【11月15日】高架下
王生らてぃ
本文
川原の橋の下での生活は意外と悪くない。雨風はしのげるし、水はすぐ近くに在るから飢え死にすることもない。毎日バイトして自転車で同じ場所まで戻ってくる。コインランドリーで服を洗濯し、コンビニでご飯を買い、ゴミをかき集めて安いライターで焚火を熾し暖を取る。カップ麺の水は川の水で、少ししょっぱくて塩気が増す。うまい。うまい。うまい。
家賃もタダ。電気代もタダ。水道代もタダ。
デメリットと言えば宅急便が使えないことくらいだ。さしたる問題にはならない。
あと残る問題と言えば、わたしが女だということだろうか。
○
「あっ、」
いつもやっているように、わたしは襲いかかってきた酔っ払いの汚いおじさんを護身用のハンマーでぶっ殺して、川の下に埋めようとしているところだった。偶然、その姿を見ていたのは、中学生くらいの女の子だった。
時刻は分からないがすっかり暗い。女の子は自転車に乗っていて、セーラー服を着ている。
彼女はわたしを見るとぶるぶる震えていた。
わたしにとってはよくあることなのだ。
ほかのホームレスや、浮浪者、酔っ払いのおじさんが、わたしのことを若い女だと思って油断して、物を盗ったり襲いかかったりしてくることは。だからその対処も手慣れたもので、ガツンとハンマーで脳天を一発ぶちかましてやればいい。後は闇に乗じて川の方まで死体を運んで行って、川底のドロをひっかきまわして底に埋める。もうこれで5、6人くらいは殺している。当然正当防衛だが、ホームレスのわたしがそれを主張したところでまともに取り合ってもらえるわけがないのでもう内緒にしているのだ。
ところがバレた。
いままでバレたことはなかったのに、というか、人が通らないところを選んで住んでいたのに、この子はどうしてここを通ったのだろう。
女の子は震えながらも自転車で駆け出そうとしたところ、川原のぬかるみにはまってタイヤを滑らせ、そのまま転んだ。その勢いのままにずるずると滑っていき、川にばしゃんと飛び込んだ。
わたしはハンマーを捨てて、手ぶらで女の子に駆け寄った。
「大丈夫?」
「ひっ、いや……」
声も出ないくらいおびえている。
濡れたポケットからスマートフォンが落ちた。すっかりびしゃびしゃになっていて、もう電源もつかないだろう。困ったな、どうしよう。この子も殺してしまうべきだろうか。いや、わたしだって人殺しがしたくてしているわけじゃないんだ、身を守るために仕方なくやっているに過ぎない。でも、この子がわたしのことを警察にチクったらどうしよう。いよいよわたしのささやかな生活は終わりを迎えるに違いない。その前にどこかに逃げるべきだろうか。いや、目の前のこの子を消してしまうのが一番手っ取り早いような……
「この事は内緒にできる?」
わたしは女の子の両腕をしっかりと握り、できるかぎりの懇願をした。
「仕方がなかったの。あの人、わたしに乱暴しようとしていて……いま、家が無くてね。ここで寝泊まりしているのだけれど、だから、あなたさえこのことを黙っていてくれたら、みんなが幸せになれるの。ただ、女を襲おうとしたクズがひとりこの世から消えただけ、そういうことでいい?」
女の子は虚ろな目をしていたが、わたしが握った手に少し力を込めただけで、首を絞められたように身体を跳ねさせた。
「ひっ、いや、いやぁああ」
暴れながら悲鳴を上げ出した。
わたしはそれを何とか静かにさせようと思って、でも力づくで黙らせるようなやり方はかえって警戒心を強めてしまうと思って、――とっさにキスで口をふさいだ。
女の子はばしゃばしゃと川の中でもがき、水しぶきが立つ。しかし、だんだんそれは収まっていって、身体のこわばりが消えていくのが感じられた。
わたしは女の子の手を離し、肩に手をそっと置く。
女の子も濡れた手をわたしの腰のあたりに回し、それから二の腕に引っ掛けて、わたしのことをそっと遠ざけた。しばらくすると女の子はぼろぼろ涙を流しながら表情をぐにゃぐにゃにしていた。いろんな感情がごちゃ混ぜになってしまっているのが分かる。
「大丈夫?」
女の子は頷いた。
わたしは彼女を川の中から立ち上がらせて、濡れた服を軽くはたいて水を落としてやった。それから自転車を起こしてぬかるんでいない地面まで押していった。歩いていくうちに、だんだん女の子は落ち着きを取り戻した様だった。
「ひとりで帰れる?」
「はい……」
「驚かせてごめんね。今日のことは、ふたりだけの内緒ってことにしてくれないかな。また、遊びに来てくれるのなら、美味しい物をごちそうするから」
「え?」
「驚いた? 家賃もインフラも使っていないし、住民税だって払ってないからね。ただのフリーターだけど、その辺の会社員よりお金持ってるし、貯金もあるよ」
もっとも口座を持っていないので、貯金はぜんぶわたしの鞄の中にあるのだが。
女の子が自転車で走り去っていくのをわたしは見送った。
また来ても、二度と来なくても、どっちでもわたしは構わない。ただこの平穏な生活がずっと続けばいいなと思う。
ただ、わたしのファーストキスを、こんな形で使ってしまうことになるとは思わなかったが。
【11月15日】高架下 王生らてぃ @lathi_ikurumi
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