第14話 森での遭遇(2) 魔族兵 

(……変なやつらだった)


 さて、次はこっちか。

 

 A等級を名乗る冒険者たちを追い払い、背後の魔族を振り返った。


 すると、待ちきれなかった様子で、せきを切ったように傷だらけの魔族から話しかけられた。


「あ、あんた、人間の姿をしているが、そのこぼれ出てる魔力、魔族なんだろ? 助けて貰っておいてなんだが、頼みがある。オレの代わりにキプロティアにしらせに行って欲しい」


(あ――っ!! 結界で魔力隠すの、うっかり忘れてた)


 なんというミステイク!!


 幻術を使っても魔力を隠さない限り、魔族にはバレる。そう聞いてたのに。

 自分の失態を反省しつつ、一考の余地なく願いを断る。


「それはない。やっとキプロティアから出てきたところなのに。何かあるなら自分で行ってくれ?」


「やはり同族か! 頼む、この状態ではとても飛べないんだ。急を要する。後で必ず礼はするから」


 必死の形相で頼んでくるので、大変なことが起こっているらしい。

 でも嫌だ。

 やっとここまで来たのに引き返すなんて。


「礼なんてしなくていいから。飛べないなら、俺がその傷を治すよ」

 

 驚きの大サービス。自分で自分を疑う言葉が口をつく。まだ何の話も聞いてないというのに。

 ま、でも確かに痛まし過ぎるもんな。治癒くらい、かけてやるか。


 そんな俺の思いをよそに、魔族がもっともなことを言い始めた。


「いいや、治癒術は効かない。この焼き印の魔術式のせいで闇魔法は……」


「闇魔法は遮られるんだろ? 神聖魔法なら通るはずだ」


「? 何を言ってるんだ? 魔族に神聖魔法の行使は無理だ。あの術を使うには神への信仰か、神をも捻じ伏せる程の魔力がないと。そんなことが出来るのは――」


 魔族の言葉は、俺の手の中に生まれた光を見て止まる。


(だから、俺は女神セレイアを信仰してるんだってば)


 アトレーゼの住民は、ほぼ全員がセレイアの信徒だ。

 ましてや俺は、養母の熱心な聖堂通いに付き合ってたおかげで、儀式の特殊な祈祷文まで暗記してしまった筋金入り。たとえ魔族になったからと言って、そりゃ術のひとつやふたつ、支障なく発動しなきゃ……泣く。


 目の前の魔族が静かになった合間に、術の式を可視化して、魔族の身にも問題ないよう素早く式を書き換える。

 これを忘れると治癒のはずが逆に悪化して、悲しい思いをすることになる。火傷は激しく痛かった。


 魔族も思い至ったのだろう。我に返って叫び始めた。


「待ってくれ! いや、待ってください! 神聖魔法を使うと余計に傷が広がります!!」

「わかってる。そうならないよう、いまから大丈夫」


 怯える魔族に近づきしゃがむと、彼に対して神聖魔法の光を向けた。使う術は”完全回復”。

 百聞は一見に如かず。


 魔族の角と頬、そして傷だらけの全身を癒しの光が優しく撫で、欠損部位を跡形なく復元していく。

 切られた角が再び生え、頬の焼き印が消えると同時に、魔族の身体に漲るような魔力が駆け巡るのが感じ取れた。

 元に戻った角色は灰青の鉱物似で、放つ魔力は中位以上。なかなかに強いな。

 それがあんな冒険者に追われるなんて、辛かったろうな……。


 はっ、待て。俺はどっちの味方だ!? 


 本人も呆然と傷の消えた己の手足を見、そして角を触って確認し、術のための魔力の流れを身体の内で確かめている。

 (半ば放心してんなぁ) と思ったのも束の間、突然現実に戻ってきた魔族は、涙まで浮かべて俺の足元にひれ伏してしまった。


「知らぬこととはいえ、ご無礼を! 申し訳ありませんでした! 魔王陛下・・・・!」


「んぁぁぁ?! な、何やってんだ! 俺は魔王じゃないっっ。勘違いするな」


 突然何を言い出すか、この魔族は!


「神を捻じ伏せての神聖魔術が使えるのは、キプロティア広しと言えど、魔王陛下ただおひとりのみ!」

「違うから! 信仰心があれば誰でも使えるから!!」

「魔族が神族を信仰するなど有り得ません。そして神族が魔族に力を貸すはずもありません」


 そんなこと言ったって、俺がその状態ですけど?!


「角を治していただきました今、はっきりとその比類なきお力をこの身に感じております。神聖魔法を書き換えて用いる等の高度な御業みわざ、陛下以外の何者に可能でしょうか」


 角無しだと魔力の受信機能が落ちてたのか。

 じゃなくて!

 俺のことを、魔王、魔王と連発するのは止めろ! 

 あいつと間違われるなんて、精神的な打撃がデカい。


「だから違うって! ほら!」


 否定しても聞いてくれない魔族に、たまりかねて幻術を解く。


 彼は目をしばたかせると、困惑したように目の前に現れた子どもの名を呼んだ。


「エトール、様?」


 どういう立場の魔族兵なのか知らないが、エトールの面が割れてた。


「王子殿下がなぜおひとりで……。ここはもうアトレーゼです。どうしてこのような場所にいらっしゃるのです? 城を出られましたこと、陛下はご存じなのですか??」


 魔王と間違えた時とは別の意味で動揺しているらしい。

 戸惑いながらも、またまた矢継ぎ早に質問が飛ぶ。慌ただしい魔族だ。


 俺の馬鹿。エトール姿をさらしたのは大失敗だった。

 知らぬ存ぜぬで無視してさっさと立ち去れば良かった。

 が、やってしまったことは仕方がない。


「魔王は知ってる。だから気にするな」


 ああ、声が子どもに戻ってしまった。


 最後の問いに短く答えただけだったが、それでも魔族兵は少し安心したようなそぶりを見せた。


「でも一体……」


 呟きながら、急に思い当たったように表情を引き締める。


「もしかして妹姫様のご様子を見に? 我らと合流されるご予定だったのでしょうか? それでも供がいないというのは……。とにかく、マーデンの森の館が荒らされていたので驚かれたことでしょう。キプロティアへの急ぎのご報告というのは、その件なのです」


 つまりこの魔族は”エトールの妹についてた兵士”ということか。

 そういえば王妃が言ってた”エ”のつく兄妹の中に長期不在中ってヤツがいたけど、そいつかな。


 エトールの妹のことなんて全然頭になかったし、マーデンの森にも立ち寄ってない。上を飛んだだけだ。今度はどんな勘違いを……?


 のんきな思考は、次に続いた言葉で打ち切られた。


「エティエル様が! 王女殿下がアトレーゼの人間に捕らえられてしまいました!」


「……え……?」


 なんかいま、面倒なこと、言わなかった?

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魔族の王太子、演(や)ってます~元勇者パーティーの魔術師なのに、魔王の息子にされた?~ みこと。 @miraca

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