第三話 キツネの恩返し
俺と
ひいおじいちゃんの庭は広くて遠足で行った日本庭園みたいだったから、俺たちは池のほとりの
「わたしノヨウナきつねヲ管狐《くだぎつね》トイウノダ。人間ニ養ってモラウ代わり二、イロイロナ用事ヲ引き受ケルノダ。待遇ガ悪いト嫌ガラセヲスルコトモアル。油断スレバ逃ゲル」
「怖いわ」
悠希ちゃんが肩を震わせた。
「それで逃げられないように箱にしまわれちゃったんだね」
俺はそれがひいおじいちゃんではありませんようにと祈った。
「ゴチソウサマデシタ」キツネはヒゲを拭って頭を下げた。
「わたしの名は、おサキ、ヨロシクタノムゾ」
「うん。よろしくね。おサキさん、それでこれからどうするの?」
「今日の御礼に、しばらく
僕らは顔を見合わせた。
「いいよ、いいよ。そんなつもりでしたんじゃないし」
「そうよ。キツネさんとお話できただけで楽しかったわ」
キツネに憑かれるなんて冗談じゃない。だけど断るのって難しい。かあちゃんが自治会の役員なんかを「面倒だから引き受けた」とか言ってた意味がやっと分かった。
「受ケタ恩義ヲ返サナイホド恥ずかしいコトハナイ。遠慮はスルナ」
おサキは満足げに笑っている。そこへ。
「こら、赫! どこにいるの?」 「悠希、返事しなさい!」
「ヤバい! かあちゃんだ!」
「おサキさん、筒に戻って!」
「ヨシキタ!」
ふわりと紫色の煙になったおサキが竹筒に吸い込まれると俺は急いで栓をした。それを横目で見定めて悠希ちゃんは可愛い声で返事をする。
「ママー、おばちゃん、ここですよー」
俺たちは食べ終わった弁当箱を抱えて四阿を出た。
「二人でいなくなるから心配したのよ」
「そうよ。外に出るならそう言ってからにしてよ」
二人のおかあさんに怒られて謝った俺は、ふいに湧き上がってきた笑いを堪えるのに必死だった。横目で悠希ちゃんを見るとやっぱり下を向いたまま震えている。俺をチラリと見ると目を閉じた。
その後は二人きりになれるチャンスがなかったんだけど、大好きな子と秘密を共有できるって最高に楽しい。気を抜くと顔がにやけちゃう。やっと二人で話が出来たのは帰りのバスの停留所だった。親たちは自分たちの話で夢中になっている。
バスが来るまで、あと5分だ。
「今日は楽しかったね」
俺が言うと悠希ちゃんは手を合わせてこっちを拝む仕草をした。
「怖かったとき、赫君を盾にしちゃってゴメンね。あたし、年上なのに」
「俺は嬉しかったけど」
「え?」
「好きな子を守るのは男のステイタスだし」
「え?」
悠希ちゃんの頬が真っ赤になった。
どうしたんだ。今日の俺は本人が驚くほど大胆だぞ。
「赫君」
俯いた悠希ちゃんが肩を寄せてささやいた。残念ながら俺の方が背が低い。
「なんでしょうか?」
「わたしも赫君、大好き!」
俺の心臓がバク転してスピンして後方宙返りでしくじったような衝撃が全身を走った。何も言えないでいる俺をよそ目に悠希ちゃんが坂の上を指差した。
「ほら、バス来たよ」
峠を越えてバスがやってくる。
(了)
キツネの縁結び 来冬 邦子 @pippiteepa
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