マネー講師が語る!簡単な増やし方講座

腹筋崩壊参謀

【本編】

「これまで説明したようにすれば、皆様も確実にお金が増やせるようになります。是非今日からコツコツと実践してみてください。私のようになれる日も、そう遠くはないと思いますよ。それでは皆様、最後までお聞き頂きありがとうございました」


 終わりを告げる感謝の挨拶とともに、小さなホールの中に拍手が響き渡った。


 『マネー講師が語る!簡単な「お金」の増やし方』と題し、つい先程までこの場所でお金に関する講演を行っていたのは、『カリスママネー講師』としてそれなりの知名度を持つ1人の青年だった。過去に不幸な経緯で何百万円もの借金を抱えながらもそれを返却し、逆に今では豪邸が買えるほどの資産を有するまでになった自分の経験を活かして、多くの人たちにお金の上手な使い方、効率的な貯金の仕方、そして気軽にお金を増やせる方法を、ネット会議やこういったホールでの講演などを利用して人々に教えていたのである。

 そして今回も、彼の分かりやすい解説に老若男女の参加者たちは大いに納得し、早速明日から実践してみようという気持ちに満ち溢れていた。


「ありがとうございます、お金に困っていたんです……」

「貴方のお陰で明日からパチンコで使う金が増えそうです!」

「いやぁ皆様、私こそ公演を最後まで聞いてくれて感謝の限りもないですよ」


 会場を去る人々からかけられた感謝の言葉に、彼は笑顔で応え――。



(……ふふ、チョロいチョロい♪)



 ――心の中で、この講演に参加した愚かな人々を嘲り笑っていた。


 

「いやぁ、今日もたっぷり儲けたぜ♪」


 マンションにある自室に帰宅した後、今日の講演や株取引で儲けた金額を見つめながら彼は優越感に満たされていた。確かに彼が大量の借金を返済して資産を増やしたのは間違いない。だが、その際に彼が用いた株やらなんやらを駆使したお金の稼ぎ方と、ネットや公園で人々に教えている楽にお金が増やせる方法は全く別のものであった。しかも後者は、彼が見たり聞いたりした知識を組み合わせ、さも難しそうな文章にしたうえで『マネー講師』と名乗って人々に教えると言う、全くのデタラメそのものだったのである。


 彼の行為は完全な詐欺そのものであったが、幸か不幸か、講演の内容がインチキである事に気づく聴衆は今のところ誰一人現れていなかった。揃って彼の丁寧な言葉に魅了され、簡単にお金が増やせるという思いに満ち溢れていたのである。本当に簡単に増えているのはこの男の懐にあるお金である事など、当然誰も知る由はなかった。


「ほんとバカだよなぁ、ああ言う連中って♪」


 甘い言葉にコロッと騙され、呆気なく自分の言葉に感動する。本当に渡る世間は馬鹿ばかり――一人暮らしの部屋で思う存分本音を漏らし続けながらも、愚かな連中が自身の言葉1つで喜ぶ様子に笑いが止まらない彼は、ふと自身のSNSにメッセージが届いている事に気が付いた。そこに記されていたのは、彼が教えていると言う『簡単な増やし方』をを是非私たち教えてほしい、という、とある女子大学から寄せられた新たな講演の依頼だった。


「○○女子大学……?聞いたことねぇな……」


 デタラメを並べた講演に誰も文句を言わない理由の1つに、彼自身が講演の依頼を自ら選定している事があった。彼が講演を実施するのは地方の公民館や市民会館といった小規模なホールや、あまり聞き馴染みのないマイナーな大学など、自分よりお金に関する知識が低く、いい加減なことを言ってもバレなさそうな場所を敢えて選んでいたのである。今回の女子大学についても、ネットで検索してもあまり引っ掛からない、偏差値も低そうな、講演という名の詐欺を働くにはうってつけの場所だったのである。

 しかも女子大学ということは、きっと美女たちがたくさん集まり、自分を存分チヤホヤしてくれるに違いない。早速彼は、負け向きに検討しているという旨を返信した。


-------------------------


 それから数週間後、○○女子大学の建物で、男は今回の講演を企画したという女子学生と最後の打ち合わせをしていた。


「それでは、これで大丈夫でしょうか?」

「はい、ありがとうございます。流石優秀な皆様、準備も完璧ですね」

「「「いえいえ、こちらこそありがとうございます」」」


 揃って礼をする女子学生たちを何度も眺めているうち、男には妙な違和感が湧いていた。そもそも、この女子大学に入ってからというもの、出会う学生たちに奇妙な雰囲気を感じていたのである。全員とも真面目で健気、男にとって素晴らしいカモになりうる存在だったのだが、どこか大人びた服装やふんわりとした黒髪、標準的な背丈、そしてあっさりとした顔のメイクもまるで同じように見えたのだ。


(……まぁ、これが量産型女子学生って奴か?ったく、ほんと個性ねぇな……)


 世間ですっかり定着した、無個性極まりない女子学生たちを揶揄する言葉。まさにそれがぴったりじゃないか、と男は心の中で彼女たちを嘲り笑った。きっとこの後、自分の講演を聞いて涙ながらに感動して拍手喝采を浴びせるに違いない、自分がデタラメな事を言っている事など気づく訳がない、頭が空っぽな連中ばかりだからな――そんな皮算用にほくそ笑みつつ、彼は女子学生たちに案内されて会場へと向かった。


 そして、司会の声に促されるように、会場のホールへ入っていった彼は――。



「「「「「「「「「「「「「「「こんにちはー♪」」」」」」」」」」」」」」」」」



 ――その中に広がっていた光景と、一斉に響き渡る声を見た瞬間、体も思考も固まった。


 確かにこの学校の女子学生は、服装も髪型もどこか同じように感じる、所謂『量産型女子学生』そのものであった。だが、満員御礼、立ち席も出るほどにまでホールの中をびっしりと覆いつくす何百、いや何千人もの彼女たちは、大人びた服装やふんわりとした黒髪は勿論、顔も声もその笑みも、そっくりどころか何から何まで双子のように瓜二つ、いやそれ以上に全てが同一の存在だったのである。


「ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」…


「い、いや……あの、その……」


 全く同じ笑顔で見つめ、今か今かと講演を楽しみにしているような素振りを見せる彼女たちと対照的に、男が抱いた希望は一瞬にして絶望へと変わった。目の前に広がり続ける明らかに非現実な状況に対し、彼の本能が明らかな非常事態である事を告げていた。このままホールで公演を始めてしまえば、間違いなく自分の命そのものが危ない――そう考えた彼は、何とかこの場から脱出しようと動いた。


「す、すいません……ちょ、ちょっと資料の忘れ物を……」


「「「「「「「「「「「「「「あら、その心配はないですよ♪」」」」」」」」」」」」

「!?」



 だが、言い逃れをして逃げ出そうとした彼は更に愕然とした。何もかも瓜二つ、文字通り大量生産されたかのような女子大生たちが溢れているのは、このホールの中だけではなかった。ホールの外、キャンパスの中の建物という建物、施設という施設、そして大学全体そのものが、一面同じ姿かたちの女子大生でぎっしりと覆いつくされていたのだ。男から見えるのはその一部に過ぎなかったが、それでも無尽蔵に大量生産されたかのような女子学生の大群が、逃げ場を完全に塞いでいる事ははっきりと認識できた。いや、認識せざるを得なかったのである。

 そして、そのまま彼女たちはじわりじわりと男の包囲網を縮めていった。顔に優しげな笑みを浮かべたまま。


「や、やめろ……やめてくれ……やめて……」


 もはや威厳も尊厳も嘲りもなく、ホールに設置されたホワイトボードの前に追い詰められた男は今にも泣きだしそうな情けない表情で懸命に無数の女子大生たちの動きを止めようとした。だが、彼の想像力、彼の知識、そして彼の常識を遥かに超越した彼女たちと言う存在は、男1人の力で制御できる者ではなかった。

 自分はとんでもない依頼を引き受けてしまった――その事に気づいた時には、何もかも遅すぎた。


「「「「「「「「「「「「「「それでは、本日の講演……♪」」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「『簡単な「」の増やし方』、始めたいと思いまーす♪」」」」」」」」」」」」」」」」」


「はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」はーい♪」…


「う、うわああああああああああ!!!!」



 悲鳴を上げながら、笑顔を並べる無数の女子大生の肉の海に沈んだのを最期に、『カリスママネー講師』と名乗る男は消息を絶った。

 ○○女子大学という、どこにもそのような場所など存在しない、と共に……。


<おわり>

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