星と紫陽花

旦開野

⭐︎

今年の七夕は土曜日で学校が休みだった。ボクは、放課後、教室で幼なじみの桃を見つけると声をかけた。


「七夕の日、一緒に星を観に行かない?」


と。


桃はカバンから薄ピンクのスケジュール帳を取り出して予定を確認した。


「いいよ。詳細は後でLINEして。」


今週の土曜日は特に予定がなかったらしく、彼女は快く誘いを受けてくれた。


「おぉ。」


とボクは冷静を装った。彼女の1日を独り占めできたような気がしたボクは、溢れんばかりの嬉しさを表に出さないようにするのに必死だった。




桃とは家がが隣同士で、幼稚園、小中、そして現在の高校とずっと同じ学校に通っている、いわゆる幼なじみというやつだ。ボクは出会った時から桃のことが大好きだ。ふわふわの毛、まるでお人形のように大きくて丸い瞳、誰に対しても優しく接してくれるその気立ての良さ。彼女は全てが完璧だった。そんな完璧な桃を世間が放っておくわけがない。桃はとにかくモテた。モテ期とは一体なんなんだろうというくらい、ボクの知る限り、彼女はずっとモテている。こちらの気も知らないで(もちろん、伝えていないのだから当然なのだけど)桃はいろんな人とお付き合いをした。しかしどれも長くは続かなかった。この間は告白してきた後輩男子くんとお付き合いしていたけど、確か先月別れたって言っていた。ボクのこの誘いは、なんだか、相手が弱っている隙につけ込んだような気がして少し気が引けていたが、ボクのこの気持ちにもそろそろ決着をつけなきゃいけないだろう。予定を確保できた以上、弱気になんてなっている場合ではない。





土曜日の夕方。まだ街灯もつかない時刻。集合時間5分前にボクは桃の家の玄関の前へきていた。チャイムを鳴らしてすぐに桃が出てきた。近所の見晴らしのいい丘へ登るため、彼女はTシャツとジーパンというラフな格好だったが、それがとても似合っていた。


「早いね。気合十分じゃん。」

「桃だって。チャイム鳴らしたらすぐきたじゃん。もう準備できてたんでしょ。」


玄関先から行ってきまーすと言うと、家の中から気をつけてね、と返事が返ってきた。声からするに、桃のお母さんのようだった。ボクらは丘へ向かって暗くなってきた道を歩き出した。


しばらく進むと街灯が付き出した。ここ最近にしては明かりが灯るのが早い。西の空を見ると暗い雲がこちらに迫ってきていた。


「天気確認してこなかったけど、これから天気下り坂だって。」


桃は手元のスマホの画面をこちらに向けていった。桃も、ボクも出かける前に天気予報を見ておらず、傘は持っていない。


「行っても星見れないかも…傘も持ってないし、引き返す?」


せっかく桃と2人でいられるのに、本当は引き返したくなんかない。だけど、桃が雨で濡れて風邪をひいたりなんかしたら大変だ。


「いいよ。引き返すのめんどくさいし、星見れなくても散歩してると思えばいいんじゃない?ほら、こうやって碧と一緒にいるの、久々な気がするし。」


「雨降ってきたら濡れちゃうよ?」


「いいの、いいの、そうなったらその時考える。」


彼女は笑顔をボクに向けて言った。桃は美人だが、決してお高く止まっていたりするわけではない。こういうお茶目なところもモテる理由なんだろうな、とボクは思った。



懐中電灯を持ち、丘の頂上を目指している途中、頭の上に何かぽつん、と当たった。落ちてきた方を見ると、いつの間にか空は厚い雲に覆われていた。天気予報の通り雨が降ってきてしまったのだ。雨粒は次々と空から降ってくる。どこか雨宿りができる場所がないか桃も、ボクも当たりをキョロキョロした。


「ねぇ。あそこ。」


桃は視線の先に何かを見つけたようだった。指差す方を見てみると、そこにはお寺があった。


「あそこで雨宿りさせてもらおう。」


ボクと桃はお寺に向かって走り出した。目の前まで来てみると随分と立派なお寺だった。長い間、この辺に住んでいるけど、こんなところにお寺があるなんて知らなかった。桃は躊躇なくお寺の門にあるインターホンを鳴らした。するとすぐにここの住職さんであろう人が出てくれた。


「これはこれは…」


ボクたちのずぶ濡れの姿を見て、住職さんは驚いたようだった。


「この丘の頂上で天体観測をするつもりだったんですけど、雨に降られてしまって…少しの間、雨宿りさせていただけないでしょうか。」


「そうですか。とりあえずこちらへ。そのままだと風邪をひいてしまいます。加奈子、タオルを2枚持ってきてくれますか。」


住職が部屋の奥に呼びかけると、加奈子と呼ばれた、おそらく住職の奥様だろう人が、白いタオルを2枚持ってこちらにやってきた。


「おやおや、こんなにずぶ濡れになっちゃって。このタオル使って。奥に着替えもあるからそれを使って頂戴。」


そういうと加奈子さんはお寺の奥へと案内してくれた。


体を拭き、ボクら2人は佳那子さんが出してくれた紺色の甚平に着替えた。


「こんなものしかなくてごめんね。」


と加奈子さんは言ったが、着替えを貸してくれただけでなく、暖かいお茶まで出してくれた。ここまで親切にしてくれて、こちらはとてもありがたい。


「天体観測に来たんだって?天気が悪くて残念だったね。」


加奈子さんは本当に残念そうにしてくれていた。


「星の代わりになるかはわからないけど…せっかくここまで来た2人に見てもらいたいものがあるんだ。ちょっと来てもらってもいい?」


そう言われたボクたちは加奈子さんの後をついて行った。案内されたのはお寺の中庭だった。暗がりの中、外灯が1本立っている。その光のおかげて少しだけ当たりを見渡すことができた。よくみると庭にはたくさんの紫陽花が咲き誇っていた。


「ここにあるのって、紫陽花ですか?」


「そう。全部紫陽花。」


「でも、うちのお寺の紫陽花は、他のところとはちょっと違くてね。」


声のする方を振り返ると住職が3本、傘と懐中電灯を持って立っていた。住職に連れられて、ボクらは庭へと降りる。


遠くからはよく見えなかった紫陽花も、懐中電灯の光に照らされて、赤や青の鮮やかな色がはっきりと見えた。花をよくみると、そのどれもがまるで星のような形をしていた。


「これ、全部星みたいな形している。」


桃も気がついたようだった。


「星の桜、宵の星、星空、星てまり、きらきら星に星花火…この庭に咲いている紫陽花はみんな、名前に『星』が入っているものばかりなんです。」


「この人がどうも名前に星が入った紫陽花が気に入っちゃってね。全部植えたんだよ。本物の星空には叶わないかもしれないけど、代わりにはなるかなと思って。」


後ろから傘をさした加奈子さんが来て言った。


「ボク、星の形をした紫陽花って初めて見た。」


「私も。こんなにいっぱい星の名前を持つ紫陽花があるなんて知らなかった。」


「月明かりでもあれば、夜でももう少しきれいに見えるんだけどね。」


住職は少し苦笑いをして言った。その直後、言葉が天に届いたのか、不思議なことに降っていた雨は次第に弱くなり、ついには雲の合間から月が見え始めた。


「うそ…雨止んじゃった。」


加奈子さんはとても驚いていた。


「ちょっと…スマホ撮ってきます!」


桃はそういうとお寺のほうにかけて行った。


「私もカメラ持ってこようかな。」


加奈子さんも桃の後に続いた。ボクは目の前の月明かりに照らされている青い紫陽花ボーッと眺めていた。


「お嬢さん…と呼んで失礼ではないかな?」


住職はボクに語りかけた。一人称はボク、黒髪のショートへアで、白のシャツに黒のパーカー、ジーンズを来たボクは周りから見たら性別不詳であろう。こんな感じだけど自分の性別自体にこだわりはない…恋愛の話になってしまうと話は別だが。


「住職の思った通りの呼び方で大丈夫ですよ。」


ボクは答えた。


「青い紫陽花の花言葉を知っているかい?青の紫陽花の花言葉は『辛抱強い愛情』」


ボクが青の紫陽花を見ていたから住職は教えてくれたのだろうか。住職は続けた。


「お嬢さんはきっと、彼女に振り回されながらも、辛抱強く愛情を向けてきたんだろう。色々心配事はあると思うが、その本物の愛情はきっと彼女にも伝わる。あまり細かいことは気にせずに、正面からぶつかって行きなさい。」


まるでボクの心を見透かしたようなことを住職はいった。あまりにも不思議なことにボクは呆気に取られてしまった。そうしていると、桃がスマホを持ってこちらに戻ってきた。


月明かりと星々に照らされ、青い花びらも、赤い花びらもキラキラと輝いている。今この絶景にいるのはボクと桃の二人だけ。たとえこの関係が崩れようとも、きっとこの場所なら後悔はないだろう。ボクは桃が紫陽花畑にスマホを向けている横で、深く息を吸った。

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星と紫陽花 旦開野 @asaakeno73

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