無言緊急通報事件
@eleven_nine
(約5000文字) 短編 【無言緊急通報事件】
【無言緊急通報事件】
テレビのニュース番組にて。
『先月上旬ごろから○○県○○市にて発生していた『無言緊急通報事件』の犯人が、今日未明逮捕されました。
犯人は自称『誰にも理解されない役立たずの無能』と名乗っているそうです。
事件の概要は、不在の住居もしくは建築物から無言での緊急通報が相次ぎ、消防や救急隊、警察が到着しても何もトラブルなどは発生していなかったというものです。
警察関係者への取材によると、犯人はこう答えたそうです』
「動機? そんなもん決まってるだろうが。世間の注目を浴びて、オレのこの世に対する存在価値を知らしめるためだ! ついでに金目のものも盗んでやったぜ! ギャハハハハ!」
『警察は愉快犯のおこないだと断定して、近日中にも書類送検するとのことです。
……では次のニュースですが、全国各地で多発している詐欺事件の犯人はいまだに……』
裁判所にて。
「ではこれより事件の裁判をおこないます。被告は前へ。
被告はなぜこのような事件を起こしたのですか」
「警察にも言ったが、オレの存在価値をこの世の中のバカどもに知らしめるためだ。ついでに高級腕時計とかの金目のものを盗んで、大金持ちになるためだ」
「検察官。いまの発言は事実ですか」
「はい。実際に被告人が侵入した住居および建築物から、金目のものが盗まれていました。被害総額はのべ数百万円から数千万円ほどに上るとされます」
「よろしい。では弁護人。いまの検察官の発言に何か反論はありますか」
「いいえ。検察および被告の発言は正確であり、異論を挟む余地はありません」
「よろしい。では次に証人の証言を聞いていくことにしましょう。まず証人の年齢と職業を述べてから、証言してください」
証人A。
「25歳。OLをやっています。ある日仕事から帰ってきたら家の周りにたくさんの人が集まっていたのでびっくりしました。聞いてみると私がいない間に通報されていたそうです。あとで家のなかを確認してみたところ、通帳などは残っていたので安心しましたが……」
証人B。
「50歳。職業は貿易商をやっとります。証人Aさんと同じである日私がいないときに勝手に通報されていました。私の場合は金庫が開けられて、部屋の中も荒らされて金目のものが大量に盗まれておりましたが……」
証人C。
「36歳。会社員です。事件の内容は他の方とほとんど同じです。ただし私の場合は小学生の娘が縛られて、床に転がされていました。とても怖かったようで、全身震えていて、何回も殴られたり蹴られたりしたみたいであざだらけで、涙を流していました。数年前に妻が他界して一人で育ててきた大切な愛娘なのに、とても悔しいです……!」
「被告人。証人の証言に何か間違いはありませんか」
「あるわけねえだろ、ハゲジジイ⁉ ギャハハハハ!」
不愉快な顔を浮かべる裁判長。
「検察官と弁護人は何かありますか」
「ありません」
「こちらも同様です。精神鑑定を試みましたが、結果は正常とのことで、精神に異常は全く見られませんでした。弁護士としてこんなことは言いたくありませんが、残念なことに、被告人には情状酌量の余地もないかと思われます」
「よろしい。それではこれより判決を言い渡します。被告人は前へ」
法廷の真ん中に立つ被告人。
「判決……
【有罪】
被告人には懲役刑を言い渡します。ゆっくりと自分のおこなった罪について考え、償うように。それではこれより事件の裁判を終わりにします。閉廷」
「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
法廷中に被告人のあざ笑う声が響き渡った。
この世の全てをあざ笑うように。
そのとき法廷の扉が勢いよく開かれる。
「異議あり!」
裁判長や検察官、弁護人に証人、法廷にいたすべての視線がそこに立つ人物に注がれる。
「裁判をやり直してください! この事件はただの愉快犯の犯行ではない!」
「あなたは誰ですか」
「私は探偵です。この事件が気になったので、独自に調べてきました。この事件の裏には、警察や検察、弁護士にもつかめていない裏の真実が存在します」
不愉快な表情を浮かべる検察官。
「はははは。探偵とか、まったく意味が分かりませんね。裁判長、裁判をやり直す必要はありません。こんなうさんくさいやつなど裁判所から追い出してください!」
「…………。弁護人はどう思いますか」
「検察官に同意です。得体の知れない者の話を聞く価値はないかと思います」
「ふうむ……」
考え込む裁判長。
「……そうですね。検察官と弁護人の言う通りだと、私も思います。それではこれにて裁判を終わりにします」
「いいのですか?」
静かに問う探偵。
「事件の本当の真実を知ることなく、表面だけをなぞった判決をして、いいのですか。真実を見極めることが、あなたたちの使命なのではないのですか?」
眉を動かす検察官と弁護人、そして裁判長。
「ただのハッタリだ。裁判長、こんなやつの挑発に乗る必要はありません」
「検察官に同意します。事件の真実はすでにすべて暴露されています」
考え込む裁判長。
「…………いえ、検察官と弁護人には申し訳ありませんが、気になります。探偵という方、話してください」
「「裁判長!」」
「まあまあ。落ち着いて。話を聞くだけですから」
証人台に立つ探偵。
「この事件は一見愉快犯の犯行に見えますが、実は裏には凶悪な犯罪意識が存在しているのです。私たちはそれを知らなければならない」
「探偵とやら、前置きが長いのではないですか。あなたと違って、私たちには他にも大事な仕事があるんだ。これ以上時間を無駄にするのなら、法廷侮辱罪を適用しますよ」
「検察官の言う通りです。話は短くまとめてください」
「分かりました。では端的に進めます」
証人Aを見る探偵。
「証人A。半年ほど前、あなたの恋人が謎の失踪を遂げましたね。申し訳ありませんが、あなたの不在中に勝手に家をあらためさせてもらいました。あなたの恋人は、あなたの家の裏庭の土の中に骨になって眠っていましたよ」
動揺する証人A。騒然とする法廷。木槌を鳴らす裁判長。
「どういうことですか、探偵」
「簡単なことです、裁判長。証人Aは恋人を殺し、裏庭に埋めた。恋人の白骨と一緒に血にまみれた証人Aの衣服と、証人Aの指紋が付着した包丁が出てきました」
次に証人Bを見る探偵。
「証人B。あなたの会社は倒産寸前だったが、数か月前からなんとか持ち直したそうですね」
「そ、そうだ! それがどうした!」
「奇妙なことに、あなたの会社が持ち直した時期と、いまなお犯人が捕まっていない全国の詐欺事件の発生時期が、見事に重なるんですよ」
「……! そ、そんなの、ただの偶然に過ぎない!」
「詐欺に使用されたウェブサイトは海外経由で特定は難しかったのですが、苦労して調べた結果、あなたが使用しているパソコンのIP情報へとたどり着くことができました。盗まれたという金品は、その詐欺によって得たものですね」
「そ、そんなわけ……」
「ちなみに、盗まれた札束や金品は、すべて警察に届けられていたようですよ。匿名希望でね。詳細については現在調査中みたいですが、じきに元の持ち主へと返されるでしょう。どのようにしてあなたがそれらの品々を入手したのかということも、含めてね」
「…………⁉」
立ち上がって反論していた証人Bは、力をなくして椅子へと崩れ落ちた。
そして証人Cを見る探偵。
「証人C。あなたは……」
「ウソを言っても無駄だ! 私はただの被害者だ! 私の娘は実際にあの被告人に縛られて、身体中殴られたり蹴られたりしているんだぞ! な、そうだろ!」
隣に座る娘に同意を求める証人C。びくりと肩を震わせて、当時を思い出して怖がるようにうなずく娘。
「見ろ。探偵だかなんだか知らないが、おまえは私の娘がウソをついているとでもいうのか!」
「……誠に申し訳ありませんが、あなたの家の中に隠しカメラを仕掛けさせてもらいました。その映像がこれです」
プロジェクターが用意され、映し出される映像。
傷付き、身体中に包帯を巻いた少女を殴り、蹴り、罵詈雑言を浴びせる証人Cの姿が映っていた。
「ウソだ! こんなのはデタラメだ! 加工してデッチ上げたフェイク動画だ! こんなものを作るなんて、名誉棄損で訴えてやる‼」
照明が灯される室内。証人Cの娘を見つめる探偵。
「…………。証人Cが言ったことは本当かい。本当にきみを傷付けたのは、この事件の犯人だったのかい?」
娘の肩をつかむ証人C。
「そうだろ! お願いだから、そうに違いないと言ってくれ! おまえを傷付けたのは、あの気が狂っているとしか思えない犯人なんだろ⁉」
びくりと身体を震わせて、うなずこうとする娘。
静かに、諭すように、探偵は口を開いた。
「きみを傷付けた者を指さすだけでいい。すべてを決めるのはきみ自身だ。これからのきみの運命は、いまのきみの決断によって決まるんだ。それは怖いことかもしれない。報復されるかもしれない。でも、いま勇気を出さなければ、きみの人生はずっと、一生このまま、いまと変わらない同じままだ。
――きみ自身の決断で、運命を切り開くんだ……!」
探偵を見つめていた娘は、おびえていた瞳に少しだけ光を戻して、目の前にいる証人Cを指さした。そしていまにも消えそうな、か細い、小さな声で言った。
「……わたしを縛って殴ったのは……お父さんです……」
カッと鬼の形相を浮かべた証人Cが娘の頬を殴る。床に倒れた娘のお腹を、怒りに任せて勢いよく蹴りつけた。
「このやろう! いま自分が何を言ったのか分かっているのか、バカが! だからおまえはバカなんだ! おまえの母親と同じで……」
何度も蹴りつける証人C。そこで気付く。首を巡らして。法廷の中が静まり返っていることに。
自分の置かれた状況を理解して、証人Cは扉へと駆けた。気を持ち直した裁判長が叫ぶ。
「取り押さえなさい!」
……。…………。……………………。
「検察官。証人A、B、Cは?」
「三人とも緊急逮捕されました。現在は取り調べを受けています」
「よろしい。それでは弁護人、被告人を前へ」
法廷の真ん中に立つ無言緊急通報事件の犯人。
「被告人。あなたは証人Aの殺人、証人Bの詐欺、証人Cの家庭内暴力を露見させるために、それぞれの家屋に浸入し、くだんの無言緊急通報事件を起こした。この事実に間違いないですね」
無言のまま答えない被告人。
代わりに弁護人が口を開く。
「被告人の代わりに答えます。自称探偵の用意した数々の証拠から、それらの事実は明らかです。無論、それらの証拠が本物かどうか、これから念入りに調査する必要がありますし、探偵がおこなった証拠集めは違法行為ですがね」
探偵が肩をすくめる。
「固いこと言ってたら探偵は務まりませんよ」
裁判長が首を振る。
「そのことについてはあとで厳重注意します。以後気をつけるように。それでは判決を言い渡します。判決……有罪。たとえ巧妙に隠された犯罪を露見させるためとはいえ、被告人が家屋に無断侵入した事実は変わりません」
「ギャハハハハ!」
被告人が笑いだす。
「ほら見ろ! やっぱりテメーらは何も分かっちゃいない。世の中にはな、こうでもしねーと捕まらねえやつらがたくさんいるんだよ! 本当の極悪人を捕まえるにはな、自分も悪人になるしかねえだろーが! くそった……」
「……と、言うべきところなのでしょうが、今回は事情が事情です。証人Bの金品を盗んでいますが、そもそもそれらは盗品みたいですし、警察にすべて返しているようですしね。情状酌量の余地ありということで、今回は厳重注意だけで、大目に見たいと思います」
あんぐりと口を開けて、呆然とする被告人。
木槌を鳴らす裁判長。
「判決。被告人は……
【無罪】!」
拍手喝采。どよめき沸く法廷。
裁判長が木槌を鳴らした。
「これにて【無言緊急通報事件】の裁判を終わりとします。閉廷!」
裁判所から去ろうとしていた探偵の背中に、元被告人が声を掛けた。
「ちょっと待てよ。余計なことしやがって。オレはまだ、あんたの名前を聞いてないぜ」
トゲのある声に、しかし探偵は振り返らない。
「名乗る必要はないさ。きみがあくまで【偽悪】を貫くつもりなら、私もあくまで【探偵】を貫くまで。運命に導かれたのなら、またどこかで会う日もあるだろうよ。じゃあな【偽悪者】」
背中越しに手をヒラヒラと振って、探偵は悠然とした足取りで歩き去っていった。
…………【偽悪者】と名乗る正体不明の人物による犯罪暴露事件と、それを追う【探偵】の活躍は、また別のお話…………。
【完】
無言緊急通報事件 @eleven_nine
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