エピローグ1



 拝啓 生路広江様


 立春の候、皆様にはご健やかにお過ごしのこととお慶び申し上げます。


 本当は、もっと早くお伝えしなければいけなかったのですが、一五年もの歳月を経てのご報告となりましたこと先にお詫びさせて頂きます。


 幼少の頃よりお世話になった広江様に対し、一五年の音信不通を詫びるとともに、一枚の写真を同封させて頂きました。


 私の『家族』の写真であります。


 現在、私は日本国外のとある小国にて政府に勤める仕事をしており、この度、現地の女性を妻に娶ることと相成りました。


 広江様には学生時代、亡き母の代わりに色々とお世話になっておりましたが、私も一家の家長として妻と娘二人を持つ父親となったことご報告申しあげます。


 本来ならご自宅までお伺いして伝えるべきことだと思いましたが、生憎と一時帰国の時間が限られており、日本への渡航も今回が最後となりますので、手紙でのご報告となりましたことお許しください。


 私は妻の生まれた故国に骨を埋めると決意しており、広江様とは今生の別れとなりますこと重ねてお許しください。


 それでは、まだまだ寒い日が続きますから、くれぐれもご自愛ください。


 かしこ


                             零和3年2月24日


                                 美山 大翔



 唯一住所を覚えている日本の親族である広江叔母さんへの手紙を書き終えた。


 アドリー王から手渡された金塊を換金して、この一週間で探偵社に金の糸目を付けずに調べさせた結果。


 どうやら俺の戸籍は残っているらしい。


 親父とお袋が亡くなった後、世話をしてくれていた広江叔母さんが失踪人宣告を出さずにいてくれたそうだ。


 当時、広江叔母さんは待望の娘を出産し、一歳だった俺の従妹を育てながら面倒を見てくれていた人なのだ。


 だから、この人にだけは俺が異世界で暮らすことを決めたことを手紙で感謝とともにふんわりと伝えることにした。


 そして、もう一人の探し人はキララの母親だった。


 佐藤新菜、キララを産んだ母親の名だ。


 彼女はキララの養育を放棄したとして保護責任者遺棄罪容疑で逮捕され、刑事裁判の真っ最中であることが判明した。


 キララがあちらの世界に召喚されたことで、保護責任者遺棄致死罪の容疑もかけられているとも聞いている。


 死体なき遺棄と殺人としてマスコミ各社が、キララの母を散々に叩いてセンセーショナルな事件となっていた。


 新菜は無罪を主張しているが、俺からしてみたらドアに内鍵を付け閉じ込めた上、一日一食しか与えず、男と泊りで出かけているのでアウトとしか言いようがない。


 とはいえ、キララを産んでくれた人であるため、生存の報告だけ手紙で拘置所に送っておくことにした。


 外はまだ肌寒いため、ファミリーレストランの中で、キララとともにそのための手紙を書いている。


「パパー、お手紙書けたよー。これでいいかな?」


 キララが書いた手紙にそっと目を通していく。



 おかあさんへ


 おひさしぶりです。


 きららはとおい世界でいっぱいごはん食べたり、みんなと一緒にべんきょうしたり、うんどうして元気にすごしてます。


 あたらしくママもパパもできて、妹もできました。


 ねこちゃんとかペットもたくさんいて、大きなお屋敷にかぞくで暮らしてます。


 あっちの世界はすごくまいにちが楽しくて、こっちの世界のこと忘れかけてたけど、おかあさんにないしょで家を出ちゃったのだけが心残りだったからおてがみ書きました。


 おかあさん、きららを産んでくれてありがとう。


 きららはとおい世界で暮らすことに決めました。これが最後のおてがみになると思うけど、いままで育ててくれてありがとう。


 バイバイ、おかあさん。



                               さとう きらら



 我が娘ながら、なんという慈悲深い子だろうか……。


 自分を殺しかけた母親を責めもせずに、礼まで言うとは……。


 手紙に目を走らせている俺をキララがジッと見つめている。


 すでにこっちに来る前に、キララには俺が本当の父親ではないと告げていた。


 召喚のあの時、俺がキララを助けるための嘘を吐いていたことを告白していたのだ。


 だが、そんな俺の吐いた大嘘すら、キララは笑って『でも、もうキララの中でパパは、パパだもん』って許してくれていた。


 そのキララの笑顔を見た時、俺は日本に一度きちんと帰って、キララのことも自分のこともしっかり清算し、ミュースたちのいる世界の住人として生きる決意をしたいと思った。


 だから、この手紙が拘置所にいるキララの母親の手にキチンと渡るように手を打っておかないと。


「よく書けているよ。字が綺麗になったなぁ。キララ」


「日本語はパパしか知らないし、きっとパパの教え方が上手かったんだと思うよ」


「そっか、ママも日本語は書けないもんな……。まぁ、あっちでもまた教えてあげるさ」


「それは嬉しいな。でも、これで日本ともバイバイだね」


「ああ、本当にキララはそれでいいのか? 今なら、こっちに残っても生活の目処が立てられる資金はあるぞ」


 アドリー王から魔王軍撃退の褒賞として与えられた金塊は、日本のサラリーマンの生涯賃金の二倍程度の金額はある。


 こっちで暮らすにしても生活は成り立つのだ。


 ただ、こっちにはミュースもエルもミーちゃんもスラちゃんも居ない。


 それをキララも理解しているようで、首を大きく振っていた。


「私もパパと一緒に帰るよ。だって、こっちはつまんないもん。でも、エルちゃんとカイン君とアベル君と孤児院の子たちとー。アドリー王とリーファ王妃と、ママにもお土産も買えたことは良かったなぁ」


 キララがファミレスの椅子に置いた大量の荷物を見て笑っていた。


 召喚門をくぐり東京に戻ってきて、色々と調べてもらっている間に観光をしていたのだ。


 一五年以上、日本を離れ異世界にいた俺に待っていたのは、全く違う日本であった。


 元号もいつの間にか丙成から零和に代わり、携帯電話はスマートフォンに代わり、学生時代を過ごした東京の街並みも激変していた。


 何故だか知らないが今年は二回目のオリンピックが来るらしい。


 そんな時の流れを感じつつ、俺はキララの書いた手紙を封筒に詰め、佐藤新菜の担当弁護士の事務所の宛名を書き込んでいく。


 きちんと届くように間違いないよう何度も宛名を確認する。


「そっか、ならもうこの話は終わりにしとこう。そろそろ、時間も来ることだし、あんまり遅くなるとママたちが心配するから家に帰るとするか」


「はーい。一週間もママのご飯食べてないから懐かしくなってきた。パパ、お家に帰ろう」


 キララの買ったお土産の袋を俺が持つと、空いたもう片方の手にはキララの温かな手がおさまる。


 そして、店の支払いを済ませ、情報収集を頼んでいた探偵社に残りの金を入金すると、俺の手紙とキララの手紙を近くの郵便局で手続きし、日本から離れた。





「――次のニュースは、半年ほど前に自分の娘を虐待し、保護責任者遺棄罪容疑で裁判中だった佐藤新菜被告の担当弁護士の元に、行方不明の娘からの直筆の手紙が届いたとのことで、弁護側が裁判のやり直しを求め――」


「へー、あの事件って子供が消えちゃった奴だよねー。手紙が来たってことはどこかで生きてるのかな?」


「かもね」


「消えちゃったといえば、あたしの従兄の大翔さんも一五年だっけ? ママが最後の目撃者だったとかパパから聞いたけど」


 おせんべいを口にくわえた中学生くらいの女の子が、隣に座る母親に視線をチラリと向ける。


 母親は大翔の叔母である広江であった。


 就職が決まり初出社の前の日にこの家でお祝いをした後、甥の大翔はその痕跡を一切消したのだった。


 以来、一五年生きているか死んでいるか分からない状況が続いている。


「ほんとにあの子はどこ行っちゃったのかしらね……死んでないとは思うんだけど……」


 広江がテレビのニュースを見ながら、行方不明になった甥のことを考えていたら、玄関のチャイムが鳴った。


「はいはーい。今出ます!」


 広江が玄関を開けると、郵便局員が一通の封筒を手にしているのが目に飛び込んできた。


「配達確認付き郵便です。判子もらえます?」


「はいはい、ちょっと待ってね」


 広江が印鑑を取りに戻り、郵便局員から差し出された紙に印鑑を押すと、一通の封筒が手渡される。


 封筒の差出人を見て広江の顔に驚きの表情が浮かんだ。


「大翔からだわ!? 香! ハサミ! ハサミ持って来て! すぐに!」


「何? ハサミ? もうーおかあさんどこ置いたの? あった」


 文句ありありの表情をした香が持ってきたハサミで広江は封筒の口を切る。


 中には写真が一枚と、手紙が入っていた。


「お母さん、これって? もしかして行方不明だった大翔さん? 周りは家族だよね?」


 香が手にしていた写真には学生時代より大人びて、精悍さを増した大翔の顔が写っていた。


 周りには娘が二人と、綺麗な顔立ちをした女性が嬉しそうに微笑んでいる。


「あの子、二度とこの日本に帰れないとか、どこの国にいるのやら……でも、生きてるなら良しとするか」


 広江は同封された手紙を読み進めつつも、写真に写る大翔の顔から幸せそうなオーラを感じ、それ以上のことを追求するのをやめることにした。


「一回くらい会いたかったなぁ。あたしの唯一の従兄だし」


「あの子、あんたと違って真面目だったしね。本当は姉が死んだときに養子にもらおうと思ってから、行方不明じゃなかったらあんたのお兄ちゃんだったかもね」


「まじかー、そう見るとわりとイケメンな気が……でも、二〇歳近く違うし、お兄ちゃんよりやっぱ親戚のおじさんかなぁ」


 その夜、生路家では大翔の生存を祝うささやかなパーティーが家族だけで行われることになった。

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