第10話酸っぱいヨーグルト

「…と言う訳で、泊めてやって欲しいねん」


「は?お前知ってて言ってる?この子とは…」


「お前、困ってる子外に追い出すんか?」


「行くとこ無いんだから『仕方無く』君のところに来たのに」


 俺は集中砲火を浴びていた。

 両親と喧嘩して家出してきた同級生(女子)を一晩泊めてやれと言うのだ。

 だがどいつもこいつもお願いする態度では無い。俺対男子二人に当事者女子一人。

 更には言い争いの場所は学校でも関係ない通学路でも無くもう俺のアパートの前なのだ…

 俺の生活テリトリーで大声でゴネる。近所迷惑も甚だしい。


 俺とこいつ等には腹の痛くなる因縁がある。ただの同級生ではないのだ。

 こいつ等は以前俺に『いたずら』と称してこの眼前の女子が告白して来たことがあるのだ。


 まあ見目麗しい清楚系で通っていたのでまさかそこまで底意地が悪いとは思わなかった。


 告白されて戸惑って日和って二人で深夜に差し掛かる時間迄居ると…


 突如男子二人が現れて『何鼻の下伸ばしてんねん!騙されてザマァ』等と煽ってきた。

 当の女子もしてやったりとニヤニヤしている。

 だが俺は途中から怪しんで告白に乗せられはしなかった。


 「私の事…好き?」


「はぁ、まあ嫌う理由は無いよ」

程度のやり取り。そして俺を深夜迄拘束すれば『勝ち』と勝手に決めてやっていたようだ。


 何故深夜迄拘束が勝利条件かというと、俺が新聞配達を学業と並行して就業しているから。

 徹夜で仕事に行かせよう『振ってやって』から…と言う邪悪な思惑で…だ。


「キャハハ、キャハハ」

 女子が笑っている。


「貧乏人は走ってさっさと配達行けよな」

 そう悪役らしい台詞を吐いて。育ちが知れると言うものだ…


 それが半月程前。どの面下げて泊まりに来たのだ…


「この人でなしがぁ!」

 男子Bが吠え立てる。こいつは女子Nの忠実な下僕だ。


「どうせ君はこれから配達で部屋空けるんやから泊めたって痛くないやん」

 男子Aが突っ突く。こいつが小狡い。俺のアパート迄来たのも、がなり立てて立場を悪くするのも、配達間際の時間に交渉に出たのもコイツの差し金だ…


 実際に夕刊配達迄時間がない。



 結局俺は要求を飲んだ…




 


 夕刊配達をこなし、夕食にシャワーも終わらせて翌日の朝刊配達のチラシの準備を終わらせる。


「今日は具合い悪そうね」

隣のたたき台で準備をしてる中国人留学生のRさんが声を掛けてくれる。

「胃痛が酷くて…」

「だからおかわりしなかったね?」

「まあ…そうです」

「今日のチラシ分厚いしね。食べないと朝もたないよ」

「そうですね…何かしらつまめる物でも買って帰ります」

「それがいいよ」


 Rさんは誰にでも当たりが優しい。こうして具合が悪いと真っ先に気付いてくれる。その優しさが有り難かった。



 チラシ作業も終わり買い物をしていく。女子Nに合鍵は渡していないので勝手には出掛けてない…筈だ。


 いくらなんでも食べ物位は差し入れねばなるまい…

 閉店間近のスーパーに立ち寄る。


(そういえばフルーツヨーグルトが好きとか言ってたな)

 普段は買わないジャンルだが売り場はすぐに見付かった。ストロベリーとブルーベリーのヨーグルトに飲み物やご飯物を選んで買う。


(これだけあれば明日の朝食にもなるだろう…)

 自分の分ではない物を買うのも早々ない立場なのでセンスはない。だが有り難いと思って貰わねば…



コンコンコン



 自室ではあるが一応ノックをする。相手は仮にも女子だ。嫌嫌泊めたのだとしても誤解の無い様にしたい。


 鍵を差し込む。カチャリと開く。



 女子Nは空腹もあったろうが随分大人しく待っていた。

 ちなみに俺の部屋は築五十年の四畳半の風呂なしトイレ共同だ。深呼吸すれば古き良き昭和の香りがする。更にはテレビアンテナも設置していないのでテレビも映らない…


 明らかに不機嫌だ。だが胃痛が酷いのでフォローはしない。言うなれば敵(かたき)である。場所を提供しただけでも感謝してもらいたい。



 買ってきた食事を提供する。


「センスなーい」

(言ってろ)


 勿論奢りにされてしまう。まあ覚悟はしてた。


「ヨーグルトなんかよりプリンが食べたかったのになぁ。番号知ってるんだから買うなら聞けよ」

 逐一文句を付ける。そして意地でもヨーグルトには手を付けなかった。


 妙に膨れっ面でご飯を口に運んでいる。

 よくよく見るとほっぺが腫れている様に見える。「喧嘩して家出してきた」と言ってたのを思い出す。

(もしかして…叩かれた?)

 それなら余計に噛まなくていいヨーグルトでもいい気がしたのだが…



 二人きりに胃が耐えきれないので俺は同じ新聞配達仲間のアパートに転がり込む事にした。好きにくつろいでくれと言って。



 朝刊配達が終わった。朝刊とシャワーを浴びて新聞配達仲間にこっそり礼を言い自室に戻る。何故こっそりなのかというと、アパートは新聞社が寮として借り上げているので部外者は本来宿泊出来ないのだ。それでもたまに友人と夜更かししたりはする。社員さんには内緒だ。



 もう時計は朝の七時を過ぎている。これなら帰ったら女子Nも起きているだろう。



「寝顔見るなんて最低」

ノックをして入ったにも関わらず寝ていたので起こしたらこれだ。

 ここまで敵視してるのなら何故泊まりに来たし…


「勘違いされたくないからあんたは遅れて学校来なさいよね」

 最後迄命令していった。正直俺もこれ以上巻き込まれたくないので少し遅く出発する事にする。



 冷蔵庫には手付かずのヨーグルトが入っていた。俺はフルーツヨーグルトを食べた事が無かったので通学前に食べてみる事にする。



「…酸っぱいな」

 女子Nが手を付けなかったのは酸っぱいからか…見間違いでなければほっぺが腫れていた。口の中を切っていたかもしれない。傷にしみる。だから避けた…


「考え過ぎか」


 今でもフルーツヨーグルトは苦手だ。この配達時代の胃の痛い思い出が浮かんで来るから…

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一緒に飲み食べたい 太刀山いめ @tachiyamaime

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