第2話 竹の中のキツネ
細長い箱の中には、飴色に変色した大きめな竹の節がひとつ入っていた。小さい栓がしてあって昔の水筒かなと思ったんだけど、手に取って振ると、小さく「痛い」と言ったような気がした。
「いまの聞こえた?」
俺が訊くと
小さな栓には赤い紐がついていた。
「開ける?」
「どうしよう?」
すると中から「開けて」という声が、さっきよりはっきり聞こえた。
「
悠希ちゃんが俺の背中にしがみつき肩越しに竹の筒をのぞき込む。悠希ちゃんの体温が背中を温めると、俺は自分が無敵になった気がした。
「開けるよ!」
栓についた赤い紐を握って引っ張ると、白檀の香りの白い煙がもうもうと立ちこめた。おじさんやおばさんが何が起きたのかと口々に叫んでいるが、その姿は煙に隠れて見えない。まるでその煙が俺と悠希ちゃんと竹の節だけを隔離したみたいだ。
そのとき高くケーンケンと狐の鳴く声が聞こえた。
「ヨクモわたしヲ、トジコメタナ。一人ノコラズ喰いコロシテヤルウー!」
「きゃー」
と悠希ちゃんが叫んだ。「赫君、左手!」
見れば俺の左の手のひらで小さな狐が四肢を広げて威嚇していた。
「いま言ったの、君?」
「ソウダ。わたしヲ、トジコメタ奴ハ、どこダ!」
狐の目は怒りでつりあがり、全身の毛は逆立っていた。恐くて逃げ出したかったけど、俺の背中には悠希ちゃんがいる。死んでも守り抜くんだ。
「ここにはいないよ」
俺は勇気を振り絞って答えた。
「ナラバ、ドコニイル?」
「一昨年、死んじゃったよ。俺のひいおじいちゃんだけど」
これを聞くと小さい狐は急に気が抜けたように逆毛を寝かせて、俺の手のひらにお尻をつけて坐った。
「ソウカ、死ンジャッタノカ」
しょんぼりした顔がなんだか可愛そうになって、手のひらを顔の前まで持ち上げた。
「きみ、大丈夫?」
「ハラガヘッタ」
キツネは目を閉じてしみじみと言った。
すると俺の背中から悠希ちゃんが「わたしのクッキー、上げていい?」と言いながら、個包装のクッキーを二つ、俺に手渡した。こんなときだけど、女の子ってどうしていつでもおやつを持っているんだろう。
「片手じゃ開けられないよ。袋、開けてよ」
「あ、そうか。ゴメン」
俺は袋の開いたクッキーを右手で受け取って、左手に乗っているキツネに差し出した。
「甘いお菓子だけど、食べる?」
キツネは驚いた顔で俺とクッキーを見比べた。
「コンナ小さな子どもガ、わたしト契約スルノカ?」
「契約ってなんなんだよ。普通に上げるって言ってるの」
「取引抜きデ?」
やんなっちゃうな。契約とか取引とか変なことばっかり言うキツネだ。
「おなか空いてるっていってたじゃないか。早く食べなよ」
そのとき俺を見上げたキツネの目を俺は一生忘れないと思う。キツネは俺の後ろの悠希ちゃんのこともしばらく見つめてから「イタダキマス」と言った。
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