第9話配達の友、安い菓子
新聞奨学生。
新聞配達。
華やかではないし、何もかも足りなかったけども私の「青春時代」
新聞奨学生は学費を借りて、代わりに労働力を提供する。
更に通う学校の近くの販売所に配置してくれる。
配達して勉学する様になり、同じく新聞奨学生として勉学しているクラスメートの話でそれは「運がいい」事だと教えられた。
私等は徒歩で通学出来たので、朝刊配達と食事、シャワーを済ませて三十分から一時間は仮眠もとれたが、クラスメートは電車で通っていた。
つまりは遠いのだ。
これは選んだ新聞社が関係している。
大手新聞社だと販売店も多く、なるべく近くに配置してくれる。
少し勢いの落ちる…失礼な言い方だが、そんな新聞社はそもそも販売店が少ないので、一番近い販売店に配属しても学校迄五駅六駅、ついには乗り換え迄発生する距離になる。
私は運が良かった。
人間関係は複雑で上下関係も絡むので一概に楽であったとは言えないけれど、「距離」に関しては助かっていた。
深夜一時に販売店に着いて、孤独な荷下ろしを行う。
それが済むとハイエナの様に同期、先輩、社員…最低な事に「後輩」迄もが遅れてやってくる。
そんな状況がおかしいと言う事が分かったのが、新聞を配送してくれる運転手のおじさんの言葉だった。
「ここだけだよ。新聞の荷下ろし一人なの…」
配送の運転手としてもウチの販売店のみに配送してる訳ではなく、他の販売店にも続けて配送する。なので荷台には数万刊の新聞がうず高く積まれている。
二年に渡り一人で荷下ろしをしている私を不憫に思ったのか、後半などは運転手のおじさんが手伝ってくれた。
正直有り難くて泣きそうだった。
そんな事もありながらだが、肩書的には自分達は「社員」扱いとなるようだ。
なので学費を借りていたが、労働の対価として「給料」も出た。
かと言って手取り五万五千円程。
寮は老朽化激安アパートを販売店が借りてくれているので、住居のお金は取られないが、食事代や備品利用もとられての手取り。
そんな限られた給料。
使う店は大抵決まっていた。
私は体力が無かったので、よくドラッグストアで栄養ドリンクやインゼリーを買い込んだ。
更に百円スーパーと読んでいたお店。
コンビニサイズの店舗ながら食品が税抜き百円で買える。
弁当だって二百円位で売っている。
私にとっての「命綱」
そこで私は決まって「大入りビスケット」と「黒糖ニッキ飴」を買っていた。
他には海外製の安い炭酸飲料等も。
こちとら育ち盛り。朝と夕は販売店が食事を出してくれるが、食べても翌日のチラシ作業をした後…お腹が空く。
そこにビスケット。今では考えられないが百円で三百グラム程も入っていて、帰宅した後の勉強のお供に欠かせなかった。
味わいは恐らく皆様の想像を出ない普通のビスケット。
ですが、贅沢に三枚重ねて
ザクッ
歯ごたえを楽しむのです。
味は及第点。私は食感も味と思い、二年間そのビスケットが夜の勉強と夜食を担ってくれました。
そこに黒糖ニッキ飴。元々黒糖のコクが好きで買ったのだが、そこにニッキ飴特有のピリピリした舌を刺激する新たなる触感。
深夜零時から起床して配達準備なので舌のピリピリ感が脳に刺激を与えてくれて、仕事にハリをくれる。
「俺等にとっての煙草みたいなもんかね」
スモーカーの社員さんにそう言われた事があります。確かに刺激を受けると言う意味では百円で買える安価な嗜好品だった。
二、三粒口に入り込んでバリッと噛み締めた時のワサビやからしとは違う刺激…眠気も吹っ飛びます。
繰り返しますがこの2品には2年間世話になった。
それから二十年程経ちました。未だに手元不如意でありまして、食事の代わりにやすい菓子で腹を満たす始末。
夢破れて山河あり。時代は進む。
でも変わらぬもの。
地元に引き上げる事になった。引っ越しもした。
ドラッグストアに入った。そこで出会い直した。「大入りビスケット」。物価も変わって昔よりは減ったけれども大入りだった。
駅前の100均に入った。「黒糖ニッキ飴」に出会い直した。こちらも変わらず安価でピリッとして涙が出た。
正直追い詰められていた。兄弟同然の親族がコロナで夭折。
ショックからか食事が摂れなくなり病院で栄養剤を処方され、唯一口に合った固形物が大入りビスケット。懐かしい味だけが喉を通った。
呆けた時は黒糖ニッキ飴を齧った。脳に刺激が入る。文字通りの命綱。
記憶はさびれる。だが味覚はそれよりは鮮明で長持ちする。苦い時代を支えてくれた私の命綱。
再会に乾杯。
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