最終話 パパは異世界最高勇者です
「勇者ヤマト・ミヤマ。その顔、初めて見るが、わたくしが居ない間にフォボス様を討つとは許しがたき蛮行! その首もらい受ける!」
怒りの表情を見せたライラスがこちらを睨みつけていた。
そして、彼女が手にしていた禍々しい瘴気を宿した剣を見て、背中から冷たい汗が流れ出した。
あ、あれってフォボスの魔剣だろ……なんで、ライラスが……持ってるんだ。
フォボスを討ち取った際、あの剣は砕け散った……はず。
まさか……!?
「このフォボス様の命とも言われる、魔剣フェールバルグの養分にしてくれるわ!」
ライラスがかざした魔剣が怪しい光を発したかと思うと、背後に漂っていた黒い霧が意思を持ったように動き始める。
やはり、アレは魔剣フェールバルグかよっ!
って、ことはあの背後の霧は触れると生命力と魔力を吸い尽くす闇の瘴気ということだ!
俺は魔王との戦いで一番苦戦した闇の瘴気を発生させたライラスを見て、周囲に大声で逃げ出すように伝える。
「みんな! 逃げろ! あの霧に捕らわれると生命力も魔力も吸い尽くされて骨にされるぞ! 退け! 退け!」
最前線で事の次第を見ていた数名の近衛騎士たちは、逃げ出す間もなく魔物ごと霧に呑まれ一瞬で骨にされていた。
「うむぅう! なんという威力! 皆、ドーラス師の言う通りここは一旦引くのだ!」
「エル! 巨木にいる魔物たちも逃がせ! あれは魔物も一緒に食う!」
「う、うん! みんなに伝えりゅー!」
霧の威力を見たエルも重大さに気付いてくれたようで、巨木で待機している魔物たちに思念を送り逃がし始めた。
「アーハハハハっ! 雑魚どもが! この霧から逃れられると思うな! 皆、フォボス様のために生贄となれ!」
気が触れているような笑いを発したライラスが、剣を振るうと、黒い霧は周囲の魔物や近衛騎士たちを無差別に襲い始める。
「う、うわぁあああっ! 死にたくねぇ! 死にたくねぇよぉお!」
「ラ、ライラス様! 私は味方ぁあああっぁあ!!!」
「に、逃げろ!! 俺はもう無理だ。お前らだけで逃げろ!」
霧に迫られた戦場は、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていた。
この霧によってゼペルギアでもたくさんの命が失われ、フォボスの力として皆に恐れられていたのだ。
「キララ、エル、パパが魔法で霧の動きを止めるから、早く逃げろ! アドリー王も後方へお下がり下さい」
「じゃが、ドーラス師を置いては下がれん。娘に殺される」
「そうだよ、パパ! キララはアレフティナの勇者だもん! みんなより先に下がるわけにいかないよ!」
「エルも魔王様なのー! 魔王様は強くないといけないんだってー!」
この霧がある以上、下がっても安全とは言えないので、更に強く後ろに下がれとは言えなくなってしまった。
混乱は広がり続け、近衛騎士団はアドリー王の護衛を残し、霧への恐怖で統率は失われ壊走してしまっている。
「し、仕方ありません。アドリー王はキララとエルの護衛を頼みます」
「承知」
「キララとエルは霧を吹き飛ばすお手伝いを頼む! ありったけの魔力をパパに貸してくれ!」
「「はーい!」」
「エルちゃん、頑張ろうね。パパと一緒に悪い魔物退治しよう!」
「あーい、キララねーたんとパッパと一緒にたおしゅー」
魔剣フェールバルグの存在で、状況は圧倒的に不利になったが、娘二人の会話を聞いて悲壮感を感じなくなった。
パパとして、娘の前ではかっこよくしないとな。
悲壮感が消えた俺の中では、娘の前で活躍して褒めてもらおうという世俗的な思いしか残っていない。
そう思ったら、なんだか肩の力が抜けて、いつも以上にやる気が漲ってきていた。
これが世に言う『子供の前でのみ出る父親の土壇場力』というやつか。
俺は綻びそうになる顔を引き締め直すと、魔法の詠唱を始めていた。
「我が命を捧げ、無限の魔力と化し、周囲に強大なる魔力の風を吹きおこしたまえ!
い、いってぇええ……けど、これくらいならどうってことないさ!
「キララ、エル! 悪いがパパにありったけの魔力を注ぎこんでくれ! 本当ならパパだけでやり遂げられるとよかったけど、二人の力貸してくれ」
「うん! じゃあ、遠慮しないよ! エルちゃん、パパの背中に手を当てて」
「あーい! 全力パワー」
二人の魔力が俺の身体の中に注ぎ込まれ、
「アドリー王、二人が気絶したら護衛頼みます!」
「おう、まかせておけ! ドーラス師ごと抱えて逃げ帰ってみせるわ!」
娘たちの気絶後のことを請け負ってもらい、俺の覚悟は決まった。
命を使い尽くしても、この霧ごとライラスを消し飛ばしてやる。
そう決意すると、さらに魔力と生命力を注ぎ込んでいく。
「フンっ! 最強勇者とか言われてるヤマト・ミヤマもその程度か! その程度の魔力など魔剣フェールバルグで吸い尽くしてくれるわ! アーハハハハ!!」
ライラスは剣を軽く振ると、黒い霧を更に発生させ、
くっそ、予想以上に魔力の減りが早い!
エルもキララも魔力は多いが、二人の分と俺だけじゃ足りないか……。
「アーハハハっ!! 霧に呑まれて骨と化せ! ヤマト・ミヤマ! お前の遺骸をフォボス様に捧げてやるから安心しろ!」
魔剣フェールバルグが吸い取った魔力や生命力を得たライラスは、身体に膨大なエネルギーを秘め、魔王に匹敵する力を得ていた。
「死ねっ! 死ねっ! 死ねっ!」
ライラスが放った電撃の魔法が、俺の身体に更なるダメージを与えていく。
皮膚が裂け、血が噴き出して地面を赤く染める。
いってえぇ、くそ、このままだと霧に呑まれる……。
背後ではキララとエルが荒い息をし始めていた。
「わしの魔力は微量だが持っていけ!」
「私のもお使いください」
「私も」
「キララ様、エル様だけに負担させるのは忍びない」
周囲にいた護衛の近衛騎士とアドリー王がキララとエルの後ろにならんで手を背中に添えていった。
「アドリー王! 貴方まで加わったら、キララとエルを担いで逃げる人が……」
「安心しろ、ミュースに引き取りの兵を寄越すように伝令を走らせてある。もう、来るはずだ」
俺が魔法に集中している間に、アドリー王は次の手を打ってくれていた。
おかけで萎れかけていた魔力も再び戻り始めている。
「す、すみません。皆さんにまで危機に晒してしまい……勇者失格です」
「ああ、勇者失格かもしれんな。だが、うちはドーラス師を勇者として召喚しておらんからな。わしの大事な筆頭宮廷魔導師を失うわけにもいかんし、我が国の至宝とも言える勇者と魔王の父を失うわけにもいかんのだ」
アドリー王からかけられた言葉に思わず人前だが涙がこぼれそうになった。
彼の言葉で魔王軍を倒すための道具として使役された前の国のトラウマが晴れていく気がした。
ちっくしょう、いい王様の下で娘と嫁と毎日楽しく暮らすだけでいいのに……ただ、それだけでいいのに……。
もっと、俺に力があれば上手くライラスを退治できたのに……もっと、力が……。
「ゴミどもが何匹増えようが、霧の餌にしかならぬわ! 魔力が枯渇するまでじっくりとヤマト・ミヤマの苦しむ顔を見せてもらうとしよう」
ライラスは勝利を確信したのか、ニヤリと笑みを浮かべ魔法攻撃をやめると、魔剣フェールバルグから発する霧の量を増やしていた。
おかげで
俺からも吸いだされる魔力が増え、生命力の方が削られるスピードが増した。
「うぐぐぐぐぅ」
「パパ……ごめん、わたし限界かも」
「パッパ、エルもねむねむなのー」
「すまん、わしも目の前が霞み始めた」
俺の背後で魔力を供給してくれているみんなも限界が近いことを伝えてきていた。
最強の魔剣の力に屈する直前――
背後から地響きのような振動を発する集団が近寄ってきていた。
集団は、逃げ出したはずのエルの支配した魔物たちと、近衛騎士団と、避難民たちであった。
「みー、みー」
戦闘中、行方不明になっていたミーちゃんがどこからともなく現れて、俺の肩に乗ると魔力を放出していく。
ミーちゃんの鳴き声に反応するかのように、魔物たちが整列して背中に手を置き始めた。
「ミーちゃん! 魔物たちを連れてきたのか?」
「みー、みー」
そうですとでも言いたそうにキリっとした顔で鳴いていた。
「おのれ! 魔物のくせに人を助けるのか!」
ライラスがミーちゃんたちを見て苛立った顔を見せた。
「パパ! 待ちくたびれたので押しかけて参りました! ささっとあの露出狂女魔物を退治してしまいましょう!! それともアレですか? あっちの方がパパの好みです?」
俺の隣に駆け寄ってきて、手を添えてくれたミュースも頬を膨らませていた。
ミュースから聞かされた斜め上の言葉に思わず吹き出す。
「プッ、マ、ママ……この場面でそういう言葉は卑怯だと思うぞ! 怒ろうと思ったのに怒れないじゃないか」
「知ってます。だから、来たんです! 近衛騎士も避難民も黒い霧から逃げることより戦うことを選びました。キララとエルとアドリー王と『あなた』を助けたいとわたくしに願い出てきたから許可したのです。そして、わたくしもみんなを助けたいと思ったので、勝算など考えずに駆け付けてしまいました」
ミュースは俺の手を力強く握ると、頬にキスをしてくれていた。
その背後では魔力を供給するために魔物や避難民や近衛騎士たちが列をなしていく。
「マッマがちゅーしてるぅ」
「ママがちゅーしてるぅ」
「ミュース! ちゅーはいかんぞ! 公衆の面前でちゅーはいかん」
背後から色んな声が聞こえたが、嫁からのちゅーを得た俺は火事場のクソ力とも言うべき、ハイパーモードに入ったようだ。
尽きかけていた魔力も生命力も燃え上がるように体の奥から溢れ出し、
「うおぉおおおおおおおっ! ママのパワーをもらった私は誰にも負けない!!! ライラスっ! たっぷりと吸い込みやがれ!」
「うっ! くっ! くそ、魔力が多すぎて吸い込み切れない! 霧を消さないと! こっちがもたない」
魔剣フェールバルグが発生させた黒い霧は、なおも勢いよく俺たちの魔力を吸いこみ続けていく。
だが、明らかに魔力を吸いこみ過ぎて、使用者のライラスの身体が醜く膨らみ始めていた。
「ライラスっ! もっと吸え! もっとだ! こっちの魔力はまだまだあるぞ!」
微量ながらも、みんなから供給された魔力のおかげもあり、魔力切れの心配は全く感じられないほどになっている。
「ぐぞう、ぐぞう、ぐぞうううううううううううううっ! フォボスざまのかだき! 絶対にとるんだから」
ブクブクと身体が急変化していくライラスだったが、霧を消すのを諦め、全てを吸い尽くそうとしていた。
「ライラス! これでトドメだ!」
俺は魔力を振り絞ると、
「ふぐうううううううううううっ! こんなはずじゃなかっだのにぃい! ふぉぼすざまぁーーーーーーーーっ!!!」
最後まで吸い込みを止めなかったライラスは巨大な肉団子みたいな姿になり、そして最後には空中で爆ぜ黒い血を地上に降り注がせた。
使用者を失った魔剣フェールバルグは地面に突き立つと、黒い霧は地上から姿を消していた。
「勝った……。勝てた……」
「勝ちましたわ。大勝利です。パパ」
「やっぱりわたしはパパみたいな勇者になりたいなぁ……カッコよかった」
「パッパ、かっこいい!」
キララやエルやミュースが俺に抱き着いて喜んでくれていた。
みんなを守りたくて戦ったけど、結局俺は助けてもらってばかりだった気がする。
でも、一人では出せない力が出せたからこそ、ライラスに勝てたのだろう。
俺はこの世界で得た家族たちに感謝をしていた。
「みんな、ありがとうな……みんなのおかげで勝てたよ」
「ドーラス師、家族のだんらんもいいが、リーファのやつが首を長くして待っているだろうから、避難民も連れてとっとと帰ろう。そして、あの魔剣は王城の宝物庫に厳重に封印しておくぞ」
「あ、はい! 厳重に封印しておきましょう。アドリー王もご助力感謝します」
「当たり前だ。我が国最高の家臣をむざむざ死なせるわけにはいかんだろう」
魔力を失い、青白い顔をしているアドリー王であるが、テキパキと配下に指示を出していた。
義理の父としてはちょっと面倒な人だけど、上司として見ればとても仕えやすい人である。
そんな彼にも感謝をしつつ、俺は帰還の準備を始めようと立ち上がると、膨大な魔力の放出に耐えられなかった身体が悲鳴を上げて口から大量の血が吐き出された。
「パパ! パパ! しっかりして! 誰か! すぐに担架を持って来て! 治療師の手配も! パパ! しっかりして! 起きてて! 寝たらダメ」
ミュースが血を吐きぶっ倒れた俺に膝枕してくれていた。
「あー、嫁の膝枕って幸せだー」
「パパ! しっかりして、キララのこと見える?」
「パッパ! 起きてー!」
心配そうに俺を覗き込む娘たちも宇宙で一二を争う絶世の美女に育つ素質を持つ自慢の娘たちだ。
「ああ、見えてるし、起きてるよ。けど、パパはちょっと頑張り過ぎて眠たくなってきた。ちょっとだけ寝かせてくれるかい?」
胸の奥から熱いものがこみ上げてきて咳き込むと、再び大量の吐血をしていた。
こりゃあ、生命力を削り過ぎた反動ってやつかもしれんなぁ。
内臓くらいなくなってそうな気もする。
自分が吐き出した血の量を見て、そんなことをふと思ってしまった。
「寝たらメーなの!」
「パパ、寝たらダメ!」
「パパ、起きてて! すぐに治療師と担架がくるから! 寝てはダメ!」
そんな三人の言葉とは裏腹に、俺の意識は遠のいていった。
目が覚めると、真っ白な部屋の中にいた。
だが、知らない天井ではない。
ここは王都の治療院の貴族用の療養個室だった。
「あはははっ! 魔力使い過ぎて、内臓やっちゃうなんてドーラス君らしいわね。治療師の見立てだと全治一ヵ月、しばらくは絶対安静の上、自己回復を常時かけなさいってことよ」
目覚めた俺に話しかけてきたのは、リーファ王妃だった。
半分笑っているが、半分は怒っている感じである。
「あ、あの何日経ちました?」
「えーっと、一週間昏睡状態だったからね。さすがにミュースちゃんやキララちゃんやエルちゃんは疲れてたから、薬を盛って無理矢理寝かせたわ」
薬を盛るってどうなのよ。
って思ったが、きっと三人とも俺に付きっきりだったものと思われた。
「とりあえず、私は一週間寝てて、みんなは無事ってことでいいですかね? イテテ」
「そうね。そういうことよ。魔王軍との戦いは人的被害も出たけど、大勝利といった形で幕を閉じたわ。魔剣フェールバルグも宝物庫の奥深くに厳重な封印を施してしまってある」
「色々とお世話をかけました。私の因縁がこの地に戦いをもたらしてしまったようで……」
「今回は魔王軍が勝手に攻めてきただけよ。ドーラス君のせいじゃないわ。それに自分の身体を壊してまで防いだから国民からも文句は出てないわよ。ただ、早く復職させてくれという嘆願というか、お仕事依頼は殺到してるけどね」
リーファ王妃は冗談っぽく言ってくれているが、負傷者や重病者は今回の戦いで結構出ているはずなので、治療院は大忙しであろうと思われる。
「復職に関しては直ちに致します。自分を回復がてら、周りも癒せば効率的ですからね」
「ありがと、本当なら寝かせておかないとミュースちゃんに叱られそうだけどね。癒し手はいくらでも欲しい状況よ」
「では、さっそく階下で仕事してきますよ」
「程々にね。程ほどに」
俺は痛む身体を労わりながら、階下へ降りていき、重病者区画に行くと、ヒーリングサークルを発動させて自分を癒すとともに周りの人を癒していた。
翌日も同じように治療院で自分を癒しながら、他人の治療をしていると、その場面をミュースたちに見つかり、ベッドに強制送還されて娘たちに食事の介助をされるという羞恥プレイをさせられることになった。
こうして、俺は散々道具のように扱き使われて捨てられた異世界で、綺麗な嫁と可愛い娘二人と、ペットたちに囲まれた平和で温かな家庭を持ち、穏やかな暮らしを手に入れた。
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