虹の少年【短編】

Naminagare

虹の少年―本編―


 ある小さな村に、虹を追いかける少年がいた。

 何故なら、少年はこんな話を聞いたのだ。


 ―――虹の根っこには、宝物がある。

 見つけられたら、幸せな未来が待っているって。


 それは単なる噂話に過ぎないとは思う。

 しかし、それでも少年は、その話に大きな夢を見た。


「七色にかがやく美しい虹には、きっと宝物が埋まっているに決まっているよ! 」


 話を聞いてからというもの、少年は虹を見るごとに、その根っこを探して追いかけた。

 野山を駆けて、川を下り、道なき道を進み、時にはひどい怪我もした。

 それでも少年は諦めず、必死に虹を追い続けた。


 そんな少年のことを、村の人々は『まぬけな冒険者』と馬鹿にした。

 アイツは頭が虹で出来ているとか、頭がおかしいやつだと声を揃えて馬鹿にした。


「馬鹿にしたいやつは馬鹿にしろ。でも、俺は信じてる。きっと虹の根っこを見つけてみせるぞ! 」


 どれだけ馬鹿にされても、少年は虹を追いかけることを止めなかった。

 ―――やがて、少年は十八歳を迎えて『青年』となる。

 それでも少年の頃の夢は変わらずに、青年は今も虹を追いかけていた。


「やあ、今日もきれいな虹が出来ているね。ぜっこうの宝探し日和だ」


 今日も遠くに映った七色の虹を見つけて、青年は虹を追いかける。

 少年時代と同じように、野山を駆けて川を下り、道なき道を進む。

 きっと宝物はあるのだと信じて、虹の根っこを探しつづけた。


「……あっ! 」


 そして、今日という日に。

 虹を追いかけていると、青年は、山の中で倒れる美しい女性を見つけた。


「どうしてこんなところで。もしもし、大丈夫ですか! 」


 人も近寄らないような深い山の中で、どうして女性が倒れているのだろう。

 声をかけても返事は無いが、どうやら生きてはいるようだった。


「ええい、仕方ない。見捨てることなんて出来ないよ」


 青年は女性を背負い、山を下りることにした。

 自宅に戻ると女性をベッドに寝かせて、手厚い看護をしているうちに、彼女はうっすらを目を開く。


「あれ、ここは……」

「起きましたか。ここはボクのお家です」

「もしかして助けてくれたんですか」

「山で倒れていたので、ここまで運んできたんです」


 それを聞いた女性はひどく感謝して、青年に何度も頭を下げた。


「ありがとうございます、ありがとうございます。本当に助かりました」

「当然のことをしたまでです。それより、どうしてあそこで倒れていたのですか」


 青年が尋ねると、女性はとんでもない言葉を口にした。


「信じて貰えないかもしれませんけど、私は隣の国の王女なのです」

「……そんな、まさか」


 にわかには信じられずとも、王女の美しさは耳にしていたし、中々どうして、言われてみれば彼女の美しさも目を見張るものがあった。


「それが本当ならば、どうして山の中にいらっしゃったのですか」

「恥ずかしいお話ですが、お父様とケンカをして家出をしてしまったんです」


 どうやら王女様は家を飛び出したのはいいものの、道が分からず山に迷い込んでしまい、すっかり疲れて倒れてしまったのだという。


「そういう事だったのですね。王女様は、これからどうしますか」

「独りになって、お父様の愛が良く分かりました。お城に戻りたいと思っています」

「それでは道案内をいたしましょう。この村は、山に囲まれていますから」


 下手をすれば王女様は、もういちど道に迷ってしまうかもしれないと、青年は彼女を隣の国まで送ることにした。


 それから、王女様と二人で隣の国に向かった青年は、無事にお城に辿り着くと、彼女の父上である王様の前に王女様を送り届けた。


「おおっ、我が娘よ。ようやく戻ったか! 」

「ごめんなさい、お父様。私が悪かったんです」


 王女様は涙を流して父親との再会を喜び、自分を助けてくれた青年を嬉しそうに紹介した。


「お父様。こちらが私を助けてくれた命の恩人なんです」

「キミが助けてくれたのだね。ありがとう、本当にありがとう」


 王様は青年に近寄って、笑顔でお礼を言った。


「いいえ、当然のことをしたまでです」

「娘を助けてくれた礼がしたい。欲しいものがあったら言ってみなさい」

「そんなつもりはありません。気になさらないでください」


 青年は何も要らないと首を横に振った。


「むむう、なんと立派な男性だ。しかし、礼を要らないと言われても困る話だ。こちらも娘を救ってくれた礼をせねば、気が済まぬ」


 王様は深く考え込んだ。

 すると、王女様が青年のそばに近寄って、またもや、とんでもない言葉を口にした。


「どうしましょう、私は優しくて謙虚なあなたを気に入ってしまいました。どうか、私と一緒にこのお城で暮らしてくれませんか」


 青年は驚きのあまり、ひっくり返りそうになった。

 それは、紛れもなく王女様からの愛の告白だったからだ。


「いえ、私は王女様と比べてしがない身分の男です」


 確かに、美しい王女様と出会い一緒に暮らせたら幸せだとは思いはするけど。


「身分なんか関係ありません。ねえお父様、悪い話じゃないと思うのだけど」

「ううむ、命の恩人であって、これほどの男ならば認めざるを得ないかもしれぬ」


 この娘にして、この親ありといったところか。

 ただ夢を見て虹を追いかけていただけなのに、とんでもない話に飛躍してしまったものだ。


「それともあなたは私とでは嫌でしょうか。それなら諦めます」

「い、嫌ではありません。だけど、少しずつお互いを知っていきませんか」

「お友達からということですね。分かりました、宜しくお願いします」


 王女様は嬉しそうに、手を合わせて頷いた。


 ―――……そして、三年の月日が流れて。

 隣の国の王城では、盛大に、王女様と青年の結婚式が開かれた。


「ふふっ、ついにこの日が来ましたね」

「いまだに信じられないよ。本当にボクとで良かったのかな」

「私はあなたと運命を感じたんです」

「まるで夢のようだよ」


 結婚式には、美しい花々が並び、結婚を祝福した。

 二人が歩く道の両脇に咲き誇る花々は、まるで、七色の虹のようだった。


「あっ、まるで虹のようじゃないか」

「そうですね。あなたは虹を追いかけて、私を見つけてくれたんでしたね」

「うん、そうさ。でも、虹の根っこを見るのは結局、かなわなかったよ」

「……いいえ、それは違います」


 王女様は、広がる虹の花のまえで両手をめいっぱいにひろげて言った。


「虹の足元には、宝物が埋まっているんですよね。この虹の花の道は―――どう思いますか」


 そう言われて、気づくことが出来た。

 あれだけ探し続けた夢の旅が、終わったように思えたから。


「そうか……。これが虹の根っこなんだ」

「はい。私にとっても、幸せになれる宝物を見つけました」


 王女様は透き通るような美しい笑みを浮かべて、青年に抱き着くと、そっとキスをした。


「ああ、俺も宝物を見つけたよ。自分より大事な、本当の宝物を」

「うふふっ、私と一緒ですね」

「ぜったいに大事にするさ。やっと見つけた、ボクの宝物を」


 ―――誰かが言った。

 虹の根っこには、宝物があるって。

 見つけられたら幸せな未来が待っているって。


 それは単なる噂話に過ぎないとは思っていた。

 それでも少年は、その話に大きな夢を見た。


 ―――七色にかがやく美しい虹には、きっと宝物が埋まっているに違いない!


 話を聞いてからというもの、少年は虹を見るごとに、その根っこを探して追いかけた。

 野山を駆けて、川を下り、道なき道を進み、時にはひどい怪我もした。

 それでも少年は諦めず、必死に虹を追い続けた。

 

 その果てに見つけた夢の宝物。

 人はいつまでも夢の冒険者だ。


 夢を諦めるな。

 きっと、幸せな未来は待っているから。 


 虹の少年、おしまい。


 ………

 …

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