通学路、振り返るとそこにいる
@Mitsu_
第1話
好きなキャラクターのついたグッズが、鞄の中に落ちて入っているのを見て慌てて出した。
ぼうっとしてる。
母さんが忙しくしてる隙に、行ってきますを言って玄関を出た。
寝不足だ。
学校、行くの。
やだなあ。
そんなこというとうちの母さんが、どう顔色変えるかわかんないから言えないけど。
いじめ!? 体罰!? それとも……。
って、ひとしきり騒ぎになりそうじゃん。
よっぽどわかんない科目でもあるのか詰められて、英語がめっちゃわかんなくなってることがバレると困るから、黙ってるのが一番だ。
沈黙は金。とか、言うじゃん。
母さんも、悪い人じゃないけどちょっと心配性すぎる。
もう中学校も2年なんだし、大丈夫だよ。大抵のことは自分で解決できる。
大抵のことは。
家の裏の坂を上り、人の少ない一本道に差し掛かると、意味もなく唾を飲んだ。
こわい。
ここ、通りたくない。
でも通らないと学校行けないし、学校は毎日あるし、遅刻も欠席もしたいわけじゃない。
だから今日も歩き出したけど、自分じゃ、学ランの中の脚が情けなく震えてるのはわかってた。
通学路がこわいなんて。
小学生じゃあるまいし、誰にも言えないよ。
*
通学路でやたら振り返るようになったのは、春の頃だと思う。
おれ、霊感ゼロだと思ってたのに。
怖い話、むしろ好きで、学校の図書館にある黒っぽい怪談の本とか……わりかしありがちなオチがついてるだけで、たいして怖くないってわかってるのに軒並み読んでた。だってさあ、感動ものとか、動物どうしたとか、そういうんよりは読みやすいじゃん。
学校の怪談よりは動画の方が面白くて、大人の人が代わりに回ってくれる肝試しスポットの動画とか。うわ、今日のは結構怖えな、ここんとこ何気に映り込んでるんじゃないか? なんて、同じチャンネル見てる友達と喋ったりしてた。
そのくらい。
そんなことしても別に呪いのメッセージは届かないし、弟の顔がのっぺらぼうになったりしないし、塾に行く電車は存在しない駅に着かない。
塾行くのかったるいから、妙な駅に着くくらいはいいんだけどなあ~。
あ、ちゃんと出れること前提ね。
腹、減るじゃん。
お前やる気出せよな~!? お前はやる気あんのかよ? え、ねえけど……。
そういうネタになって笑って忘れるくらい。
俺の霊感は、ゼロ。
何も見たことない。
それに妙な、鉄壁の自信、持ってたのに。
背筋がぞくっとして、振り返るようになってから、何回かしてから気づいた。
俺最近、この道でしょっちゅう振り返ってるな?
何もないのに。
それ言うなら、人も、たいてい誰もいない。
俺んちから玄関出て、裏に回って、坂登る。
長い一本道通って、曲がって、しばらくするとそれなりに人のいる道に出る。
公園抜けたら、中学校はもうすぐだ。この辺になってくると、どっちから来る生徒もそれなりに合流するから人数が増えて来る。
お、おはよ~。今日、委員会だっけ?
プリント持ってきた?
は? なにそれ? 何だっけ?
あ、ある意味入れっぱなしだから持ってると言えば持ってるかもよ……。
そうやって喋ってるうちに学校着く。だから、その辺まで行けば安全。
安全?
じゃ、その前の、坂の次にあるあの長い一本道。
あそこは安全じゃないのかっていうと……。
何とも言えない。
俺のうちの方から行く生徒ってたまたま少ないらしくて、俺の通る時間はとにかく、人がいないんだよ。
振り返って誰かいた時なんて、ほんと、数回。それも、遠くに見えたくらいでさ。
何もないの。
なのに怖い。
振り返ったらやばかった系の怪談、電柱の下に女性がうずくまってるとかああいう系のアレ……。
順番に思い出しちゃって、マジで、学校着く前に自分の冷や汗で汗臭くなっちゃうよ。
何もない道でビビってるとか、学校でも絶対言えねえ。
もう、ネタにしかなんないじゃん。みんな暇だし、話題に飢えてるからさあ。
放課後、ここまで来てくれたところで絶対何もないだろうし。
ビビりのレッテル貼られるか、捏造お疲れって言われるか、とにかくろくな結果は待ってない。
解決にはならないに違いない。
でも、やだ、ここ通るの。
今日は嫌なあまり、ほとんど走って学校へ行ったから、やたら早く着いてしまった。
結局、汗はかいてる。
最悪じゃん?
こうやって振り返らないで済む日の方が、最近じゃ減って来た。
どうしても振り返っちゃうんだよ。
それで、なんもない。
もういっそ何かそれらしいものがあって、はっきり原因がわかったほうがいいんじゃねえ?
と思ってから、慌てて頭の中で取り消した。
嘘うそ!
今のは嘘です。
何も出て来ないでいい。
学校のざわめきに包まれたらとりあえずは、気分を変えて忘れられるけど、根本的には何も変わらない。
何かごはんもあんまり美味しく感じないし。
俺は、マジで困った。
*
それと関係あるのか全然わからないんだけど、最近夢見も悪い。
やたら夢見るんだ。
夢見てる時ってざっくり言って、眠りが浅いんでしょ?
じゃあ、最近も前と同じ時間は寝てるけど、それでいつまで経っても寝不足な気分なのかも。
おれ、何か憑いてる??
お前、見える?
ってうちの猫に聞いてみたけど、ニャ゛アとしか言ってくれないし、すぐ行っちゃったし、多分俺あんまり好かれてない。
ちっちゃいころ追い回し過ぎたからなあ。
猫って、あらぬ方めっちゃ見てることあるじゃん。
ああいう感じで、俺とか、俺の通る道とかも……。
見てくれたところで、「あそこに血みどろの男性の霊がいますね」とか言ってくれるわけでもないし、駄目か。
それで諦めて今日も寝たけど、また、夢見の悪さは同じだった。
内容はあんまり覚えてないんだよね。
ぶっちゃけ、凄く怖いことが起きるわけじゃないんだよ。
わかりやすく怖いこと……。
何だろ、それこそお化けが出るとか、包丁持った人に追いかけられるとか、うーん、ゾンビが出るとか?
そういうののどれでもなくて、筋書きは覚えてないくせに、夢の中で俺はやばい、何か変だぞって思って焦ってる。
夢のどこかで俺は、現実と違う点を見つけて、気づく。
これ、夢だ。
起きなきゃ。
そこからが最悪だ。
夢だってわかったからって、起きる方法なんかわかるもんかよ?
毎回すごい試行錯誤して、下手すると何時間も焦ったり、怖い思いしている。
それではっと起きて、うわ、怖かった。
弟でいいからちょっと顔見て安心したいと思って片手で探して……。
駄目だ、中学生になって部屋もらえたから、もういっしょに寝てないんだって気づく。
畜生、あのちびでいいからいた方がいいよ。
あいつまだ母さんと寝てるのか。
いいな。
とか、死んでも言えないし。
諦めて手を戻した時に、気づくんだ。
このもふもふした毛布なに?
肌ざわりいいけど、俺のベッドにこんなん、あったっけ。
そこで気づいてぞっとするんだ。
あの時のゾクッとする感じの強烈さ、どうしても説明しきれない。
起きてないんだよ。
まだ、夢の中なんだ。
どうしよう、これ現実じゃないんだ。
起きられてない。どうしたらいい。
マジでパニックになって、それからまた起きようとして……。
起きられない。
間取りが違う。カーテンが違う。パジャマの、柄が違う。
もし部屋を出て、母さんが、違う人とかだったらどうしよう。
家族っぽいのが来て、それがばけものだったら?
扉を開けたら、全然違うところに出ちゃって、このいつもの部屋っぽいところにも戻れなくなったら?
ゲームや動画ではそういうの、いくらでも見てきたけど、それが自分の体験する夢だったら、全然笑えなかった。
それでやっと起きたら、普通に朝で。
学校。
悪い冗談でしょ?
いやいや、こうやって寝不足だから、通学路怖い、気がするんだ。
気のせいだよ。多分。
家出るまではそうしてそこそこ自分を誤魔化せるし、そうでなくてもあんまり打つ手がないから、とりあえずほっとくしかなかった。
だって、そうじゃん。
出来ること、ないでしょ。おれ別にお経も唱えられないし、お札も貼れないし、謎の術とかも使えない。
知り合いの知り合いに都合よく霊能者がいたりもしない。
だから毎日、今日は違うんじゃないか、なんとーなく、時間が経ったらこの問題消えてるんじゃないかって思って家を出た。
今日も出た。
それでいつも通り、道に差し掛かるあたりで、ものすごく後悔した。
*
今日、絶対、変だ。
俺は通学路のまっすぐな道を、がたがたしながら歩いてた。
ぞわぞわする。背中、首筋と、なんか鳥肌立ったこともないような手の甲とかまで。
こわい。
怖くて涙出る。まだ歩いてるけど、脚が震えて、強張って、なかなか前に進めない。
怖い話見たり、聞いたりしてると、興味があるのかなと思われて呼んじゃうんだよ。
そういう話を、思い出した。
だから好奇心で見過ぎるの良くない。そういう賢そうな説教、たいていは聞き流してた。
でも、後悔した。今後悔した。もう見ない。ほんとにあったかもしれない怖い話、そういう本も、テレビも動画も。
家から近いからって、嫌ないわれのある神社も行かないし。
遠回りしてわざわざ心霊スポット、通りかかるのもやめる。
やめるからさ。
歯の根が合わない、ってのがどういう状態なのか、身をもって知ってしまった。
晴れているのに寒い。
俺は、とうとう立ち止まった。
そして、ばっと後ろを振り返った。
振り返ろうとしたわけじゃないんだよ。そんな度胸ないし。
でも耐えられなかったんだ。
前向いたまま、耐久してる方が難しかっただけ。誰だって、俺の立場になってみりゃ、わかるさ。
いつもの通り何もない道路を見て、そうしたらもう耐えられなくなって走り出して、学校まで猛ダッシュ。そのはずだった。自分でも、半分くらいはそれを予想してた。
でも。
振り返った通学路、いつもの景色。
そこには、今日は人がいた。
それは、俺と同じくらいの男の子だった。
あまりにびっくりして、一瞬で目をそらしたから、何で同じくらいの、男の子、って思ったのかはわからない。
でも、どこかの生徒だ。似たような制服を着てるし、たまーに見かける。確率は低いんだけど、振り返って人がいることもあって。良かった、人いるじゃんってほっとしたり、してた、……。
……。
そういう時に、いる、「人」は。
そういえば、この子。
だけ、だったかもしれない。
今日はその子は、今までで一番近くにいた。
いつも道の果てに、ぽつんと見えてたり通りかかってた感じだったのに……。
でも、わからない。最近、ゾクゾクしても、振り返ってなかったから。
必死で走って逃げたり、ちゃんと見ないようにしたりしてた。だから最近の、統計? そんなのはない、最後に振り返ったのがいつかも……思い出せない。
その子はあと15歩くらいしかない距離を、普通に歩いてこちらに向かってきた。
でも、足音全然しない。
そう気づいて、もう汗かいてるのにもっと、どっと汗が出た。
むちゃくちゃ、嫌なことに気づいちゃったから。
この子。
こんな、晴れた朝なのに。俺にも、電信柱にも、木にも家にもあるのに……。
この子には、影がない。
影がないまま歩いてくるその足を見たまま、俺は硬直した。
もう姿は見ちゃってるけれど、上は見上げたくない。
顔は見たくない。
嫌だ。
そう思ってるのに、俺の視線はじわじわと、上へ上がろうとしていた。
なんで!?
怖すぎるから見ちゃうのか、それとも、俺の体なのに、俺が操作、出来なくなってるのか。
視線を上げて行けば、どうしてもその子の詳細、体付きとか、着てる服とか、そういうのも目に入って来た。
その途中で、俺は否応なしに気づいた。
これ、うちの制服じゃん。
同じ学ラン、……。
違う。
何か違う。似てるけど、粗悪なコピーみたい。
校章の形がなんか、下手なイミテーションみたいに歪んでるし。
それっぽい恰好してるだけ。
これはうちの学ランじゃないし、かといって、このへんのどこの制服でも、ない。
俺がその子の顔のところまで、目を上げちゃう寸前に彼は止まった。
彼が止まったら、どうしてか俺の視線の上昇も止まった。
その「人」までの距離は、あとたった、3歩くらい。
怖い。
汗がだらだら出る。
(きみが遊びに来たんじゃん)
と、その子は言った。
言ってない。音が、してないと思うし。
(きみが通りがかりに来たから、俺も、きみんとこに通りがかりに遊びに来たのにな)
わかんない。気持ち悪い。
(全然振り返らないし、すぐ逃げちゃうから、家まで遊びに言ったのになかなか出て来ない。つまんないの)
俺はだらだら汗かきながら、なんでかそれが、夢の話をしてるんだってわかった。
やっぱあれ、部屋、出たら駄目だったんだ。
遊びに来てたんだ。何度も。
何度も何度も、俺がそのうち、困っちゃって部屋を出て来ないかと思って。
(知ってる人になれば、遊んでもらえる?)
そういう風に聴こえて、俺の視界の姿は、急に変わった。
「彼」の姿は、妙にちっちゃくなった。
服装も、違う。
そのシャツには、見覚えがあった。
靴も。ズボンも。
何年も前から持ってる、小さなリュックのデザインも。
弟だ。
その子は、俺の、弟の姿になった。
身長の低い姿になったことで、その子の顔は、俺の視界の中に、入ってきてしまった。
弟の、顔。
の、粗悪なコピー品。
それを目にした時、それまで怖いばかりだった俺の頭の中で、何かのコードがぷちっと切れた。
俺の通学路とか、夢の中まで「遊びに」来てた。その時にもしこの格好で、俺の寝室で隣に寝てたら、……俺は、騙されたかもしれない。
弟は、隣に寝ているもんだもん。
弟の姿をしてたら、俺は警戒しない。
そう思ったら、猛烈に腹が立った。
別にいっしょに遊ばないし、最近たいして会話もしないけど。
誰にも言わないけど結構俺は、弟のこと可愛がってたから。
「ちょ、ふざけんなよ!」
急に声が出て、俺は怒鳴った。
「あんたがどっから来たか知らないけど、うろついて悪かったよ! でも弟関係ないだろ! 弟の格好、すんな!!」
やぶれかぶれで、俺は手に持ってたものを思わず投げた。
といっても俺は学校行くところだったから、学校指定の鞄しか持っていなかった。
だからそれを投げた。
それはもろに、その子の胴体に当たった。
その子は、ちょっと驚いた顔をした。
そして。
鞄がどさっと舗道に落ちた時には、そこには誰の姿もなかった。
道路にぶつかった拍子に、ちゃんと閉まってなかった鞄の口から、俺のお気に入りキャラクターの描いてあるお守りが落ちた。
ちゃりん。
……。
このなんちゃってお守り、学校持って行かないようにしてたのに。
うちの猫。
またこれ、ちょいちょいして遊んで、俺の鞄んなか落としたな。
鈴がついてて音がするから、しょっちゅう前足でつついてる。
俺は鞄を拾って、そのお守りも拾って。
そういえばこれは机の上に置いてあったから、つまり、いつでも俺の部屋の中にあったんだなと思った。
学校持ってくのもなんだけど、今更、置きにも戻れない。
俺はそれをぎゅっと握りしめ、ポケットに隠して。
とりあえずしょうがないから、そのまま学校に登校した。
通学路、振り返るとそこにいる @Mitsu_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます