第13話 森での遭遇(1) 冒険者たち

 キサ村の宿を出て、再び翼を使った後、いま、アトレーゼ近郊の森に着いていた。時刻は昼。


 最初は、王都までのんびり歩いて帰ってもいっかなーとさえ、思ってはいたんだ。

 “勇者聖剣持ち逃げ事件”なんて、おかしな話を聞いてなかった時は。


 あまりのデタラメ話に、出所と状況を確認せねばと、いてもたってもいられなくなり、(もし目撃したら、白い翼は魔族じゃなくて鳥だと思ってくれ!) なんて念じながら、上空を急いだ。

 14年経過してる。いまさら急いでも仕方ないとはいえ、割り切れるもんでもない。


 キプロティアで絶景な夜明けを見たおかげか、高所はすっかり怖くなくなっていた。


 下降しながら”幻術”を発動させ、着地と同時に”セレム”の顔を上げる。余裕でそんなことまでやってのけ、手近な岩に腰かけて、『黄金の兎亭』の弁当を食い終わったのが、つい今しがた。


 パンと小さなリンゴのみの昼ご飯だったが、なんせ昨晩と、そして朝も食べ過ぎてる。

 その上、水筒と保存用の干し肉、木の実まで貰ってあるから、不安はない。ここまで来たらすぐに王都で、都に入れば何の店でもある。


 問題は、どうやって王都内に中に入るかだが……。


 手の中の身分証をめつすがめつ考える。


(これ、使って大丈夫かな……)


 破損したセレムの身分証。

 苗字部分は読めなくとも、王都の検閲には間違いなく魔力照合機がある。発行元や身元が的確にわかる。まさか勇者の仲間として指名手配されてたり、なんてことはないと思うけど……。

 事情聴取で拘束される、とかなると面倒だ。


 夜を待って空から忍び込む? 嫌だな。


 むしろ夜にこそ目立つ白い翼。それに夜まで時間を無駄にしたくない。


(どうしたものか)


 思案していると、ふいに何かが聞こえた。

 森の自然音とは異質な、それに微かな人の……悲鳴?!


(誰か襲われてる?!)


 慌てて集中し、音と気配を辿る。

 方角を特定した時には走り出していた。




(いた!)


 視線の先に大木を取り囲む角犬の群れ。

 その木の端から、人の足がのぞく。

 追い詰められて、木を背にしたか。


 森とはいえ王都近くだけあって、常に冒険者たちが掃討を繰り返している。

 強力な魔物は出ないはずだったが、戦闘力のない人や負傷した者には角犬でも十分な脅威となる。


(この季節に昼間から人を襲うなんて)


 珍しい。血の匂いに誘われ出た? なら獲物は怪我人。急がないと。


 まだ距離がある。

 走りながらの命中率を上げるため、杖を介して術を放とうとしたが、アーレムは俺の魔力をさらっと無視した。当然、術は不発。


「アーレム、おまえっ、いい加減にしないと燃やしちまうぞ!」


 魔力を押し返して来た杖相手に毒づきながら、今度はアーレムを通さず風魔法を撃つ。

 大雑把な狙いだったが、今まさに人に飛び掛かろうとしていた個体は跳ね飛ばせた。


 その間に現場に着くと、人を庇うように木と角犬の間に割って入る。


(数は……12!)


 基本中の基本、瞬時に見て取る。

 新人などは「1、2、」なんて悠長に数えているヤツがいるが。

 ないから。

 そんなことしてたら動く敵に飛び掛かられるから。


 簡単なんだけどね。ぱっと見て把握できる最小単位、例えば4匹括りで3グループと視界に焼き付け、あとは脳処理。4匹が3組なら「4、4、4で12」といった具合。慣れれば意識せず10単位でも100単位でも楽に測れる。


 角犬たちは密集してる。

 まとめて術の効果範囲だ。


「氷結!」


 魔力を多めに注ぎ込み、強めの”氷結”呪文を見舞うと、たちまち12匹の角犬は体内まで凍り付いた。

 その氷の彫像群に向けて、風魔法で衝撃波を放つ。


 あっさりと角犬の氷漬けは粉砕され、細氷さいひょうが光を浴びて輝きながら地面に吸い込まれていった。あ、跡形ないな。


 エトールの魔力は少量でもえげつない。凝縮されているとでも言うのか、意識して抑えない限りセレムのそれ・・より強力でキレがある。

 ……ご愁傷様。


 さっきの人は?


「大丈夫ですか?」


 声かけながら振り返り……、姿を見て息をのんだ。


(魔族だ!)


 助けた相手が俺を見上げた目は、金色。魔族だった。


(あ――、成り行きで魔族助けちゃったか。ま、いいや) 


 ……え、良くないだろ?


 抵抗なく飲み込んだ自分に、自問する。


 まずい。エトールの感情を持ち越したせいで、魔族に対する偏見が消えてる。

 以前の俺なら考えられない。

 相当、影響を受けてるな……。平気か、これ。後で問題出ないかな。


(に、してもどうして魔族がアトレーゼの王都近くの森にいるんだ?)


 お仕着せらしい鎧を着用していることから、おそらく魔族の兵士。

 日頃訓練を積んでいる兵職が、抵抗も出来ず角犬に追い詰められるなんて。


 疑問に思って、よく見直す。


(体中ボロボロじゃないか……)


 目の前の魔族の状態は、実に無残なものだった。

 殴る蹴るの暴行を受けたと思われる無数の痣に加え、たくさんの切り傷。

 服も破れてあちこちに血がこびりつき、鎧まで無残に傷んでいる。

 到底、満足に動ける状態ではない。


 何より極めつけは――、切り取られた角と頬に押された焼き印。


(えっ……、何だこれ、酷すぎる)


 特に角の切り口は、一度に切らずに時間をかけて切ったかのようにギザギザに乱れていて粗い。

 失神する程痛いって、魔王から聞いたばかりだ。

 それをじわじわと? よく出血多量で死ななかったな?


 そして顔に! 焼き印!!


 信じられない思いで、印の種類を読み、その内容につんのめりそうになった。


 これ、”魔術封じ”の魔術式だ。

 魔族兵が魔術で角犬を撃退出来なかった理由はこれか。

 身体に直接”魔術封じ”を焼き付けるなんて。

 ぞっとした。


 そして、この”魔術封じ”の焼き印には、なんと”闇魔法遮断”の式まで器用に組み込んであった。

 こんな難度の高い術を、複数まとめて効果が出るよう上手く組み合わせるなんて、かなりの技術が要求される。

 よほどの天才か熟練の魔術師、そして最高峰の知識を持つ者でないと不可能だ。


 闇魔法を遮られるということは、魔族にとって治癒が出来ないことを意味する。

 神聖魔法で治癒を行った場合、逆作用して大怪我することは、エトールの火傷で証明済みだ。

 滅多に出回らない”完全回復薬”は、その貴重さから国の宝物庫に収められるレベルのアイテム。普通の者には手が届かず、ないも同然の薬で、常時携帯してるような品じゃない。が、欠損部位の復元は、"完全回復薬"レベルじゃないと……。


(それで、やられ放題だったわけか)


 魔術を封じられ、その術式を消し去る方法すらないなんて、肉体だけじゃなく、心まで折れそうだ。


(追い詰め方、いやらし過ぎるだろう……)


「うまく無力化している」と術者を褒める気持ちは、まるで生まれなかった。

 凄腕には違いないけど、モヤっとするくちだ。





 木に背中を預けた魔族を観察していると。


――ガサリ。


 枝葉を揺らす音が聞こえ、茂みの向こうから人影が現れた。


 一瞬、野盗かと思った。

 そのくらい粗野な雰囲気に満ちている。たが、同業者らしい。

 パーティーバランスを計算した職業別の風体に、装備品や胸元の身分証プレート。男2人、女2人。4人組の冒険者っぽい。


 中の一人が魔族を目に留め、早速口を開く。


「お、なんだこいつ。こんなとこで座り込んでやがる」

「なんか余計なのが一匹いるな? なんだ、お前」


 ……目が合うなり、こっちまでいきなりな発言を貰ってしまったが。答えてやるか。


「見ての通り、通りすがりの冒険者だけど、あんたたちは?」


「俺たちは逃げた魔族を追ってきた。そこにいる、そいつだ」


 俺の言葉に、リーダー風の戦士が魔族を指さしながら答える。

 その傍らで、さほど興味なさそうに俺を見てた連れの剣士が、いきなり吹いた。


「プッ、なんだこいつ、魔術師か? 壊れた杖なんて持ってるぞ」

「言ってやるなよ。初心者なんだろ、予算がないんだ。超一流、A等級の俺たちと一緒にしちゃダメだ」


「A等級?」


 その程度の身ごなしで?

 俺の目にはB以下……。いや、森の葉を鳴らすなんて、C、Dかな? と思ってたんだけど。

 冒険者の成り手がないとは聞いたけど、アトレーゼの冒険者、しつ落ち過ぎじゃないか。Aだなんて、誇張だろう。


 あと、いま杖のことに触れたか?


 ムッとした表情を作った俺に構わず、先の戦士が言葉を足す。


「ところでお前、その魔族をかばうような位置に立ってるけど、何の真似だ。魔族は滅するべきだと教わってないか?」


 背中側に魔族がいるのは、対面から来た冒険者たちに向き直ったせいなので偶然だ。しかし、そう解説してやるのもしゃく


「……だとしても、いたぶりなぶるのは違うだろう。この魔族の傷はあんたらの仕業か?」


 とりあえずたずね返してみると、戦士は答えるそぶりも見せず、せせら笑った。

 あとの3人もあざけり馬鹿にしたような表情を浮かべる。

 全員似たような性格なのか。

 初対面なのに、ずいぶんと礼儀のないヤツらだ。

 前衛かべもない魔術師だって、甘く見てるのか?


「魔族相手にどんな配慮が必要だと言うんだ。おかしなことを言ってないで、さっさとそいつをこっちに寄こせ」


 戦士男が手の平を上にして、”渡せ”と招く動作をする。

 明らかにこちらを格下にみている仕種しぐさを前に、要求を聞いてやる気がだだ落ちする。

 基本、事を荒立てない主義の俺だけど、冒険者同士。遠慮は不要だな。


(つーかこいつら、虫が好かん)


 結論。

 この傷だらけの魔族は渡してやらん。


 同業者の仕事の邪魔するなんておかしな話だとは思うけど、相手の態度が悪すぎた。


 もしこの魔族がとんでもない悪事を働いての逃亡だったとしたら、その時は俺が責任を持とう。けど、追手の様子を伺う限り、微妙に違う気がする。よって。


「どういう理由で追っていたかは知らないけど、この有様は酷すぎると思う。魔族の身柄はこちらで預かることにする」


「はぁぁぁ? 突然出て来て、何わけのわかんないことをほざいてるんだ。勝手なことをぬかすな! そいつは魔族だぞ? お前、頭がおかしいのか?!」


 そうなんだよなぁ。魔族かばうとか、ないよなぁ。

 自分でも心配。


 いきり立つ戦士が、腰の剣に手を掛ける。

 短気だな。


「あんたたちが間に合わなくて、こいつが森中で角犬の群れにやられてたと思えば、手放せるんじゃないのか?」


「角犬だぁ? そんなもん、昼間から出るか!」


 出てたんだよ。さっき痕跡こんせきなく始末しちゃったけど。


「話になんねぇ!!」


 戦士の咆哮に、他の3人も揃って気色ばんだ。

 交渉決裂、腕ずく決定?

 オッケー、わかった。応じてやるよ。

 食後の俺をなめるなよ? 全能力値1.5倍くらいの心意気だぞ? 自分比だけど。



 相手は4人。

 見た目の内訳は、前衛、戦士、剣士の男2人。後衛、魔術師、僧侶の女2人。

A等級なら突出したチームは下位竜くらい倒せる力を持ってるが、彼らがAの域に到達しているようには思えない。

 油断は禁物だが、生憎あいにくまったく敗ける気がしない。


 SAに位置する冒険者なら、たとえA等級が10名同時に来ても応戦出来る実力を持つ。悪いな、魔王に挑んだ勇者パーティーは全員、最低でも・・・・SA以上なんだ。

 魔王には瞬殺されたけど、俺、実はそこそこ強いからね?


(アーレムは……働く気無しか)


 手の中の杖は相変わらず、魔力を流しても拒否しかしない。


(ならおまえは今回、武器の棒役な。”硬化”を厳重にかけとくから、少し立ち回るくらい平気だろ?)


 4人とも近づけさせないことは容易だが、エトールの技能や反射速度……つまりは身体能力を見ておきたい。

 前衛のうち1人は肉薄を許すことにして、接近戦に持ち込む。

 本職の剣使い相手に少々無謀かも知れないが、物理的な衝撃が緩和されるよう自身に防御や速度上昇等を施し、ヤバイと思った時点で魔術でソッコー倒す。

 相手を見る限り、初撃さえかいくぐればそれで間に合うだろう。


 得物が剣じゃなくてアーレムだけど大丈夫かな?

 武器によって身体の使い方が違う。

 俺の経験を生かすためにも、エトールに棒術の心得があって欲しいが――。



 瞬きひとつの間にこれらを素早く取り決めると、即座に自分に複数の支援魔法を掛けた。

 術の数種同時発動は得意中の得意。その上これまで何百何千と繰り返してきた基本作業。いまさら使う術の選択なんかで迷いはしない。


 今回はエトールでの初戦闘を用心して、魔力節約なしの大判振舞い。

 “魔術視覚”のスキル持ちには、何色もの光が同時に俺を覆ってその身に沁み込んだのが視えたはずだ。


 目の前の戦士と剣士の足が地を蹴る。

 挟撃のためそれぞれ別の角度に跳び、後ろの魔術師が詠唱を結ぶため口を開きかける。僧侶の支援魔法も発動前。


(――遅い!)


 左手を払い、強烈な風魔法でまとめて3人を吹き飛ばした。

 後方の木に叩きつけられた3人のうち、剣士がすぐに体勢を直そうとした身じろぎしたのは立派だが。

 残念、動けません。


 風と一緒に”氷結”の術<弱>もお見舞いしている。

 首以外の身体を氷に縛り付けられ驚いている剣士たちを目のはしに捕らえつつ、眼前に迫った戦士に対応する。


 切り込んで来た戦士の剣を“硬化”した杖で弾きざま、防御しづらい内角より鋭い一撃を首元に打ち込む。


 杖、杖と呼んでいるが実際には”棒”の長さと太さ。

 武器として十分な威力を持つ。加えて”筋力増強”の効果もある。

 相手の戦士は一撃で――。


 ……沈んだ。


(ん? え? は? 気絶? 嘘だろ??)



 氷を溶かし終わった魔術師が攻撃魔法を撃ってきたのが視界の隅にあったが、こちらは戦闘開始時に“魔術障壁”も張っている。

 彼女の術は俺まで届かず、一定距離で掻き消えた。


 消失した魔術と一撃で転がってしまった戦士リーダーを目にした魔術師が、第二撃に転じることなくそのままポカンと口を開ける。おいおい、隙だらけだぞ。


 身体が自由になり剣を構え直した剣士も、彼に支援効果の術を施していた僧侶も、いまだ凍っているかの如くこちらを凝視したまま停止する。


 止まるなよ。ホントに敵なら、そのかんに攻撃されるっつーの。


 まあ、その気持ちわかる。やったこっちも、あっけなさに半ば唖然としてる。

 仮にもA等級を名乗る戦士が、魔術師と接近戦で一撃はないだろう……。


「…………」


 無言の時が、場を支配した。


 おい、化け物見るような目で見てくんなよ。

 自分たちより上位の冒険者に挑んだことなかったのか?

 もしくはSAの戦闘を見たことがない? 今のアトレーゼにいないとか、ないよな?


 俺もここのところ魔族か魔物しか相手にしてなかったから、ちゃんと気を付けて“氷結”まで弱めて。息出来るように顔は避けたし。


 魔物だったら身体の芯まで凍らせてた。てか、角犬はそうした。


 やっぱりA等級なんて虚勢だったんだな。

 等級査証は良くないぞ。

 温和をむねとする俺だったから良かったものの、厳しい先輩なら、もっと手痛い洗礼受けてたはずだ。


 とにもかくにも、ほぼ一巡で全員を倒したことは、4人組の戦意を挫いたようだ。


 戦闘終了。

 早過ぎだ。これではエトールの運動能力がわからない。

 張り切って、あんなにいっぱい支援魔術掛けたのに。はぁぁぁぁ。


「終わりだな? なら、この魔族は任せて貰う。さっさと帰れ」


 途端に3人の冒険者たちが逃げ出そうとしたので、慌てて呼び止める。


「ちょっ、待て、待て! 手を出さないから、こいつも連れていけ」


 足元で動かない戦士を指さす。


 生きてる仲間を置いていこうとするとか酷くない?


 3人はビクビクとこちらを伺いながらも俺の側まで意識のない戦士を連れに来ると、足早にその場から立ち去った。


 これに懲りて、初対面の相手に簡単に喧嘩売ったりするなよ――。


(……変なやつらだった)


 さて、次はこっちか。


 A等級を名乗る冒険者たちを追い払い、背後の魔族を振り返った。

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