ゲームエンド
男は再び日本に戻ってきた。
ホテルのラウンジでゆっくりとしながら、新聞を眺めた。社会面を丹念に読んでみたが、期待したような記事は載っていない。
男は小首をかしげながら次の新聞を読み始める。派手なタイトルが一面を飾る夕刊紙だ。
ページをめくる手が止まった。男は食い入るように紙面を見つめた。
白昼堂々会社員が刺し殺されるという「中野区会社員刺殺事件」は未だに解決していないが『正義の女神』カードだけが一人歩きをしている。
ユーチューバー「もふネコ社長」さんが自分のところに送られてきたという封筒を公開すると、世間は興奮の渦に巻き込まれた。
そこには「中野区会社員刺殺事件」の新聞記事と、剣と天秤を持つ女神が印刷された一枚の用紙、女神の一部分を印刷したカードが入っていたのである。
それが送られてきた目的は、多少の想像力さえあれば誰でもわかるはずだ。
そのカードを使って殺人をすれば、最初の犯人がやったものだと思われる。つまり最初の事件でアリバイがありさえすれば、自分が行った殺人の罪を刺殺事件の犯人に着せられるのである。
カードが送られてきたというもふネコ社長さんは「私には犯罪をするような動機は一切ない」と記者に語った。
さらに「これは間違えて送られてきたのではないか。あるいは犯人は相手をランダムに選んで送りつけているのでは」と自分の推理を披露した。
もふネコ社長さんの動画の再生数は今や数百万回を超える。
カードは警察に押収されたが、それが本物なのかどうかという問いに警察は口を閉ざしている。
それからというもの、オークションサイトやフリマアプリに「正義の女神カード」と称するものが出品され始めて、中には数十万円で取引された物もあった。
世の中には犯罪マニアというべきコレクターがいて、こうしたものに高値がつくこともあるという。
正式には残り五枚しかない本物の「正義の女神カード」が数百枚も出回っているという笑えない事態に憂慮して「たとえ偽物でも、正義の女神カードを他人を見せたり、チラつかせて威嚇するのは脅迫罪が成立する恐れがあるので、そうした行為はやらないように」と警察関係者は自粛を求めている。
「あいつら、俺をおもちゃにしやがって」
理性が吹き飛んだ男は口汚く罵ると、新聞をテーブルにたたきつけた。
男の怒る様を目つきの鋭い二人組の男が、じっと見つめている。彼らは目で合図すると、立ち上がり、新聞をたたきつけた男を挟むようにして近づいていった。
完
六枚のカード 羽鳥狩 @hadori16
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