幽霊観察

@smile_cheese

幽霊観察

私の趣味は観察である。

例えば私が信号待ちしている交差点の真ん中に立っているスーツの男性。

誰も彼に対してクラクションを鳴らさない。

なぜなら彼の足は透けているから。

例えばこの交差点の先にある高校の屋上に毎朝立っている女子生徒。

教師は決して彼女を叱りはしない。

なぜなら彼女の足もまた透けているからだ。

そう、私が観察している対象は人間ではなく幽霊なのだ。


私の父は有名な科学者で、いわゆる天才と呼ばれていた。

そして、その血を受け継いでいる私もまた天才と言っていいだろう。

私は幼い頃から父と一緒に新しいモノを発明することに喜びを感じていた。

私が発明したモノは数えきれないほどあるが、どれも100%満足のいく出来ではなかった。

しかし、私はとうとう夢でもあった幽霊を写し出すことが出来る装置を発明することに成功したのだ。

その装置が最初に写し出したのは父であった。

父は私が14歳のときに交通事故で亡くなってしまった。

それから2年もの間、父は私のことを側で見守ってくれていたのだ。

その時間が幽霊にとって長いのか短いのかは分からないけれど、私たち親子は2年の空白を埋めるようにたくさんのおしゃべりをした。

おしゃべりと言っても、人間と幽霊の会話は言葉を声に出したりはせず、脳内で言葉を伝達しているイメージではあるのだが。

父はこれでもう思い残すことがなくなったのか、最後に私が発明した装置を軽量化するアイデアを残すと遠い空へと旅立っていった。

私は父のアイデアをサングラスという形に落とし込み、この世に未練を残して成仏出来ずにいる幽霊たちを観察するようになった。


幽霊観察には自分自信に定めたルールがある。

それは、決して幽霊に話しかけないこと。

私はただ観察して想像するだけ。

幽霊観察の楽しみは想像することにあるのだ。

私がこれから乗ろうとしている地下鉄にも幽霊はたくさんいる。

一番観察のしがいがある場所と言ってもいい。

私は地下鉄の先頭車両に乗り込むと、幽霊がいないか周りを見渡した。

人間と幽霊を見分ける方法は簡単だ。

足を見ればいい。

幽霊は足が透けているのだ。

すると、次の駅で一体の幽霊が乗り込んできた。

長身でグレーのスーツを身に纏った30代くらいの男性の幽霊だ。

その幽霊は周りを見渡すと私の正面に座った。


『君は僕が見えているんだね』


私の脳内に言葉が伝達されてきた。

間違いなくこの幽霊からの言葉だろう。

まさか幽霊から直接話しかけてくるなんて。

これまで何度も幽霊観察をしてきたが、父以外でこんなことは初めてだった。

この場合はルール違反にはならないのか?

私は自分自信に問いかけた。

どっちにしろ自分で勝手に決めたルールだ。

それに、この世に未練のある幽霊の言葉を無視するのは可哀想だ。

私はその言葉に応えることにした。


(ええ、見えているわ)


『君、名前は?』


(私は茉莉)


『茉莉、良い名前だ。』


(あなたは地下鉄で何をしているの?)


『君たち人間を見ている。私の趣味は人間観察なんだ』


(あら、私たち気が合いそうね)


『君の斜め前に座っている青年。彼はこの一週間ずっと同じ小説を読んでいる。しかも、その小説は一週間前から1ページも進んでいないんだ。なぜだか分かるかい?』


(不思議ね、なぜかしら。彼には足があるから幽霊ってわけでもなさそうね)


『答えは彼の視線の先にある』


その青年の視線の先には彼と同じくらいの年頃の少女がいた。

少女もまた小説を読んでいた。


『彼にとって小説の起承転結は特別重要ではない。それどころか、彼は小説には全く興味がないんだ』


(では、彼はどうして小説を?)


『おやおや、ここまで言っても分からないのかい?』


(なによ、勿体ぶらずに教えなさいよ)


『小説は彼自信の物語を始めるためのきっかけに過ぎない。彼は小説の結句よりも少女との起句の方が大事なんだよ。あくまで、私の想像だがね』


(ふーん、変わってるわね)


『幽霊とおしゃべりしている君の方が余程変わっていると思うがね』


(うるさいわね。他にはどんな観察を?)


『では、今まさに隣の車両で仲良く談笑しているあの男女。女性の方は制服を着ているところを見るとおそらく女子高生だろう。男性の方は彼女の父親だろうか。風貌から察するにおそらく40代前半といったところだが』


(けど、あの2人の距離感は親子には見えないわね)


『そうなんだよ。あの2人の距離感は親子というより、恋人同士と言った方が自然だろう。ほら、手を繋ぎ、お互いの体を寄せ合い、ひそひそと内緒話を始めたぞ。周囲の目を気にしているところを見ると、

教師と生徒という関係なのかもしれないな。これも私の想像だがね』


(なるほど。人間観察もなかなか面白いじゃない)


『君は人間観察はしないのかい?』


(私は幽霊を見るまで発明にしか興味がなかったから。人間観察もやってみようかしら)


私が地下鉄に乗り始めてから30分が経った頃、帽子とマスクで顔を覆った男性が乗り込んできた。


『では、最後にあの男について見てみよう。君はどう想像する?』


(顔を見られたくないのかしら。芸能人とか?)


『ハズレだ』


(ハズレだって、あなたは正解を知っているの?)


『あの男は殺人鬼だ』


(殺人鬼?どういうこと?)


『私はあいつに殺されたんだよ』


私は慌ててマスクの男から目を逸らした。


『これは想像ではない。真実の話だ。あいつはもう何人も殺している。手段は単純だ。あいつはただ駅のホームでタイミングよく背中を押すだけ。私の時もそうだった』


私は言葉を失った。


『こんな話を聞かせて申し訳ないと思っている。けれど、私にとっては最初で最後のチャンスかもしれないんだ。ずっと、あいつの正体を誰かに知らせたかった。それが出来たのが唯一君だけだったんだ』


(私にどうしろと?)


『私は君に話を聞いてもらうことが出来た。もうこの世に未練はない。すぐにここから居なくなるだろう。あいつを警察に突き出すか、それとも聞かなかった振りをするか、後のことは君に任せる』


(随分と勝手なのね)


『私は本来もうこの世に居てはいけない存在だからね。存在自体が勝手なんだよ』


(でも、あなたの話はどれも面白かったわ。ありがとう)


『こちらこそ』


マスクの男が降りていく。

私も後を追うように慌てて降りた。


(元気でね。さようなら)


『さようなら』


幽霊に元気でねとは変な感じだが、私が彼にかけてあげられる精一杯の別れの言葉だった。

彼にマスクの男を追う姿を見せることが私に出来る最期の贈り物だ。

彼が消えたのを見届けると、私はマスクの男とは反対の方向へと歩き始めた。

私があの男を追うことはない。

なにもかも、もう終わっているのだから。

あの男はもう誰のことも殺さない。

彼は気づいていたのだろうか。

気づいていて、知らない振りをしたのだろうか。

彼を殺したというマスクの男。

あの男の足もまた透けていたのだ。



完。

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