レンタル彼女はリードできない
もくろみ通りとほくそ笑むほど、したたかな女性ではない。
これからどうしよう。スマホで検索するのは印象悪いし。
自分から誘ったものの、レンタル彼女としての振る舞い方は全く分からなかった。知識が豊富ではない上に、レンタル彼女のアルバイトをした経験もない。
華恋は直感に任せて頼斗と約束をした。
ハグやキスは駄目、手繋ぎはオッケー。お互いに下の名前で呼び合う。レンタルの期限は今日の六時まで。
代行を除けば、高校生らしい健全なデートだと思っていた。だが、華恋にとっては刺激が強すぎた。人生初デートに浮かれる間もなく手繋ぎをされ、ときめきが止まらなかった。
主導権はすぐに握らせてもらえないらしい。
フードコートで注文したものは、醤油ラーメンと大盛りの豚骨ラーメン。コシのある麺に、煮卵とチャーシューが彩りを添えている。
華恋は髪を結び、スープを一口すすった。あっさりしたスープの中に共存する、濃厚な味わいが疲れた体に染みる。
うっとりとする華恋に、頼斗は恐る恐る尋ねた。
「華恋、一人で食べれるのか?」
「夕食前だから少なめだよ。いつもは特盛りと替え玉を注文してる」
一応、体育会系です。少しだけ胸を張り、大盛りを食べ進めていく。
「すげぇ。一口の量が多いけど、綺麗に食べてる」
「見るのはいいけど、せっかくの麺が固まっちゃうよ?」
頼斗も旨味を噛み締めるように口に運ぶ。
美味しいねと言い合いながら食べるラーメンは、普段の何倍も美味しかった。
「俺、かなりゆっくり食べるから、愛を毎回待たせてたんだよ。初めて華恋が同じペースに合わせてくれた」
落ち込んでいたのが嘘みたいと微笑む様子は、天使にしか見えない。
食事の後、天使は食器を返却してからアイス屋に引っ張っていった。
「金曜はカップル割だって。俺が奢るよ。どれでも好きなの選んで」
ガラスケースを覗き込む頼斗の顔が、今日一番の近さになっていた。心臓の音を聞かれていないか心配になる。
「さつまいもプリン」
「りょーかい」
店員に呼び掛け、自然に振る舞う頼斗が羨ましい。華恋はカップル割と聞いただけで顔が赤くなっていた。頼斗の注文したラズベリーのように。
「それと迷ったんだよね。新作で美味しそうだし」
席に着いてから華恋は何気なく言った。
だが、小さな呟きを頼斗は聞き逃さない。スプーンをすくって華恋の口元に持ってくる。
「あーん」
開き掛けた口を慌てて閉じる。
私が舐めたら、間接キスになるのでは?
さすがにそれはまずい気がした。
手繋ぎだけって言ったよね? 頼斗くん!
心の声で問いただしたが、頼斗は涼しい顔をしたまま動かない。アイスが溶けるまで待つつもりだろうか。
どうにでもなれと、スプーンに口を入れた。
甘酸っぱくて美味しいものの、別の甘さも混じっていてよく分からない。華恋は自分のスプーンにアイスを盛り、頼斗に差し出した。
「おかえし」
「何か照れるな」
さつまいもプリンのアイスを頬張りながら俯く頼斗に、華恋は顔を背けた。
恋愛対象として見られていると意識してしまいそうだ。
アイスを食べながら話した内容は、あまり覚えていない。
華恋は動揺を見せないように二人分のカップを手に取る。
「ゴミ、捨ててくるね」
頼斗の姿が見えない場所で、盛大な溜息をついた。
「あれは絶対、本命だけにする行為だよね?」
心臓がいくつあっても足りない。顔を袖で隠していた華恋は、ある結論に辿り着く。
昨日まで付き合っていた人ならば、今までの癖が抜けていないのかもしれない。あんなことがレンタル彼女にできるくらい、失恋の傷は癒えたのだろう。
嬉しいようで淋しい気持ちでいっぱいになる。
席に戻ろうとした華恋の視界に、見たくなかった光景が映った。
「有村さん……」
クレープを持った愛が頼斗と向き合っている。頼斗の表情は見えないが、追い払わない素振りから険悪な関係とは思えなかった。
心の片隅の片隅でもいいから私のことを見てほしい。そんな淡い期待は、元カノの前に消え失せた。
華恋は自分を見つめ直した。頼斗がフラれたと知ってすぐにデートを申し込むような、人の弱みにつけ込む最低な人間だ。
愛がどこかへ歩き去った後、頼斗は微動だにしなかった。
心変わりをして声を掛けられたのなら、愛を追えばいいのに。そう思ったとき、華恋は我に返る。自分が戻らないから頼斗が動けないのだと。
華恋は息をつく。
もう少しだけ、彼の優しさに甘えていたかった。
だが、どのみち頼斗とは一緒にいられない。
時計は五時五十五分に針を進める。二人で決めたレンタルの期限が迫っていた。
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