僕の居場所を君の隣に

i-トーマ

今しかない。後悔しないためには。

 彼女と出会ったのは、去年のことだった。


 クラスメートだったんだけど、仲良くなったのは秋の文化祭のとき。

 僕と幼なじみのマサキヨ、そして彼女、佐々木真理子サキマリが同じ文化祭実行委員になったことで三人仲良くなった。それから休憩時間に話をしたり、一緒に遊びに行くようになって、お互いニックネームで呼び合うような仲になっていった。


 例えばバレンタインのときと言えば。


「タケシ、はいこれ」


 マサキヨがチョコレートの箱を僕に差し出す。


「じゃあ僕からも」


 僕も鞄からチョコレートの箱を取り出すと、交換して渡した。お互い甘いものが好きなこともあって、バレンタインにかこつけてチョコレートを食べまくっていた。


「はいマサキヨ、あたしからも」


 サキマリがキレイな包み紙にくるまれたチョコを渡す。手作りのようだ。

 ちょっと期待した目でサキマリを追ってしまう。


「うーんと、あれ? タケシのぶん、なくなっちゃったみたい」

「嘘だろ!?」


 交換で渡そうとしていたチョコレートの箱が所在ない。


「あ、あったあった、一番奥に」


 そう言って包みを取り出してみせるサキマリ。


「びっくりしたわー。ありがとう、じゃあかわりにこれ」


 チョコレートを交換する。


「まだ欲しいなら、俺がもらったのをやるよ」


 マサキヨが、鞄からチョコレートをいくつか取り出す。


「おいおい、それはマサキヨが女の子からもらったヤツだろ。他人に渡したら、相手に悪いよ」

「そうかな?」


 マサキヨは僕と違って背が高く、スポーツもできて案外モテる。今日もいくつかチョコを渡されていた。


「どうせ義理だし、みんなで食べようぜ」


 気にしないマサキヨを、なんとなく思うところありな視線をおくるサキマリ。

 まあまあ、そんな感じで仲良くなった僕たちは、学年が上がった二年でも、同じクラスになった。


◇◆◇


 夏休み、僕らの学校では林間学校があった。学校のみんなで合宿をするあれだ。

 その二日目の夜のこと、恒例らしい、肝試し大会がある。


「肝試しとか今更じゃない?」

「そう? 俺は結構楽しみだけど」

「暗いってだけで、普通に神社まで行っておふだを持って帰るだけでしょ? やる意味なくない?」

「サキマリはお化け怖くないの?」

「そんなんいるわけないじゃん。あ、タケシお化け怖いんだー」

「そ、そんなわけないじゃん、高校生にもなって」

「暗いってだけで本能的な恐怖はあるからねー」

「へー、タケシにも怖いものあるんだ」


 マサキヨのフォローにも、サキマリのからかい口調は止まらなかった。


◇◆


「……それでな、今もその女の人が、この山の中を、自分の心臓を探してさまよっているんだってさ」


 夜になって出発前、先生が簡単な怪談をみんなに話して聞かせていた。どこにでもありそうなありきたりな話だ。


「じゃあ順番にクジをひけー、同じ番号同士でペアだぞー」


 先生の誘導で、箱の中から紙を一枚ひく。


「タケシ、何番?」

「僕は……9だね。マサキヨは?」

「6。おしいな」

「おしいかな?」


 そこにサキマリが来た。紙を手に挟んで、祈るようにしている。中はまだ見ていないようだ。


「おねがいおねがいおねがい……」


 祈るサキマリを見守る。思いを手のひらに集めて、バッとそれを開く。


「9! ……じゃない、6だこれ」

「あ、僕とだ」


 なぜか残念そうなサキマリ。


「あ、森政君、9番? じゃあ私とだ」


 クラスの女子がマサキヨを連れて行ってしまった。

 サキマリがつまらなそうに呟く。


「タケシじゃ頼れないからなあ」

「なんでだよ。いいんだよ、頼りにしてくれて」

「お化け怖いんでしょ?」

「サキマリは怖くないんなら、逆に頼らせてよ」

「いやでーす」


 そのとき、先生の指示が聞こえてきた。


「クジを引いたら番号順に並べよ、急げ急げ」


◇◆


「なんか、思ったより、暗いね」


 サキマリが言う。山の中の道は、明かりも少なく確かに暗い。


「あれ、怖いの?」

「そうじゃないけど、暗いと危ないじゃん」

「昼間に確認で通ったし、道はわかるよ。一本道だし」


 そう言ってもサキマリはなかなか足が進まない。知識としての安全より、本能的な恐怖が勝ったんだろう。ホラー映画を観たあとは、自分の家のトイレでも夜には行くのが怖くなるあれだ。

 僕は先に歩き始める。思いの外怖がっているサキマリを見ていると、逆にこっちの恐怖は冷めてきた。


「あっ、まっ……」


 サキマリがあわててついてくる。

 風で草木が揺れるたびに、隣のサキマリが振り向く。歩き進めるにつれて、だんだんこっちに寄ってきている気がする。

 突然、ガサガサと背後から大きな音がした。


「うひぃ!」


 サキマリが変な悲鳴をあげて僕の腕にしがみついてくる。


「多分、お化け役の人だよ」

「わかってるわよ!」


 そう言いながらも腕は離さない。

 そのあとも、風が吹いたり石を蹴飛ばしたりするたびに驚き身をすくめる。それを見ていると、いたずら心が湧き上がってきた。ちょうど木々の間から、お化け役の人だろう、髪の長い女の人が見えた。


「ほら見て、あの人、心臓を探してるんじゃないの?」

「いないいない! そんな人いない!」


 ちらっとそっちを見たあと、僕の肩の辺りに顔をうずめて、足元だけを見ながら叫ぶサキマリ。


「ほら、ちゃんと前を見ないと危ないよ」


 それでサキマリが顔を上げた直後、道の脇からすぐ目の前に何かが飛んできて落ちた。

 ベチャっと落ちたそれは、両手におさまるくらいの赤くて丸いもので、ぱっと見、心臓のように見えて……。


「きゃあああああ!!」


 サキマリが悲鳴をあげて走り出した。

 よく見たら、ただの赤い巾着袋をそれっぽく加工しただけのものだったけど。


「待ってサキマリ! 走ると危ないよ!」


 僕もサキマリを追って走り出した。が、その直後、

「うわっ!」


 木の根か何かにつまづいてこけてしまった。

 いてて、と手についた土を払っていると。


「タケシ! 早く!」


 サキマリが戻ってきて、僕の手をひっぱって起きあがらせる。

 顔を見れば、半泣きになっている。怖い中を、僕を助けに戻ってきたのか。

 暗い山道を、サキマリと手をつないで全力疾走。なんとか目的地の神社にたどり着いた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「はぁ、はぁ……」


 二人とも息をきらしながら、自分の名前のお札を探す。


「さ……さ……」

「この辺に……」


 お互い自分の名前の書いてあるお札を持ち、来たときとは別の道を帰る。こっちはアスファルトで舗装されていて、街灯も多く、もう怖くはない。

 さっき取り乱したのが気まずいのか、無言で歩くサキマリ。


「おふだがあったら、お化けも寄ってこないよね」


 気休めに言ってみたけど、ちらっと睨まれた。心なしか、お札を持つ手に力が入って見えた。

 あとはそのまま集合場所まで戻った。人が集まっているところまで戻り、ひとまず落ち着いたようだ。


「あ、タケシ、サキマリ、無事だったか?」


 マサキヨが戻ってきた。


「あ、マサキヨ!」


 すかさずサキマリが駆け寄る。


「怖かった?」

「ぜ、全然平気だもん」


 そんなことを言っているけど、明らかにほっとしているのがわかる。


 そのとき、なぜか胸の奥がうずいた。


 彼女がマサキヨと話しているのを見ていると、落ち着かない気分になることを自覚したのは、このときが初めてだった。

 マサキヨが続ける。


「脅かし方もしょぼいしさ、まあ学校行事なんてこんなもんだよね」

「でもけっこう凝ってなかった? 心臓とか、コスプレした女の人とか」


 僕の言葉にマサキヨが首をかしげた。


「ん? お化け役は男しかいなかったはずだけど」

「え?」

「え?」


 僕とサキマリは顔を見合わせた。

 胸の奥がスッと冷えていくのを感じた。別の意味で落ち着かなくなってしまった。


◇◆◇


「なあ、サキマリって、どう思う?」


 僕の部屋でマサキヨと二人、定期試験に向けて勉強をしていた。カリカリとシャーペンの芯がノートを引っ掻く音が静かに響くなか、唐突だけど聞いてみた。


「どうって?」

「最近、なんか仲良い感じしてないか?」

「ん? そうか? お前とも仲良いだろ」

「んー、そうだけど……」


 自分から聞いておいて、具体的になにを聞けばいいのかわからなくなってきた。


「まあ、国語と英語は大丈夫そうだし、数学ダメでもなんとかなるんじゃないか?」

「いや、そうじゃなくてさ」


 言葉を選びたかったけど、選ぶほど言葉を持ち合わせていなかった。


「マサキヨのこと、好きなのかなって」

「そんなことないだろ」

「またそうやって……」


 マサキヨは背も高くてそれなりにイケメンだから、女子の間でそれなりに印象はいい。

 そのまま会話は終わり、あとは元の通り、問題を解くシャーペンの音だけが続く。

 成績勝負はいつも僕が勝っていたけど、今回は負けるかもしれない。そう思った。


◇◆◇


「あれ、タケシ?」


 それは、クリスマスを明後日に控えた日、好きな小説の最新刊を買いにショッピングモールの本屋に行こうとしていたときだった。サキマリとばったり会った。一目見た瞬間、ドキリとしてしまった。


(今日のサキマリ、なんだかいつもと違う)


 普段からおしゃれなサキマリだけど、今日は特別、そう、可愛いく感じた。


「買い物?」

「本屋に行こうと思って。サキマリは?」

「あ、うん。ちょっとね」


 なんだかはっきりしない。


「じゃあね」


 そう言って、あわてるように行ってしまった。


 事件はそのあとに起こった。

 お目当ての小説を買って、フードコートで休んでいたとき、見てしまったのだ。


 サキマリと……マサキヨが一緒に歩いているところを。


 マサキヨが持っている紙袋は、女性向けのファッションブランドのものだ。その隣をサキマリが寄り添うように歩いている。


 二人はクレープ屋で注文をすると、マサキヨが二人分の代金を払っていた。


 普段、三人で遊んでいるときなんかに、マサキヨがおごったりしないのに。


 二人は僕に気付くこともなく、奥の方の席で談笑している。

 僕はそれを見るのがつらくなって、そっとその場を離れた。


◇◆


 次の日、僕はずっと考えていた。

 昨日見たあの光景が頭から離れない。


 二人が本当にそういう関係だったとして、それをわざと秘密にしているなら、今後僕は今まで通りにしていられるだろうか?

 そんな関係を続けるか、いずれ離れてしまうことになるのなら、僕は自分が後悔しないことを優先しないといけないんじゃないだろうか?


 それで結局悪い結果になったとしても、なにも行動しないであとあと後悔するよりも、自分自身に納得できるだろう。


 僕は決心を固め、明日のクリスマスに会う約束をするため、メッセージの文章をスマートフォンに打ち込んだ。


◇◆◇


 クリスマス当日、僕が呼び出した場所は、近所の神社だった。

 神主さんの趣味なのか、ここには場違いにも立派なクリスマスツリーが境内の中にあるのだ。にもかかわらず全く人気にんきがなく、人がいない。それがいい。


 それに、僕が初めて意識したのが、あの夏の肝試しのとき。きっかけをくれた神社という場所で、がんをかけたいという気持ちもあった。


「あれ、待たせちゃった?」


 後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、そこにいた。後ろ手になにかを持っているようだ。


「どうしたの、こんなところで」


 ここまできて誤魔化すことはできない。僕は意を決して言葉を喉から押し出した。


「どうしても……伝えたいことがあって」


 僕は用意していたものを差し出した。


「これは?」


 それは両手に乗るくらいの紙の箱。


「チョ、チョコレート……ケーキ」

「手作りなの?」

「うん」


 顔を見れなくてうつむいてしまう。僕の顔はきっと真っ赤に違いない。


「出会ってからは結構長いけど、この気持ちに気付いたのは結構最近なんだ。別に、話さなくてもよかったんだけど、でも、一昨日、ショッピングモールで買い物してるところを見たら、どうしても言いたくなって。僕は、あきれられるかもしれない。空回りしているだけかもしれない。……軽蔑、されるかも、しれない。それでも……」


 僕の声はうわずって滑っている。


「それでも僕は……」


 彼はそれを黙って聞いていてくれた。


「マサキヨ……ううん、森政清隆もりまさきよたか君……」


 顔が上げられない。


「僕は……あなたが」

「待ってくれ」


 マサキヨが僕の言葉をさえぎる。


 言わせてもらえなかった。

 言わせてもらえなかった。

 どうしたらいいのかわからなくなる。


「タケシの気持ちはわかった。だから、俺の言うことも聞いてくれ」


 マサキヨの顔を見ることができない。どんな顔をしている? 困っている? 怒っている? それとも、嫌がっている?


「長い付き合いだから、少しは察してくれてるかと思ってた」


 少なくとも、落ち着いた声だった。

 少し間があく、髪を手で乱しながら、考えているみたいだ。


「俺、こう見えて、それなりにモテるんだよね」


 自分で言うのもなんだけど、と続けた。


「でも今まで誰とも付き合ったことはないんだ。なんでだと思う?」


 なんで? なんでなんてなんで今言うの? そんな、もしかしたらを期待させるような言葉、言わないで。


「俺も、タケシと同じ気持ちだからだよ」


 僕の胸が破裂しそうだ。頭に血が上ってうまく考えられなくなる。


 今、なんて言ったの?


「だからこれは、俺から言わせてもらう」


 マサキヨの足が、一歩近付く。


 マサキヨが持っていた物を差し出す。


 それはあのとき見た、ファッションブランドの紙袋。


「タケシ……宮竹志穂みやたけしほさん……俺は、君とこれからも……」





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