看病の結末
つい昔の事を思い出してしまっていた。
今にして思えばあの頃の私は、わがままばっかりだったな。あちこちつれ回して、直人もきっと疲れていたことだろう。
だけど、そのおかげで千冬ちゃんに会えたんだよね。
あの夏の日。直人を変えた女の子は今、目の前で布団で横になりながら、ムニャムニャと寝言を言っている。
「う、うう~ん。シロクマの秋人が、流氷にのって海に漕ぎ出して行って、見送る冬美が泣いている……」
いったいどんな夢を見ているのか。
そういえばお気に入りの二匹のシロクマのぬいぐるみに、秋人、冬美って名前をつけてるって言っていたっけ。それの夢かな。
可愛らしい寝顔を堪能していると、千冬ちゃんは寝返りをうって。その拍子に起きたのか、「ううーん」と目を擦りはじめた。
「う、ん……あれ、どうして白塚先輩がうちに……あっ!」
「ふふ、どうやら目が覚めたみたいだね」
寝ぼけていたようだったけど、風邪を引いて寝ていた事を思い出したみたい。体を起こしてこっちに向き直ってくる。
「すみません。すっかり寝入っちゃっていました」
「構わないよ。病人は大人しくするのが仕事なんだから。それより、お昼はどうする? 実は台所を借りてお粥を作ってあるんだけど、食欲はあるかな?」
「わざわざすみません。それじゃあ、いただきます」
ネギも卵も入った温かなお粥を、台所から運んでくる。
作っている途中で、雪女に熱い物を食べさせても大丈夫かなって思ったけど、幸い問題なかったみたい。
深皿に盛られたお粥をスプーンで掬って、ほどよく熱がとれたところで、それを千冬ちゃんに差し出した。
「はい、あーん」
「あーん……って、これくらい自分で食べれますから」
「そうかい? すまないね、昔こうやって風邪を引いた直人を看病したことがあったから、つい」
大人しくされるがままになる直人は、それはそれは可愛かった。
千冬ちゃんにも同じように「あーん」って食べさせたら、きっと可愛いに違いないだろうなあ。
「やっぱり、食べさせちゃダメかな。直人とお揃いになるよ」
「岡留くんとお揃い……。いやいや、看病のシチュエーションをお揃いにして、どうするんですか。先輩、遊んでますよね?」
残念、バレたか。まあ半分くらいは本気だったけどね。
仕方なくスプーンを渡すと、まだ熱かったのか千冬ちゃんはお粥をふーふー冷ましながら、少しずつ口へと運んでいく。
「美味しいです。先輩、料理上手なんですね」
「そんな事ないけど、お粥を作るのは得意かも。昔、病気がちだった直人に母さんが作ってあげてるのを見て、私もやるって習ったんだよ。思えば、初めて覚えた料理がお粥だったかも」
「岡留くんって、そんなに病気がちだったんですか?」
「まあね。君が初めて直人に会った時も、ぐったりしてたでしょ。バスで会った時じゃなく、もっと昔の話ね」
公園で会った、幼い日の出来事。
すると千冬ちゃんも当時の事を思い出したように、「ああ」と返事をする。
「それにしても驚いたよ。あの時の女の子が、まさか千冬ちゃんだったなんて。直人から話を聞くまで、全く気がつかなかった」
直人は白い髪を見て分かったみたいだけど、あの時私は酷く焦っていて。更に当時の千冬ちゃんは麦わら帽子をかぶっていたせいで髪が見にくかった事もあり、色を気にする余裕なんてなかった。
実際今思い出そうとしても、髪の色なんて浮かんでこないよ。
けどまあ大事なのは、今こうして仲良くできているということか。
昔直人を助けてくれた女の子を私が看病しているなんて、不思議な気分。
「あの時は千冬ちゃんがいてくれて、本当に助かったよ。直人も君のことが、よほど気に入ったんだろうね。あれからやたら妖に興味を持つようになったっけ。愛は人を変えるということだね」
「あ、愛ってそんな。お、おおお大袈裟ですよ。私なんて、全然大したこと無いですし」
顔が真っ赤になったのは風邪のせいでも、温かいお粥のせいでもないだろう。
ふふふ、可愛い反応をしてくれる。
「そんなことはないって。君は十分に魅力的だってことを、自覚した方がいいよ。残念だなあ、もしも直人がいなかったら、私が好きになっていたかもしれないのに」
「ふえっ!? じょ、冗談ですよね」
「ううん、結構本気。今だって、抱き締めたくて仕方がないくらい。千冬ちゃんが、可愛いすぎるのが悪いんだからね」
「えっ、ええ~!?」
千冬ちゃんは今にも溶け出しそうなくらい目をグルグルさせて、食事をする手もとっくに止まってしまっている。
だけどそんなプチパニックを起こしている様子は本当に愛らしく、イタズラ心を刺激されて仕方がない。
うん、やっぱり抱き締めておこう。ちょっとくらいならいいよね。
風邪で弱っている今なら、抵抗もできないはず。だけどワキワキと指を動かしながら手を伸ばした瞬間、枕元に置いてあった千冬ちゃんのスマホがけたたましく鳴り出した。
「お、岡留くんからです。……もしもし、どうしたの?」
『綾瀬か? 別に用はないけど、体調はどうかと思って。それと何故か、唐突に嫌な予感がして。宝から、変なことされてないよな?』
「へ、変なことって?」
『考えすぎかもしれないけど、宝は気に入った奴には、やけにスキンシップを取りたがるというか、限度を知らないところがあるから。変に迫られて、余計風邪が悪化してないか心配になったんだけど、平気か?』
むう、直人め。なんて人聞きの悪い。ちょっと抱きしめようとはしたけど、それだけさ。
千冬ちゃん、ここはビシッと誤解を解いてくれ。
「だ、だだだ、大丈夫。ま、まだ何もされてないから」
『まだ!? ということはやっぱり、これから何かするつもりなのか。心配だ、今から俺もそっちに行く』
ん? かえって火に油を注いでしまったような。直人が慌てている様子が、電話越しにも目に浮かぶ。
だけど今度は、弱っている姿を見られたくない千冬ちゃんの方が慌て出す。
「本当に平気だから。先輩にイタズラされそうになって、ドキドキさせられただけ。ちょっと溶けそうになったけど、何も問題ないよ」
『問題大有りじゃないか! 宝、看病にかこつけて、何をやってるんだ!』
千冬ちゃんのフォローも空しく、納得のいかないようだ。
仕方がない、ちょっとスマホを借りるよ。
「こら、あまり大きな声を出さない。千冬ちゃんは病人なんだから、静かにしないか」
うるさくして、頭に響いてしまったらどうするんだ。
『誰のせいだよ。だいたい、宝を付き添わせるってなった時から心配だったんだ。弱っている綾瀬を、誘惑しかねないからな』
「誘惑って、私はいたっていつも通りさ。そもそも、私達は女同士だよ」
『だから余計に心配なんだ。今まで宝に骨抜きにされた女子が、何人いたか』
むう、それもそうか。
いや、しかしだよ。いくらなんでも弟の彼女に手を出すなんて、そんなわけ……。
「せ、先輩。どうしてそんな熱い目で私を見るんですか」
「ちょっとね。直人と千冬ちゃんを取り合うのも悪くないかもって、思っただけだよ」
直人がいなかったら、私が千冬ちゃんをもらうなんて展開もあったかもなんて、半ば本気で考えてしまう。
女同士じゃないかって? 細かいことは気にしない。
電話口からは『やっぱり今すぐ行く』って叫ぶ声が聞こえてきて、千冬ちゃんも「ええっ!?」って口を開けているけど。ふふふ、そんな慌てなくてもいいよ。
直人に聞こえないよう、千冬ちゃんの耳元にそっと口を近づける。
「大丈夫、冗談だから安心して。ちょっと直人を、からかってみただけだから」
「じょ、冗談だったんですか。けど、岡留くんは本気にしちゃってるんじゃ?」
「いいじゃないか、少しくらい遊んでも。姉の特権だよ」
クスクスと笑いながら、依然慌てた声が聞こえてきているスマホを千冬ちゃんに返す。
本当に、二人の仲を邪魔しようなんて思わない。
だって直人も千冬ちゃんも、私にとって大切な人だから。
風邪を引いてることなんて忘れたように、直人の誤解を解くべく電話で話す千冬ちゃんを見ながら、私は笑みを浮かべるのだった。
……ちなみに。
電話が終わった後、千冬ちゃんはどっと疲れたと言って、また寝込んでしまい、くしくも直人のいった通りの悪化させる結果になってしまった。
ごめんね。今度はちゃんと責任持って、看病するから。
見守る人、白塚宝 Fin
※あとがき
本編だけでなく、番外編まで読んでくださった皆様、本当にありがとうござます。
本当は岡留くんや、千冬のクラスメイトの木嶋さんや犬童さんにスポットを当てた話も書いたのですけど、キャラが上手く動いてくれずに。読み返してみたらどうにも納得がいかなかったので、残念ながらそれらは公開するのを止めました。
スピンオフを書いていると、自分にとって動かしやすいキャラや、サブキャラであるからこそ輝けるキャラというのが見えてきて、勉強になりますね。
そして岡留くん達とは違い、ほとんど新キャラを作るつもりで書いた若い頃のお雪さんは、とても動かしやすかったです。
コメントでもお雪さんにはたくさんの方が触れてくださって、とても励みになりました。
そんな『アオハル・スノーガール』もこれで終了です。
長いお話でしたけどお付き合いくださって、本当にありがとうございました。
アオハル・スノーガール 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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