遠い日の記憶 後編
公園での熱中症騒ぎから数日後。
あの件はお父さんとお母さんに怒られてしまったけど、直人はもうすっかり良くなっていて。私達は前みたいに、姉弟仲良く遊んでいる。
もちろん外に出る時は、帽子と保冷剤を忘れないよう気を付けながら。
そしてこの日、私達は二人で町の図書館まで来ていた。
と言っても、こんな田舎町に立派な図書館なんてあるはずもなく。役場の中に入っている、こぢんまりした図書館なんだけどね。
ちゃんと帽子をかぶって、直人もポケットに保冷剤を忍ばせながら出掛けたけど、図書館の中はエアコンが利いていて、これなら熱中症の心配はなさそう。
私は夏休みの宿題である、読書感想文用の本を探したけど、その最中直人はずっと、一冊の本を読みふけっていた。
「お姉ちゃんは借りる本決まったけど、直人はどう。さっきからいったい、何の本読んでるの?」
「ん、これ」
読んでいたのは表紙に鬼と天狗、それに河童のイラストが描かれた絵本、『ようかいだいずかん』。
中の文字も全部ひらがなで書かれているから、直人でも読みやすい本だ。
直人はその中の一つのページをじっと見つめていて、そこに描かれていたのは。
「これって、雪女? ずいぶん熱心に見てるね。どうする、それも借りて行く?」
「うん」
こうして『ようかいだいずかん』を借りて帰ったわけだけど。
直人はその日から、暇さえあればその本ばかり読んでいて。私が遊ぼうって誘った時でさえ、本から目を離そうとはしなかった。
「もう、本ばっかり読みすぎ。少しは私とも遊んでよ」
「うーん。だったら、『どっちが多く妖怪の名前を言えるかゲーム』する?」
「直人って最近、口を開けば妖怪の事ばっかりだね。まあ良いや、負けないんだから」
しかし意気込んで挑んではみたものの、結果は惨敗。四六時中妖怪の本を読みふけっている直人に、勝てるはずがなかったのだ。
だけど、そうなるとがぜん、対抗意識が芽生えてくる。
姉の威信に掛けて弟に負けてはなるものかと、私もその日から妖怪について猛勉強を始めた。その結果。
「くびれ鬼、牛鬼、目一鬼」
「天邪鬼、鬼女、一口鬼」
「酒呑童子、茨城童子、温羅」
「前鬼、後鬼、幽鬼……」
姉弟で白熱したバトルを繰り広げているのは、『どっちが多く妖怪の名前を言えるかゲーム』の、鬼縛りバージョン。
私も、それに直人も負けず嫌いだったら、お互い絶対に負けるものかと次々と妖怪に関する知識を増やしていって。
気づけば周りの友達が引くくらい、詳しくなっていた。
いつしか季節は冬へと移っていて。この頃になると直人への対抗意識なんてどこかに行っていて、私はすっかり妖怪マニアになってしまっていたのである。
「今日も決着がつかなかったね。続きはまた今度にしよう」
「だね。そういえば前から気になってたんだけど、直人って急に妖怪のこと好きになったよね。何かきっかけでもあったの?」
ずっと疑問に思っていたことを聞いてみる。
けど、たぶんマンガかアニメの影響でも受けたのかな、なんて思っていたのに。直人は何故か困った顔をしながら、口をまごまごさせた。
「秘密。これだけは教えられない」
「ええー、直人の意地悪ー。じゃあさ、一番好きな妖怪は何? それくらい、教えてくれても良いでしょ」
「え、うーん……」
ちょっと迷ったようだったけど、やがてポツリと呟くように答えた。
「……雪女」
「雪女かあ。私も好きだよ、雪女。本に描かれている雪女って、美人だしね」
「うん。……本物は、もっとかわいいけど」
「ん、何か言った?」
「何でもない」
こうして私達はだんだんと、妖怪マニアぶりに磨きをかけていったんだけど。
どうして直人が妖怪に興味を持つようになったのか。どうして一番好きなのは雪女なのか。
その答えを知るのは高校生になってから。千冬ちゃんと、出会ってからのことだった。
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