三日月の夜に

 秋の気配が深まるにつれ、狗尾草の穂もその先が金色に。


 日中ずっと空にかかっていた三日月が、ようやく西の地平線に沈もうとする刻限に、白毛がちな猫二匹、腰のあたりにキナコ色の斑点一つ持つのが白玉で、同じ場所にまるで胡麻餡の鯖模様を持った白雲は、まるで何かの蓋のように草原の中に盛り上がった場所に腰を下ろす。


「白玉様、あの三日月は猫の目に例えられますが、私には爪のようにも見えます」

「それは白雲、あなたの爪の手入れがあまいのではないのかしら。あそこまで伸びてしまったら野を駆け山を駆ける時、つま先に仕舞い切れずに引っ掛かてしまう。あれは痛いもの」


 しかめっ面の白玉に、白雲はそれはそうですね、と笑って返し、

「あらでも白玉様、ご経験があるのですね」

 と、これはこれで多少からかう声音で白雲が問い掛ける。


「なにをいうの白玉、若い雌猫ならば一度くらい、どれだけ爪が伸びるものか試してみることはあるでしょう」

「はい、私も伸びた爪をつるつるに磨いて、川の流れに映してみたことはございます」

「そしてその爪、どうなったの」

「魚を捕ろうとしたときに先がぽっきり折れてしまいました」

 二匹の猫はくすくす笑う。


 三日月の描く円は地平に近づくにつれていっそう大きく。


「この間の満月のときにも白玉様のところに伺おうかと思っていましたが」

「来なかったわね」

「ええ」


 狗尾草の穂を染めるほどの光を三日月はもたらさない。叢のあちこちから聞こえる虫の音も、あとどのくらい聞こえるものか。


「寂しい気持ちになると分かってはいても、東雲たちはいまどうしているかと、その思いに私一人で向き合っていました」

 同意のにゃあは無くても、こちらに寄越す目線で知れる、白玉も同じような時を過ごしていたと見える。


「白玉様とご一緒すれば寂しさ少なく、あの子たちの話ができるとは分かっていましたが」


 ただあの満月、あまりにも立派で、こちらの心が全て吸われそうでした、と白雲は、先日の夜を思い出す眼差し。


「そういう時は確かに、ただ己のみで月と向き合うのも趣深いもの」

「月に心が吸われてしまえば、たとえ隣に白玉様がおりましても、自分一人の境地でしょう」


 だから、と途切れる白雲のその言葉の先を白玉は強いずに、ゆっくり後ろ脚を伸ばして立ち上がり、前に後ろに体全体ゆっくり伸ばす。


「けれど白雲、満月の度、ひとり心を吸われ続ければ、いずれ心がなくなるのでは」

「そろそろ尾の先が分かれても良い頃合いまで長生きしてきましたから、それでも良いかと思うのです」

「さて、そんなに長生きだったかしら。白雲の尾が二股なら妾の尾は八岐大蛇ほどないと数が合わない」


 また二匹して笑い合う。


「次の満月、もっと夜は冷えているはず。雪が降る前、冬に眠る生き物の姿がまだ地上にあるうちに、夜通しの狩りに出てみましょうか」

「あら、白玉様の狩りにご一緒してもよろしいのですか」

「ちゃんと役割分担はしてもらうけれど」


 食べる係が良いですわ、と笑みを含んだ白玉の声。


 三日月の猫の爪先その先端が地平の下に沈んで消える。日増しに冷える秋の夜、狗尾草の中に今もしばらく留まる様子の猫二匹。

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にゃんこ狗尾草大合戦 葛西 秋 @gonnozui0123

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