第30話 最終話 心残り

 聖子さんをあんこちゃんのお店まで送って、俺は少しだけ車外で煙草を吸っていた。最近止めていた煙草を吸うようになったのも、口が寂しいからだと思う…。

 聖子さんとの仲は、やっと拗れが取れたと思っているのに…、夫婦なのに先に繋がらない…。

やっぱりあんこちゃんのことが原因だと思うけど…。けどね…。

運転席を開けて、外に足を投げ出す形で座り、煙草の匂いが車の中に残っていないか確かめる。外で吸っても服に匂いってつくじゃん?ちょっとパタパタと上着を動かして、匂いが無くなったことも確かめ、ドアを閉めようとしたら灰色のちょっとデカい塊が飛び込んで来た。


「にゃわわーん」

おいおい、パパにゃんじゃないか…。どうした?

勢いあまってドアを閉めてしまったけど…。

後部座席の下にうずくまり、出て来ようとしないパパ猫が心配で聖子さんに電話を掛けた。

「今さ、パパ猫が車に飛び込んで来たんだけど…。どうしたらいい?」


◇◇◇


朝から不機嫌だったハッピーパパのことで、花ママは怒っていた。

「どうしても市井さんが気に入らないようね、パパは…。」

「とってもいい人だよね。」

「優しいし、よく遊んでくれるし…。」

「泣き上戸だけど。あんこちゃんのこと一番に考えてくれるじゃん?」

「いざって時は強いし…。」

「ご飯だって作れるし…。」


子ども猫たちだって懐いているし、どうあっても猫じゃ埋められない心の隙間を補ってくれる、あんこさんには必要な人なのに…。

「大人げないのよね。パパは…。一体誰に似たのかしら…。」

花ママは大きな溜息をついた。



◇◇◇


省吾さんからの電話を受けて、すぐに私はあんこちゃんと連絡を取った。

「もしよかったら、今晩一晩だけハッピーパパをお預かりしてもいいかしら?

もちろん、猫砂とかお食事とか、うちでご用意しますわよ。

以前、私も猫を飼っていたことがありますから、ご心配いらないわ。

明日の夕方にはご帰宅させますから…。」


聖子は腕まくりをして呟いた。

「よし、今晩はとっくりと話し合いをさせましょう。

さぁ、買い出しだわ!」


◇◇◇


猫用品や省吾さんのお酒を買い出し、自宅に戻ると省吾さんはパパ猫とごろ寝をしていた。省吾さんの腕を枕にして寝るパパ猫は、幼い子どものようだったわ。


二人?に声を掛けるとむっくりと起き上がり、寝ぼけたような顔でこちらを向く顔は、どことなく迷子になった幼子のようで、可愛らしくも見えたわね。


とりあえず、猫砂をセットすると、パパ猫は大人しくトイレをし、顔を洗い始めたわ。私は、水やエサを準備し、省吾さんにはお酒の準備をしてあげた。


「二人で愚痴の言い合いでもすればいいんじゃない?」


一通り、部屋の探検が終わったパパ猫は、準備してあげた猫用クッションにデンと座り、身体を舐め始めたわ。ちょっとだけ、落ち着いたようね。

省吾さんのために買ってきた日本酒やおつまみを準備し、猫の爪とぎとマタタビを用意してから家を出る。


「明日の昼頃、子どもたちと戻って来ますから…。二人仲良くしてね!」

それだけ言って、子ども達を連れて実家へ向かったわ。

今晩は、お寿司を美味しいものを食べに行こうかしらね。


◇◇◇


「行っちゃったね…。」

省吾が寂しそうに俺に話しかける。


「パパにゃんは、あんこちゃんが結婚するから淋しいんでしょう?」

俺の心の中を覗くな…って思う。


「俺はさ、あんこちゃんが結婚するかもって聞いただけで淋しいよ?」

お前はダメだろう。聖子さんがいるじゃん!


「でもさ、言えないんだよね。だって俺には聖子さんがいるからさ…。」

既婚者なんだから、当たり前だろ!


「でもさ、本当に好きだったんだよ。あんこちゃんのこと…。」

あんなに素敵な奥さんがいるじゃん。


「初めてあんこちゃんに会った時、こんなに可愛い子いないって思ったよ。」

それは俺も同感。ビビビッて来たよ。俺を飼ってくれって全身でお願いしたよ。


「俺を好きになってくれって本気で思ったよ…。」

だから、囲っちゃったんだね。でも、聖子さんも捨てられなかったんだろ?


「聖子さんはね、俺の女神なんだ。一生を掛けて幸せにするって決めた女性だったんだ。でもあんこちゃんも好きになってしまって…。」

優柔不断な奴だな、省吾ってさ…。まぁ、俺にとっても花ちゃんは女神だけどさ。


「俺は自分の中に込みあがる気持ちが抑えきれなくて…。でも、聖子さんも裏切れなくて…。不能になった…。」

男としては情けないな…。でもそれで良かったんじゃないか?


「今ならそれで良かったって思うよ。本当はね…。あんこちゃんのことが好きだったから、そのままでいて欲しかったのかもしれない。」

でも。あんこは本当は省吾とともに生きていたいって思っていた時期あったんじゃないか?


「あんこちゃんが落ち込んでいた時期があってね…。俺が既婚者だってことを打ちけたあと…。当たり前だよね。こんな事実聞きたくなかっただろうに…。」

俺だったら刺すな…。


「怒ると思ったけど、もう気持ちが離れていくかもって思ったけど…。」

あんこは、それだけ省吾が好きだったんだろう?


「気持ちを切りかえるかのように、猫を飼いたいって我儘を言ってね…。」

ほう、そこで俺が登場したのか…。


「ペットショップで君を見つけた時のあんこちゃん、可愛かったなぁ…。」

俺も天使かと思ったよ…。


「花ちゃんという伴侶を見つけてきて、『猫家族を作りたい』って言われたときは泣けてきたよ…。」

花ちゃんは美人さんだったし、俺も納得の家族だぞ?


「俺との家族が作れないから…。あんこちゃんの家族関係のことを考えると、幸せな家族を早く欲しかったのかもしれないのに…。」

俺は愛情を持って家族を大切にしてるぞ?


「この間、息子にあんこちゃんのこと、従妹か子どものように見ているって言われて…。」

そうだな…。俺も自分の家族と比較すると、最近はあんこのことが娘のような気持ちになるときがあるな…。


「いつの間にか、彼女とかではなく、本当の家族のように思えてきて…。」

そうか…。うん。うん。娘を想う気持ちってやつなんだな…。


「娘の成長を願う一方で、嫁に出す気持ちが強くてさ…。」

おう、それな。それが一番俺の気持ちに近いかも…。


「パパにゃんは、いいよね?あんこちゃんの子どもと一緒に過ごせるんだよ?」

あー!そうか、それ俺できるじゃん。役得じゃん。


「俺の心残りは、それなのかも…。」

遊びに来ればいいじゃん?


「あんこちゃんに子どもが出来たら、遊びに行ってもいいかなぁ?」

あー。俺は歓迎してやるよ。大丈夫だよ、市井は心が広いしな…。


「市井君はいい男だよね?」

俺も本当はそう思ってるよ。今はさ、ちょっと拗ねてるだけさ…。


何だか俺は、省吾の愚痴を聞きながら、俺と花ちゃんとの関係や省吾と聖子さんの関係を考えていた。

何か似てね?あんこを守りたいって気持ち…。

だから、この夜は省吾の気持ちに共感できた大人の俺を褒めてやることにしたんだ。

俺って猫なのに、多分省吾より大人だろ?


翌日帰宅した時には、こってりと花ちゃんに叱られると思ったけど、笑われただけだった…。

送ってくれた聖子さんも笑っていたけどね…。

何か似てね?聖子さんと花ちゃんって…。


省吾と俺は素敵な奥さんの手の上で転がされているって感じなのかなぁ…。


◇◇◇


省吾と泣き明かした夜から数えての半年後、あんこと市井は結婚した。

もちろん、厳かな結婚式には省吾も聖子さんも、中原夫婦もシスコン兄貴夫婦も…その他諸々(あんこのお袋さんも出席したとか、しないとか…)が出席し、盛大かつ楽しい披露宴も行われた。

俺たち猫はお留守番だったけど、高価なマタタビが用意され、幸せに酔いしれることが出来た。

あんこの幸せが俺たちの幸せなんだって本当に思う。

俺に猫家族を作ってくれて、ありがとう。これからも宜しく頼むよ!



結婚式の写真の隅に神原と省吾の息子が並んで写っていたのが、ちょっと気になるけど、これは後日のお話ってことで…。


めでたし、めでたしだな?

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猫カフェ「11Cats」にようこそ 糸已 久子 @11cats2dogs

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