番外短編

どこかのススキ野原で

 昼の日差しは強くとも、夜になればヒゲに露、この辺りの夜はもう大分冷える。随分と長いこと歩き続けてきたけれど、行き先決めぬ旅路なればこそ、足が痛くなるような強行軍とは正反対。

 

 心地よさげなくさむらに点々と、日差し降り注ぐ日中に、各々体を丸めて昼寝するのも常の事。今自分たちはどのあたりにいるものやら、キナコと胡麻太は頭は別々、そっぽ向き、けれど尻尾の先だけでお互いにじゃれ合うこの頃の遊び。

 

 餌を取るのは日暮れ時、昼と夜が入り混じるその時間こそ猫の時間。先ごろ覚えた二匹一組の組み立てで、待ち伏せ役と追い立て役、キナコと胡麻太は代わるがわるにその役を替わりながらの狩りの修行の真っ最中。どうも静かだ様子がおかしいと、互いにひょいと顔を覗けば、どちらも自分が待ち伏せ役と信じて疑わないことも幾たびか。

 

 今日の夜は暗いなと、この間の新月がいつだったのかを思い出しつつ待ち伏せも追い立も要らないイナゴを胡麻太が三匹、キナコが四匹取ったところで、虎次郎と東雲の姿が見えないことに二匹は気づいた。

 

 暗い、と思ったその東空、まんまるな月がゆっくりと上がってくる。

 

 ススキ野原のススキの穂、その背ばかりが月明かり、目の前に広がる不思議な光景に二匹の若猫は飛んだり跳ねたり、まるで月の兎のよう。駆けまわって散らしたススキの穂が滲む光を零しながら空を舞う。

 

 そこから少し離れたススキの叢、離れてはいても目の届く場所に横たわり、ともに月を眺める虎次郎と東雲は、言葉なくてもお互いが、月を愛でているその気持ち、手に取るように伝え合う。


 この地にはそろそろ雪が降るだろうから南の方へ向かおうと、虎次郎の声は、昼間の眠気がまだ残る。

 その眠気がうつって大あくび、東雲は、雪をまだ見たことがないから見てみたい、とあまのじゃくにも聞こえるその返事、姉の白雲にも向けたことのない甘える声音が微かに滲む。


 満月の黄金色のその光、虎鯖二匹の猫の毛先を染めて、さて月に住むという兎の毛皮もかくやと染め上げる。静かな秋の満月にただ心はひっそりと満たされて。

 冬の走りの丸い月、むかしから変わらぬその姿を愛でるのは、人の子ばかりでは決してない。

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