向こう側の私

錆びた十円玉

向こう側の私

 向こう側の私


 いつもの帰り道だった。住宅街に囲まれた、なんの変哲もない道を赤黒い夕日が照らしていた。淀んだ空気の中、ガアガアとカラスの鳴く声が聞こえ、フッと空を見上げた。赤黒い電線に止まる赤い目のカラスがジッとこちらを見ていた。カラスを見返すと、あちらも私を見返す。しばらくジッと見ていると、カラスは私の後方に目を向け、飛んで行った。カラスの飛んで行った方向に目を向けると住宅街はグニャグニャしていて、世界が歪んでいるように見えた。歪んだ先の空は、茜色をしていた。カラスは一心不乱に飛んでいくと、歪んだ世界の先に呑まれていった。私はその様子を見て、一瞬思考が停止した。その場に立ちつくして、消えたカラスの方向をしばらく見ていた。時空は、カラスが呑まれた後に元に戻り、まるで何事もなかったように赤黒い夕日が辺りを照らしている。疲れているのかと思って、前を向いて歩き出そうとした時、カアカアと何かの鳴く声が聞こえてきた。振り向くと今まで見たことない、黒い目のカラスのような鳥が飛んでいた。あれはカラスなのだろうか、私の知っているカラスとは少々違うようだ。カラスは電線に止まると、首を傾げて周りをキョロキョロと見渡して、飛んで行った。私は疲れているのだろうか。今日はゆっくり休もうと思い、少々早足で帰った。


 今日も昨日と同じ道を歩いていた。今日も相変わらず空気は淀んでいて、赤黒い夕日が住宅街を照らしていた。昨日の事をぼんやりと考えていた。ピタリと足を止める。昨日、世界が歪んだところだ。あれは一体何だったのだろう。カラスがあちらに飲み込まれた後、代わりにカラスのような生き物がこっちに来た。神隠しのようなものだと思っていたが、それとは違うような気がする。でも、そんな非科学的なことが起こるのか?いや、そんなことありえない。あれは夢だったのだ。リアル過ぎる夢だったのだ。そう結論付けたはずだ。全く、夢の出来事に振り回されるなんて馬鹿らしい。今日は宿題がたくさんあるから、サッサと帰って終わらせないといけない。そう思いながら歩き出した時、グニャリと世界が歪む。私は急なことに驚き、足を止めた。今度は何が起こるのかと身構えていると、髪を後ろに一つで結んで、セーラー服を着ている私そのものがいるのに気が付いた。向こう側にいる私は何も気づいていないようで、イヤホンを耳に差しながら、茜色の帰り道を歩いていた。やがて、私が見えなくなると、世界は元に戻り始めた。私は頬をギュッと摘まむ。痛い。夢じゃない。私が今見たことも、昨日見たことも全て夢じゃない。そう思うと怖くなった。私は震える足を無視して、全力で走った。


 学校の教室でぼんやりと昨日のことを考えていた。今まであの道で帰っていたのにどうして急に時空が歪むなんてことが起こったのだろう。あの中に入っていったらどうなるのだろう。しばらくボーっとしているとまた何とも言えない恐怖に襲われた。その瞬間、鳥肌がたった。一人、恐怖に震えていると、自分の机に青色の弁当箱が置かれた。

「どうしたの?」

友達がニマニマしながら、前の席に座った。ツインテールの傷んだ髪が座った勢いで揺れる。

「今日一日ずっと浮かない顔してるよ!何かあったの?」

「いや、別に・・・何って・・」

ない、そう言いかけて頭の中に昨日の出来事が浮かんだ。黒い目のカラス、何気なく通りすぎていく私、茜色の空。夢にしては鮮明すぎる、生々しい出来事を自分の中に留めていける自信がなかった。友達に言ってしまえば、心が少しでも楽になるかもしれない。私は意を決して、友達に全てを話した。

「ははは!何それ!」

「でもあれは、気のせいじゃないと思う。同じ事が二度も起こるなんて・・」

「絶対気のせいだって、そんな神隠しがあるわけないじゃん。寝不足なのよ!クマ凄いし」

まさかこんな反応をされるなんて思わなかった。確かに私が友達の立場だったら、気のせいだと一蹴するだろうが、あれは夢じゃない。全てが生々しかったのだ。しかし、友達の言う通りでもある。最近、勉強に追われて寝不足であるが、幻覚を見るほどひどいものになってしまったのか。全く、こんなことで恐怖を感じたり、悩んだりするなんて、本当に馬鹿馬鹿しい。

「そう言えば、駅の近くにアンティークなカフェがあって、アンタの好きなクラシックが流れているらしいよ・・」

先ほどの話題に興味が無くなった友達は、とっさに話題を変えた。

「よさそうね。今度一緒に行こう」

私も反応する。私は、今日もあそこに行こうと思う。そこで、自分の中で決着をつけようと一人、心に決めた。


 今日も赤黒い夕日がいつもの住宅街を照らしていた。ゆっくりと住宅街を歩いて行く。段々、まるで何かに飲み込まれているような感覚に陥ってきた。その感覚に恐怖し、立ち止まる。もうすぐあの場所に着く。大丈夫。私は確認しに行くだけ。少しだけだから・・・再び歩き出す。空を見上げれば、おびただしい数のカラスがいた。赤い目でギロギロとこちらを見つめ、ガアガアと嗤っていた。そんな視線と声をよそに一歩一歩歩んでいく。意を決して、あの場所に立つ。しかし、しばらくしても何も起こらない。やっぱり夢だったのか、と自分の中で結論付けた。すると、今まで感じていた視線と嗤い声が止み、カラスが一斉にどこかへ飛び立っていった。私が、いきなりのことに驚き、呆然としていると目の前でグニャリと世界が歪んだ。私はそれを見て、恐怖も何も感じなかった。まるで何かに憑りつかれたように歪んだ先へ歩み始めた。その先は茜色の空、空気が澄んでいて、とても居心地のいい世界だった。後ろを振り向けば、世界は歪みが無くなり始めて、ついには何事もなかったように元に戻った。私はフラフラと見慣れているようで、知らない街を歩いて行く。目に入る物全てが美しい。ずっとここにいたいと感じた。しばらく歩くと視線を感じた。視線の先には、私がいるのだ。私は、怯えて動かない私に嬉しそうに近づき、私の腕を掴んだ。私は腕を掴まれたことに驚いたのか、必死に振り解こうとしていた。私は腕を勢いよく引っ張って、自分の後方に突き飛ばした。私はニタリと嗤って、帰路についた。


 茜色の空がいつもの住宅街を照らす。空気は澄んでいて気持ちがいい、のだろう。いつもなら・・・今日は本当に最悪だった。宿題を忘れるわ、授業中に寝ているのがばれて怒られるわ、雑用をやらされるわ、こんなに最悪な一日は滅多にない。ため息交じりに息を吐く。明日こそは、いい日になりますように・・・っと。なんて呑気な事を考えていると、ガアガアとダミ声が聞こえてきた。驚いて、バッと空を見ると電線に赤い目をしたカラスのような生き物が止まってた。そのカラスのような生き物はギョロギョロと周りを見渡すと、どこかに飛んで行ってしまった。赤い目のカラスなんて見たことないし、ちょっと・・・どころかだいぶ不気味だし。何か嫌なもの見ちゃったなぁ。何にも起こらないといいけどなぁ・・・


 茜色の空がいつもの住宅街を照らす。その中でハァと私は、ため息をこぼす。今日も最悪な日だった。昨日のことが可愛く思えてくるほどだった。今日も宿題を忘れ、先生には理不尽にも怒られ、体育では顔にボールがぶつかり、階段では転びかける等々、もう何なのか。最近、あんまりよくないことが起こっているような気がする。いや、良くないことが少しでも起こると自分は不幸だと思ってしまう現象だろう。気のせい気のせい。気分転換のためにイヤホンを取り出して、耳に差しこむ。スマホからお気に入りの音楽を流せば、気分上々。嫌なことなんて忘れられる。少しリズムをとって歩いて行くと生暖かい風がビュウッと吹いた。その生暖かい風が肌に触れた時、ゾクッと背中に何かが走り、鳥肌がたった。周りを見渡してみると何もないどころか、生暖かい風も吹いていない。バサッと何かが広がる音がした。私は、急なことに驚いて、変な声が出た。空を見るとカラスが飛んでいる。驚かされたことに心の中で悪態をついていると、昨日の赤い目のカラスを思い出した。ここって昨日、あのカラスに遭遇したところじゃ・・・そう思うと全身に恐怖が駆け抜け、どこからか見られているような感覚に陥った。私は全速力で家に帰った。

 

「赤い目のカラスを見かけたら、悪い事が続々と起きた?」

次の日、友達に相談してみた。ことらを振り返る拍子にツインテールの艶のある髪が揺れる。

「そうなの。赤い目のカラスなんて見たことないし、何か思い当たることない?」

「どうせ見間違えよ!夕日に照らされて、赤く見えただけ!怖いって思うから、そう思い込んでいるだけよ!」

「そ、そんな・・・」

「はい、もうこの話は終わり!明るい話でもしましょ!」

友達は、私の話を一蹴して、次の話題に強制的に移していった。

「まぁ、そんなに気にしすぎないの!それよりさ、駅の近くにアンタの好きな漫画のコラボカフェが期間限定でオープンされているんだって!今度一緒に行こう!」

「うん、そうだね!」

やっぱり、気のせいだったのだろうと思う。嫌なこともあって、夕日に照らされただけのカラスに怖がって、見られていると勘違いして馬鹿みたい。そこからは、一切、昨日までのことを忘れて、友達との会話を楽しんだ。

今週の土曜日に友達とカフェ行く約束できたし、先生には褒められるし、今日はいい一日だったな!足取りが軽く、今の自分を誰が見てもいい事があったのだと分かると思う。好きな漫画のコラボカフェに行くのが待ち遠しい!そう、思っていると真横でいつか聞いたことのあるガアガアと、ダミ声が聞こえてきた。私は、足を止め、背中にツゥと流れる冷や汗が気持ち悪く感じた。恐る恐る横を見てみると、至近距離に忌々しい赤い目のカラスがギョロギョロ睨んでいた。その目は、夕日に照らされた赤なんかじゃなかった。恐怖に怯え、足がすくむ。カラスは赤い目を細め、羽根を散らしながら、どこかに飛び去って行った。目線だけでカラスが飛んで行った方を見ると、目を疑った。私がいた。どこからどう見ても私なのだ。私は、嬉しそうにしながら、私の前で立ち止まった。私は何も反応できず、ただただ私自身を見つめるだけだった。すると、私の腕を力強く掴んだ。私は、そこで我に返り、腕を振り解こうと抵抗してもびくともしない。私は、私の腕を思い切り引っ張って、前の方へと突き飛ばされた。目の前には、歪んだ世界が広がり、その先には赤黒い空と淀んだ空気が広がっていた。私は、世界に飲み込まれていくと歪みは次第に無くなり、そこには私だけが残っただけだった。


学校の教室でぼんやりとしていると彼女が机にお弁当箱を置き、話しかけてきた。 

「ねぇ、ねぇ。昨日のカラスの話なんだけどさ。異世界から来るカラスは、赤い目をしているんだって。異世界からのカラスは、異世界と繋がることによって、こちら側に来て、異世界をとこの世界を繋げた人を攫っていくんだって!」

彼女はツインテールの艶のある髪を揺らしながら、興奮気味に話した。

「そうなの?」

「そうそう!あとさ、もしかして赤い目のカラスが、異世界から来たのって、私たちがちょっと前に異世界に繋がるっていう儀式をやったからかな?」

「儀式?」

「ええぇ!覚えてないの?あのインチキそうな儀式。赤い目のカラスに遭遇したけど、何もないっぽいから、ただのガセだったのね!本当にオカルトを信じている人なんて馬鹿らしいわね」

彼女は、そういうとケラケラと笑い始めた。私は、彼女を横目で見ながら、一人納得していた。

「そう言えば、駅の近くにアンタの好きな漫画のコラボカフェ。良く調べてなかったんだけどさ、明日までらしいの。だから、明日の帰りに行かない?」

彼女は、急に思いついたように言い出した。私は、すかさずこう答えた。

「私は、コラボカフェなんていいわ。それより、駅の近くにアンティークなカフェあるでしょう?クラシック音楽がかかっている。明日はそこに行きましょう」

「えー。アンタクラシックなんて好きだっけ?まぁ、いいや。明日の帰り!絶対ね!」

そう言うとまた別の話をし始めた。私は、彼女の話を聞かず、窓の外を眺めた。刹那、窓を横切る赤い目のカラスと目が合った。赤い目を細めるカラスを見て、私は密かにニタリと嗤った。


さて、次は誰が攫われる番かな?

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向こう側の私 錆びた十円玉 @kamui_4869

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