想いが通じる5分前

「おかえり。華恋」


 頼斗の顔が眩しすぎて直視できない。華恋は罪悪感を抱きながらもデートを終わらせようとした。


「今日は付き合ってくれてありがとう。望月くんと過ごせて本当に楽しかった」


 華恋はカバンを引き寄せて肩にかける。


「もう、有村さんのところに行ったら?」

「どうして愛の名前が出るんだ?」

「隠さないでいいんだよ。さっき話していたの見たんだから」


 泣くな、私。

 復縁したカップルを何組も見てきた。好きな人の幸せのために、モブキャラを演じきらなきゃ。


「今ならまだヨリを戻せると思う。『私が無理矢理デートに誘ったから、仕方なく付き合った』って言えば、分かってくれるよ」

「待って」


 頼斗は立ち去ろうとした華恋の手を掴んだ。


「愛とヨリを戻すつもりはない。さっきは愛の友達から浮気してると責められただけだ。愛が別れたことを伝えたおかげで丸く収まったんだよ」


 フラれた相手に助けてもらうって、かなり情けないよな。頼斗は苦笑いを浮かべていた。


「誤解してごめんなさい」


 頼斗は首を振り、自分の隣に座るように促した。華恋がソファーに座ると、別れた理由を話し始める。


「俺は愛に飽きられたんだ」


 王子の名に似合わないフラれ方だった。


「笑わないのか?」

「頼斗が悲しんでいるのに笑えないよ」


 脳裏に性格の不一致という言葉が浮かぶ。


 夏休み前から計算すると、交際期間は四ヶ月ほど。鬼門の三ヶ月を過ぎたころ、愛の中で迷いが確信に変わってもおかしくない。相手のために掛ける時間を、もったいないか幸せと捉えるか。その答えで心を決めたのだ。


 頼斗はやり場のなかった感情を吐露し始める。


「何を期待していたのかな。王子なんて呼ばれるのはブレザーのおかげ。みんな、中学までの俺を知らないんだ。時間内に板書を写せなかったり、優柔不断でクラスの足を引っ張ったりするような、お荷物扱いをされていたんだ。存在だけで癒されるようなキャラとは、あまりにも違いすぎる。付き合う前に俺は確認したよ。『それぐらいのんびり屋だけど、有村さんは耐えられる?』って。『気にしないで。そこが好きになったの』と言われたとき、俺は愛を大事にするって決めたんだ。だけど、文化祭の後から愛がイライラすることが増えてきた」


 もう少し要領よく話して。もっと早く歩いて。


 頼斗から吐き出される言葉に、華恋の胸は痛んだ。好きと言ってくれたところが苛立ちの種になるなんて悲しすぎる。


「少しは早く行動しようと頑張ってみたんだ。でも、性格は直せない。俺は理想の彼氏になれなかった」


 今度こそ彼女を満足させるデートにする。頼斗は何回もプランを練り直し、イメージトレーニングを重ねたようだ。だが、一緒に登校して愛のクラスまで送った後、唐突に別れを切り出された。


 だからこそ、デート前に振られたことが余計つらいんだ。涙が出そうになるのを必死に堪えていると、頼斗は華恋の頭を撫でた。


「失恋から立ち上がれないと思ったけど、華恋がそばにいてくれて気付けたんだ。次は、俺をまるごと受け入れてくれる人と付き合いたいって」


 嬉しいと思う反面、胸が苦しくなる。口調の雰囲気から、頼斗の未来に自分はいない気がした。


 華恋は泣き笑いになっていませんようにと祈りながら、できる限りの笑顔を作った。


「出会えるといいね、そんな素敵な子に」

「実はもう出会ってる」


 頼斗は喜びを隠せずにいた。


「気配りができて、遠慮しすぎるぐらい優しい。しかも、いっぱい食べるところが小動物みたいで可愛いんだ」


 やめて、その子の名前は聞きたくない。うなだれた華恋は拳を握る。


「もう華恋しか見えない」


 今日のデートで好きになったと告げられ、心臓が高鳴った。


 華恋は、頼斗を勢いで誘った自分を褒めた。遠くで見つめていたときより、肩が触れそうな距離で見つめ合う方が幸福に満ちていた。


「レンタルはこれで終わり」


 頼斗は華恋に顔を寄せた。唇の距離が縮まり、柔らかなキスが落とされる。初めての感触に華恋の頬は熱くなった。


「あぅ」

「よく照れるんだな。俺の今カノは」


 予想以上のことが起こりすぎて思考回路がショートしそうだ。スマホ貸してと言われたときも先が見えずにいた。


「はい。俺の連絡先」


 画面に映る電話帳に、華恋の顔は真っ赤になっていた。アドレスの下、グループの項目が彼氏と表示されている。


「かっ、か、かれ……」


 手の震えがとまらずにスマホを落としそうになる様子を、頼斗は温かい目で見つめていた。レンタルのときとは違う本命としての眼差しに、華恋は彼女になったことを実感した。


「頼斗。付き合うことで一つ約束があるの」


 これだけは伝えておかなきゃと思い、勇気を出して声を掛ける。


「有村さんとの思い出を話す頼斗の顔を見るのは好き。だけど、愛って呼ぶのはやめてほしいの。その……」


 嫉妬しちゃうから。


 結局ごにょごにょと言ってしまったが、頼斗は可愛すぎと華恋の頭を撫でながら約束した。


「じゃあ、俺からも頼みを聞いてもらっていいかな?」


 一瞬だけ満面の笑みが消え、低い声で華恋の耳に囁いた。


「次のデート、途中で帰ろうとしたら許さないから」


 ちょっぴり強気なところに惚れ直してしまう。


 ショッピングモールに六時を告げる鐘の音が響く。音色の余韻が静寂と溶け合うまで、華恋の唇は頼斗を離さなかった。

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レンタル彼女にキスはNG 羽間慧 @hazamakei

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