初めての笑顔。


妻は小さく息を漏らした。

「変だったかい?ごめん、あまり手紙を書くことがなくて…。嫌な気持ちにさせたかな?」

白い肌に薄桃が差していた。

夫はそれを見ると、それ以上に頬に熱を持たせた。

「まるで新婚ね。」

口元も目元も、妻は少女の頃の無垢な微笑みになった。

「久しぶりにその笑顔を見たよ。」

「久しぶりではないわ。初めてよ。」

嘘だ、と夫が笑う。

幼い頃の思い出を話す。


また笑う。

「いいえ、本当に初めてよ。」

妻はまた、綺麗に微笑んだ。

「私と貴方が夫婦になって、初めての表情の筈よ。」

心からの柔らかな顔と声。

夫は茹で上がるように表情を変えて地面を見た。

妻は手紙をしまい、夫の顔を上げさせた。

「見せなさい。貴方のその顔も初めていただくのだから。」

夫の目はうろちょろしていたが、唾を呑んで覚悟を決め、照れた笑顔をそのまま彼女に見せた。


「たくさんした寄り道と、君と、あの子と…孫を。」

妻は続きを促すように首を傾けた。

「愛しています。」

「ええ。」


声に出して、それでも上品に笑う彼女に、彼は慌てて聞いた。

「僕だけなの?君は?ここで誤魔化すなんてずるいよ。」

妻の口元が夫の耳に近寄る。




「」




風の音に消える程の囁きが彼の顔に熱を与えた。





昼下がり、新婚の老夫婦のあたたかな時間が流れた。





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とある老夫婦の呟き。《短編》 匿名 @Nogg

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