エピローグ2
召喚の間に繋がった日本との召喚門を前にわたくしの心は激しく揺れ動いていた。
何故かと言えば、わたくしの夫ドーラス・クライトが娘キララを連れて日本に里帰りしているからだ。
押し寄せたライラス率いる魔王軍を倒した後、時を同じくして召喚システムが復旧、日本への帰還を促す召喚門が同時に繋がったとの報告を受けた。
こちらの魔王ユーグリッドを討ったフォボス麾下のライラスを倒したことで、召喚システムが討伐褒賞者としてキララを認定したらしい。
討伐褒賞者になったキララが、夫ドーラス・クライトと長く話し合った結果、選択した褒賞は、『もう一度だけ二人でこの世界に戻れる権利』であった。
キララとしてはこちらで暮らす気であったようだが、夫は『キララにはキチンと最後に日本を見せてやりたい』と譲らなかった。
こちらに戻れば、二度と故郷の地は踏めなくなることになると夫は判断したのだろう。
それと、自分がキララの父だと嘘を付いていたことや、キララの生みの母親の行方の捜索、一週間という召喚門の解放期限の間に、色々と日本に残したことを清算するための里帰りであった。
「マッマ、パッパとキララねーたん、いつ帰ってくるかなー。エルも行きたかったよー」
スラちゃんに乗って周囲をウロウロし、召喚門の先を見ていたエルがそう呟いた。
「わたくしとエルはこちら側の人間ですからね。残念だけど、この門を越えることはできないわ。きっと、パパとキララはもうすぐ帰ってくるわよ」
「ミー、ミー」
自分を落ち着かせようと、腕の中に抱いたミーちゃんが耳をピクピクさせて周囲の様子を窺っている。
エルには帰ってくると言ったものの、戻った先は二人が元々居た世界。
わたくしは二人がもしかしたら、そのまま帰って来ないのではとも危惧していたのだ。
そう考えるだけで、心臓が何者かにギュッと圧し潰されているような感覚がずっと続く。
我ながら夫と娘を信用できないとは情けない限りである。
「きっと、帰ってくる……」
「ミュースも心配性ね。あの真面目で、嫁一途で、子煩悩なドーラス君が嫁と次女を置いて向こうで暮らせるとか思ってるわけ?」
ずっと召喚門の先を見続けていたわたくしに声をかけてきたのは、リーファ王妃だった。
彼女は、アドリー王とともに里帰りを迷っていた夫を後押しした一人だ。
「こっちの世界の住人になるための最後の里帰りくらいで、嫁の貴方が狼狽えるのは頂けないわね」
「ですが……」
「自分が惚れた男と娘を信用できないと?」
リーファ王妃の目が鋭くなる。
小さな時から母親のように接してくれた彼女に、自分の中の弱い気持ちを見抜かれたようで、恥ずかしさで顔が火照るのが堪えきれなかった。
「まぁ、顔を赤くして可愛いこと。よっぽど夫に惚れてるのね。いやー、新婚さんはお熱いこと」
「ち、違いますからっ! 夫のことよりも娘のキララの方が気になってますからっ!」
「あらー、ドーラス君はキララちゃんのオマケなのー。可哀想におまけかぁ」
「そ、それも違いますからっ!」
母親代わりをずっと勤めてきてくれたリーファ王妃から、からかわれてあたふたしてしまう自分が恥ずかしかった。
本当に自分はこの人にはかなわないと思う瞬間だ。
だけど、リーファ王妃が茶化してくれたおかげで、締め付けられていた心が少し軽くなった。
「だってー、パパー。パパはキララのおまけらしいよー」
あたふたとリーファ王妃にいいわけをしようとしていた、わたくしの背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
一週間、聞かなかっただけで懐かしく感じてしまう娘の声に、心が喜びに打ち震えるのが感じられる。
「酷いなー。旦那が里帰りしただけで、ママは私を娘の付属物に格下げかぁー。これはいっぱい、ママのご機嫌を取らないとパパはお家に置いてもらえないかもしれんなぁ」
もう一つ聞こえてきた声は、わたくしの心に張っていた堤防を容赦なく決壊させていた。
声が聞こえただけで涙が止まらなくなるなんて、わたくしはこんなに弱くなってしまうなんて……。
涙腺が崩壊し溢れた涙が粒となって頬を伝う。
「「ただいま、ママ」」
振り返った先には、大好きな夫と愛しい娘がニッコリと微笑んでこちらを見ていた。
と同時に背後の召喚門は黒い穴を縮めていき、最後には跡形もなく消え去った。
「パッパ! キララねーたん、おかえりーーーーーーーーー!」
二人の帰りを、首を長くして待っていたエルがキララとパパの間に飛び込んでいた。
「おかえりなさい!! 二人とも」
こちらに向かって歩いてくる二人を待ち切れず、自分もエルと同じように駆け出していた。
完
異世界召喚された元最強勇者は宮廷魔導師となり、愛娘たちと愛妻に囲まれまったりパパ生活を満喫することになった シンギョウ ガク @koura1979
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