第52話 雑炊(特別メニュー)④
「はい、『羊の弁当屋』です。はい、チャーハンを三人前ですね」
「マサヨシー。東門の近くの家のトンカツカレーできたよー!」
「カルディナお姉ちゃん! 新しい卵どこー?」
「保冷庫の左下にあるよ!」
創立祭の最終日。
営業を再開した店内は、夕方頃から怒濤の注文が押し寄せて目が回るほどの忙しさになっていた。
カルディナが「最終日だけは注文が増えると思う」と予想していた通りだ。
その理由は、創立祭の最終日を締め括るものとして夕方から夜まで国中で打ち上がる花火。
屋外で楽しむ人々がいるのはもちろんのこと、自宅から花火を楽しむ人々も多くいるのだ。
そんなわけで、現在『羊の弁当屋』には注文が殺到していた。
とはいえ、今日は三人に加えてララーやユルルゥも手伝ってくれているのでかなり助かっている。
ユルルゥのおかげで食材に火が通る時間が短縮。
近場の注文はララーが飛んで持って行ってくれているので、その分正義がバイクで回れる件数も増える。
そんなわけで、どうにか混乱せずに運営できていたのだった。
街中を宅配バイクで駆ける正義の頭上に、大輪の花が咲き続けている。
いつもより明るい夜のヴィノグラードの街。
人々の喧噪も合わさり、正義も自然と気分が高揚する。
日本にいた時も似たような状況で宅配をしたことがあるが「花火大会の日までバイトか……」と、少し鬱屈した気持ちで回っていた。
でも、なぜか今日はそんな気分にはならない。
『私、宅配を始めてから毎日がすっごく楽しくてさ……』
カルディナが倒れた時に言っていた言葉が、ふと脳裏を
(あぁ、そうか。俺も今、心から宅配を楽しんでるからか)
腹の底に響く大きな音も、露店に群がる人々も、笑顔で夜空を見上げている人々も、今の正義にとっては宅配の楽しさを演出する一部だ。
こんな気持ちで宅配バイクに乗れる日が来るなんて、この世界に来るまでは思ってもいなかった。
「……よし」
小さく呟き気合いを入れ直すと、正義は鋭くも楽しそうな目付きで前を見据え、目的地を目指すのだった。
店内が落ち着いたのは、営業時間が終了してから。
花火はまだ続いており、これからいよいよクライマックスに向かうという時間だった。
「みんなー、本当に今日はお疲れさま! 遅くなったけど今日の晩ご飯だよー」
力を出し切り、テーブルで休んでいた皆にカルディナが明るい声で皆に配ったのは、ハンバーグ弁当だった。
もうすっかりおなじみのメニューになったそれを、疲労を浮かべた顔でそれぞれが受け取る。
「……思えば、この弁当が全ての始まりだったからね」
「そうですね……」
お礼のつもりで正義が提案した宅配。
それがカルディナの生活をここまで変えることになるなんて、当時は考えていなかった。
「本当にありがとうマサヨシ。何度お礼を言っても言い足りないよ」
「俺の方こそ、得体の知れない人間を無条件で助けてくれたこと、ずっと感謝しています」
「はいはいお二人さん。そういうのはせっかくだから花火が見える所でしなさいな」
横からララーにツッコまれ、二人は同時に顔を赤くする。
「ねえ、2階のベランダで食べようよ。そこからなら花火が見えるから」
チョコの提案に皆は諸手を挙げて賛成し、早速ぞろぞろと移動する。
はたしてベランダに着いた一行を待っていたのは、今日一日を労うかのような次々と上がるオレンジ色の花火だった。
「すごいすごーい!」
「こ、これは圧巻です……!」
花火にはしゃぐチョコとユルルゥ。
正義たち三人も巨大な花火に目を奪われる。
「まぁ色々あったけど、これからもよろしくってことで!」
酒瓶を開けて手を突き上げるララー。
「うん、明日からもまたよろしくね!」
続けてカルディナが満面の笑みで正義に振り返る。
「はい!」
正義も笑顔で応え、そっとベランダに腰を下ろしてハンバーグ弁当を頬張った。
『大鳳正義』としてではなく、『マサヨシ』としてこの世界でずっと生きていく――。
既に心に決めていたその決意は、この瞬間さらに強固なものになる。
顔を照らす花火を見ながら、マサヨシは口内に広がるハンバーグの味を噛みしめるのだった。
第一部 終
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ここまで読んでくださりありがとうございました。
第二部は書き溜め中です。
まだまだ登場させたい弁当がたくさんあるので、再開まで気長にお待ちくだされば幸いです。
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バイクごと異世界に転移したので宅配弁当屋はじめました 福山陽士 @piyorin92
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