折りの不良たちが集まるようになっていた。


「陰謀を現実に変えた男」

 彼は今やウィキペディアの紹介ではそのように記載されていた。

 これが「らりるれろ400」であり彼のいる世界。四角いモニターを通してワンクリックで閲覧できる先に映るそれが彼の今の全て。そして今この瞬間も、インターネットという大海原にその存在を拡張し、拡張は無限に広がり、やがてその海を覆いつくすだろう。彼の身に起こりうる出来事は、実生活の二十四時間では起こり得ないほど膨大となり、それは自然的の上に超という接頭詞を付けて原意を変化させ、むしろ不自然な、という意味にさせてしまう程、彼に起こっている現象はめちゃくちゃであり、陰謀に陰謀が重なって、最早個人ではどうしようもない域に達していた。登録さえしていないAmazonから一人では決して飲みきれない量の水が大量に届き、身に覚えのないサイクルショップから一人では決して乗る事が出来ない数の自転車が運び込まれ、日本中にある全ての電化製品店から在庫を空にするまで注文されたデジカメが配達され、男子である「らりるれろ400」が決して入学する事が出来ない「お茶の水女子大学」や「日本女子大学」のパンフレットが大量にポストに投函され、不動産物件の紹介業者やバイク買い取り業者やそんな何やかにやのセールスマンがひっきりなしに自宅に訪れ、最早24時間では収まらないひっちゃかめっちゃかが彼の24時間に無理やり詰め込まれていた。

 だが俺は違う。俺は目に映るこの場所以外に自分の居場所を持たない。デジタル上に一切生存しない人間。俺が流れる空間は現実の二十四時間。何か俺の知らない場所で知らない何者かが知らない商品を送り付けたり陰謀を画策したりなどといった事が起こらないはず……なのに、にもかかわらず何故かイベントが身に起こる。それが俺を混乱させた。

“俺もデジタル上に存在するのだろうか?爆サイに住所が張り付けられているのだろうか?それか、もしかしたら別の世界があるのかも。何か俺の知らない別次元のパラレル空間のようなものがあり、そこで俺を陥れる何かが画策されていて、それを動画のごとく閲覧し、コメントを打って楽しむ視聴者がいるのかもしれない。向こうでは、動画ではなく現実を書き換えて閲覧してしまうような道具が発明されていて、その対象に俺が選ばれているのかもしれないな”と俺は考えた。妙な焦りが嫌な汗を流させそれが頬から滑り落ちた。

“ならば俺の存在自体を消すことが俺に出来る唯一の復讐ではないだろうか?イベント閲覧者はおもちゃがなくなると悲しむだろう?奴らを悲しませるために、俺は命を絶とう。最後に、笑って絶とう。それが俺に出来る意思表示。反抗”

 そう考えがまとまったので俺は死ぬ事にした。死ぬには飛び降りがいい。理由はないがそう思った。どうせ飛ぶなら綺麗な所にしよう。俺が歩いて行ける場所、その中で最も綺麗な所、それは二子玉川だった。代官山と田園調布で迷った。どっちも歩いていける距離だったから。だがどちらも飛び降りに恰好な建物がない。それに俺は川の傍で死にたかった。

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俺は失敗することを失敗しねえ。もう俺は終わったわけさ。 えーびーしー @abcdefgabc

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