第12話 14年前の事件

 辺境の村の名はキサといい、積み上げられた低い石の壁に囲まれていた。

 申し訳程度の柵の前に建つ門番(きっと村の青年団による当番制だな)に、身分証を提示する。


「破損してるじゃないか」

「そうなんですよ! それはもう激しい戦いがあって」


 魔物に襲われたていで、大変だったことを大仰に主張しながら言い募ると、相手からは同情の視線を向けられた。

 壊れた杖を痛々しそうに見られる。

 ううっ、これは俺も辛いんだ。


「でも冒険者ギルド発行の正式な身分証です。確認してもらったらわかると思いますが」

「魔力照合機はうちの村には置いてないんだよ」


 だよね。実は知ってる。


 身分証の素材に通してある冒険者ギルドの識別魔力――職業ギルド別に識別魔力は違っていて、発行した街の情報も入っている――を感知する機器は、貴重で高価。

 辺境の小さな村にまで設置されるような魔道具じゃない。

 あちこち旅した冒険者なら知ってて当然の知識ではあるが。


 でもそんなこと正直に言っちゃわなくていいのに。


 善良そうな門番青年に田舎ならでは朴訥さを感じ、好ましく思いながらも、多少の不安を覚えないでもない。

 大丈夫かな? 悪い奴に騙されたりしない?

 例えば人間に化けた魔族とか、気をつけてね?


「じゃプレート裏の刻印で見てください。本物ですから」

「いや、刻印とか憶えてないし……。ちょっと台帳で見てみないと」

「台帳は?」

「村の中の詰め所だよ。入って中の当番に見せておいて。その人なら字も読めるから」

「…………」


 いま、なんて言った? 入って見せとけ?


 って、うぉぉぉぉぉぉぃ!!

 入れちゃうんかい?!

 確認できてない相手、村に入れちゃダメでしょ?? なんのための門番???


 でも、ここで待つのも面倒くさい。

 ここは指摘せずに黙って通してもらおう。


 多少どころか、すっごい不安だ。もはや不安でしかない。

 警備ザル過ぎ。い――や、すでに警備じゃない、これは。


 そのうえ門番さんは詰所の位置を事細かく説明してくれた。

 おかげで村内の詳細がわかってしまう。

 どうしよう。この人嫌いじゃないけど、誰か”用心”を教えてやってくれ、と言いたくなる。


 そんなこんなで拍子抜けしながら村に踏み入ると、なるほど、すごく簡素な村だった。

 外から見た印象通り、すたれている。

 元々、規模の小さかった村が更に寂びれたという印象だ。


 土地も痩せていそうで、葡萄の木は根本の土が白い。

 近くに、上部に小さな穴が開いている土と泥レンガの円筒――おそらく”鳩の塔”があったから、鳩の糞を畑の肥やしにして、何とか養分を賄っているという感じか。


 言っちゃ悪いが、確かにこれなら略奪目当てで狙われることもなさそうだ。

 怖いのは魔物の無差別な襲来くらいだろうけど……。

 それだって村の位置はキプロティアの端から離れているから、強力なヤツは来そうにない。

 そりゃ緊張感もなくなるわな。


 村の様子を眺めながら詰所にたどり着く。


 詰所の番人は眼光鋭く、逞しく引き締まった体つきのおじさんだった。

 頬や肩、腕など、服からのぞく部分に無数の古傷が、問答無用の迫力をかもし出している。

 先に村の入り口で交わした会話内容を伝えると、おじさんはギロリとこちらを睨んだ後、俺の差し出した身分証の表裏を簡単に見ただけで「問題なし」と、即座に滞在許可を出してくれた。


 雑っ!!

 門番青年以上の雑さだ!

 その判断基準はどこにある? 台帳照合はどうなったんだ。

 話が早いのは有り難いけど、果たしてこれでいいんだろうか。





「あはははは。冒険者が通るなんて久しぶりだから、詰所の方も勝手が違ったんだろう。田舎なんて、そんなものだよ。魔力照合機なんて、旧型のおさがりすら回ってこなかったな」


 詰所の無口なおじさんに指差しで教えて貰った酒場に辿り着き、遅い朝兼昼兼、早めの夕食を注文して、出来上がりを待ちながら店主と話をしていた。


 ちなみに作ってくれてるのは彼の奥さん。


 店主は主にカウンターで酒飲み客に酒を提供したり、注文を取ったりするのが役割らしい。とはいえまだ日没前。皆働いてる時間で、客は俺ひとりだけという状況だった。


「仕込み準備中だけど、いいよ」と快く客として迎えてくれたのは、村に一軒きりの酒場で、名前は『黄金の兎亭』。

 ただし、兎料理はメニューになく、オススメは鳩料理らしい。

 肉が食べれるなら鳩でも兎でもどっちでもいいけど、なぜその店名?


「料理が出来るまで何でもいいから食べさせて」と頼むと、干しアンズを出してくれた。ううっ、ありがたいよぅぅ。

「これ、めっちゃ美味しい」と褒めたたえたら、干しイチヂクと干しブドウまで出てきた。人情に感謝!


「だけど、それで通しちゃって大丈夫なんでしょうか。おかげで助かりましたけど」


「一応、人を見てるはずだから、大丈夫さ。今日の詰所当番は村一番の狩人だから、門番の方も安心して通しちゃったんだろうなぁ。腕っぷしも強いし、何より真面目でちゃんと詰所で待機してくれる人だから。詰所が無人の時も多いんだよ。誰も来ないからって、皆自分の仕事を優先しちゃってさ。まあ本当は門番すら要らないんじゃないかって話も出てくるくらいだしね」


 やはり当番制だった。

 それより詰所が無人で、門番不要案て。

 ……どうぞ村の今後が無事でありますように。


「それにしても、よくこんな辺鄙な村に来たね? 何もないのに」


 もっともな疑問だ。


「ええと、魔物から夢中で逃げるうちに街道から逸れて、さんざん迷った挙句ようやくこちらの村にたどり着いたというわけでして」


 理由としては苦しいかな?

 そして相当情けない冒険者像になってしまったが、まあ今ソロだし、そういう背景でも通るよね?


 勇者や魔王云々のことは言わなかった。

 ややこしくなる予感しかないし、王都に行けばきっと知人たちに何度も話すことになる。辛い結末を、今から繰り返し語りたくない。


 それはさておき、すごく不安に思っていることがひとつ。


「あの、それでこの村に宿ってあります?」


 最初は酒場が宿を兼ねていると思っていた。大抵の街ではそうなっているし、この建物も2階建てで、いかにも上に部屋がありそうに思える。


 ただ、こうも他所よそから人が来ない場所に、宿屋の需要があるだろうか。

 村に入れたのに野宿なんて、かなりむなしい。最悪の場合、家畜小屋でも借りるしかない。


 俺の問いに、それまで笑顔だった店主の表情が曇った。


「ここいらにも昔は旅人が来ていたんだが……。14年前の事件で冒険者の名誉がガタ落ちしてから、冒険志願者もめっきり減って、村に誰も訪れなくなってね。宿屋の方は廃業したんだよ。街道を外れているから商人が通るわけでも無し」


「14年前の事件?」


 オウム返しに聞き返すと、おや、という顔をされた。

 知らないとおかしいぐらい有名な話らしい。


「お客さん、他国の人なのかい? 14年前の事件と言えば、魔王に挑むはずの勇者が国宝の聖剣を持ち逃げしたあの大事件だよ」


「何それ?!」


 思わず声が上ずる。


 勇者アルワードは聖剣を持ち逃げなんてしてないぞ?!

 ちゃんと魔王にも挑んだ。

 その結果敗れて従聖剣は魔族の手に渡ったけど、どうしてそんなデマ話が流布るふしたんだ?!


「そ、その話、もっと詳しく!」


 急に目の色を変えて食いついた俺に、面食らった店主が反射的に身体を引く。

 びっくりさせてごめん。でもでも、どういうこと?!


「詳しくと言われても、こんな村まで詳細な話は入ってこないよ。街に行った村人が噂話で拾ってきたくらいだから。

 魔王討伐に出た勇者が魔王のもとには行かず【中央大陸】に渡り、聖剣を売り払って豪遊したとか、魔王に怖気づいて【中央大陸】に逃げたとか、そんな内容だったけど……。

 とにかくそれ以降、勇者を含む冒険者の評判は地に堕ちて、ギルドも面目丸潰れ、国での発言権を失い、冒険者たちは鼻つまみ者扱いされたな。一時期はこの国で冒険者になる者がいなくなったくらいだ。

 結局、魔物被害の増加で冒険者の復帰を求める声が増えて、ほんの数年で返り咲いたけど、それをきっかけに、この村でも人が来なくなるって言う煽りを食らったから、まったくいい迷惑だよ」


(――真実と違い過ぎる)


 目の前が真っ暗になりながら、何とか言葉を紡ぎ出す。


「一体誰がそんな虚言を……。まさかゼラント王もその話、お信じになられてる、とか?」

「そりゃ当然だろう。国王様から出たお触れだと聞いたからな」


「……な!!」


 それじゃあアルワードは罪人確定じゃないか!


「お客さん、冒険者なのにこの話を知らないなんて……」


 店主がしきりと首を捻るが、言い訳も考えずに続けて尋ねた。


「それじゃあ勇者の仲間たちは? どんなことになってるんですか? 勇者一行の誰かが帰国したとか、そういう話は??」


 クラヴァット、サーキス、リュティスの3人が王都に戻っていたら、国を裏切った(と思われてる)勇者の仲間として、酷い目に遭わされている可能性がある。

 セレム自身だってやばいんじゃないか?


「さあ……。この村じゃ詳しいことまではわからないよ。なんせ話が入って来ないんだから。残念ながら、その後も従聖剣は戻ってないし、誰も戻ってないんじゃないか?」


 なにせ14年も前のことだし不明。

 そう店主が付け加えた言葉に困惑しつつも頷く。


(誰も戻ってない? じゃあ3人はどうなったんだ。けど、冤罪で捕まったりしてない点は良かった? いやいや、こんな嘘話、誰かが帰ってたら、即刻、王に否定してるはずだ)


 ただ、否定して話が通じなかった場合の結果は最悪だ。

 事実、アルや従聖剣自体は帰れてないわけだから、証明が難しい。


(なんでそんなことになってんだ……。アルは国のために戦って命まで落とした。それなのに国に汚名が広がってるなんて、割に合わなさ過ぎだろう……! 俺たちだってどんな位置づけなんだか……)


 ギルドや冒険者全体の評価が落ちるくらいだ。

 当然、良く思われてるとは思えない。


 急に沈み込んだ俺の様子は、店主の目に”冒険者が嫌われていることにショックを受けた”と映ったようだ。元気づけるように提案してきてくれた。


「大丈夫だよ。一部の奴らのせいで冒険者全員を色眼鏡で見たりしないさ。久々の旅人を歓迎したいんだ。もう宿はやってなかったけど、名残で部屋ならある。泊めるくらいわけないから、安心してくれ」


 力無く顔をあげた俺と目が合うと、彼は親し気に片眼を瞑ってみせる。

 そして、重要な一言を投下した。


「ただし、お代はちゃんと貰うけどな」


「あ」


 思い出して小さく天を仰いだ。


「――この村、両替って出来ますか?」


 支払いのためおずおずと取り出した金貨を見て、店主に「は?」という顔をされた。


「すみません、手持ちこれしかないんです」

 魔王の革袋、宝石か金貨みたいな大物しか入ってなくて。


「金貨の両替……」


 それからしばらく、店主はお店そっちのけでお釣り確保のため、酒樽より大きなお腹を揺らしながら村中を奔走してくれた。


 足りない分は物品交換とサービスでまかなわせて欲しいと言われたが、無いなら仕方ないし、こっちだって寒村で金貨出した方が悪いとわかっているから「お釣りは結構です」と辞退した。

 どのみち魔王の迷惑料だ。


――にも関わらず、「魔物に襲われた時、失くしたんだろう?」 と、旅用の荷袋やマント等々までかき集めて確保してくれるような気の良い主人だった。


(でっちあげ話なのに、申し訳ないな)

 良心が咎めつつ、これには純粋に感謝した。助かる。


 そして金貨の余波で、夕食も注文した以上に豪華になった。


 鳩の丸焼きだけでなく、パン各種、ブドウの葉のピラフ包み、野菜のオイル煮、野菜サラダ、豆のスープに山羊のチーズ、オリーブと果物の盛り合わせ、揚げ菓子のシロップ漬け……。


 テーブルからはみ出すように並べられた皿から、そそる匂いがのぼり立ち、食欲が刺激されるものの。


(いくらなんでも、一度にこんな量は食べきれないよ? ……残ったら弁当にまわそう)


 そう算段しながら、食前の挨拶をして食べ始めた。


 それにしても、さっき聞いた話が心に重くかる。

 料理はそれぞれに美味しいけど、気がかりで胸が潰れそうだ。


 真相が知りたくて気持ちが急いているせいか、自然、食事を口に運ぶ回転数ペースが速くなる。決して空腹のせいだけじゃない。


 明日は朝いちばんでここを出て、王都に向かわなきゃ。話を集めるなら、やっぱあそこだ。


(ん、なんだ? ご主人、さっきからこっちをチラチラ見てないか?)


 がっつき過ぎてるか?

 それとも料理の反応が気になるとか?

 いまのところまだ客一人しかいないもんね。


「とっても美味しいですよー」と伝える意味で、こちらを伺う店主に笑顔を返しといたら、ほどなくして店主がやってきて、「追加の飲み物は何が良いか」と尋ねながら、遠慮がちに切り出してきた。


「お客さん、もしかしてと思ってたけど、出身は……」


 ぎくりと身構える。

 まさか魔族だって見抜かれた?

 ボロ出しは皆無だったはずだけど。


 誤魔化すための言い訳を考えていると、予想の斜め上を行く質問が来た。


「貴族なんじゃないかい?」


(へ? なんで??)


 用意していた回答の全てが該当せず、口に運びかけてた豆スープが止まる。


 思わず慌てて自分の手を見た。


 大丈夫、大人の手だ。


 一瞬、幻術が解けたかと焦った。

 エトール姿なら、そう思われかねない。

 あいつは、もう血筋から違うよね、ってありありとわかるような奴だ。

 だけど、こっちセレムは至っては一般的な容姿なのに。


 ああ、いや、エトール姿ならまず大騒ぎになるか。角あるもんな。


 ホントになんで? そんなこと言われたの初めてだ。

 いきなり金貨を出したせいか? 

 有名な事件を知らず、世間知らずだと思われたせいなのか?


 店主には「違いますよ」と否定して、その話は簡単に終わらせた。

 彼も「そうかい?」と言ったきり、それ以上の追及はせず、カウンターに戻って、頼んだ飲み物を供してくれた。


 お酒を勧められたが、未成熟なエトールの身体を考慮して、とりあえず果実水メイヴェ・スユ

 有難く頂戴し、食事を再開して。


 すっかり日も落ち、店もにぎわいだした頃、テーブルいっぱいだった料理は幻のように消え去っていた。


 新しい魔術か?

 恐ろしいな、育ちざかり。

 ……ごちそうさまでした。





 小鳥のさえずりを聞きながら、差し込む光りに朝の訪れを知る。


――目覚めは、快適とはいえなかった。


 昨晩は早めに床に入ったものの、仲間が誰ひとり帰国してない件と勇者の悪評が気になって、疲れていたのになかなか寝付くことが出来なかった。


 そして起床後の今は、身体がきしむ。


 固い岩の上で寝た時のような痛みに首を傾げた。

 なんでだ。


 長く使ってなかったという客用のベッドだったが、主人が急遽新鮮なわらを調達してくれて、木枠内の藁を取り換え、洗濯済みのシーツをかけてくれたおかげで、清潔で快適なちゃんとした寝床だった。


 藁の入れ替えなんて、はっきり言って破格の待遇だ。


 まあちょっと藁の量が足りず、ベッドの枠組み――木箱のようになっている――の敷板を背中に感じるな、とは思ったけど、全く問題のない範囲だったはずだ。


 ……まさかとは思うけど。

 エトールがこの手の寝台に慣れてない、とか?

 幻術を被せて見た目を変えているだけで、元の身体はエトールのものだ。

 奴はお坊ちゃんもいいとこ、王子殿下だった。


(マージーかーよー)


 先が思いやられる。

 魔王、あいつどんだけ息子を箱入りに育ててんだよ!

 はっきり言って俺の教育方針とは全然違う!


 ぷりぷりと腹を立てながら、洗面用のたらいに傍らの水差しから水を注ぎ、顔を洗って階下に降りて行った。





「おはよう。よく眠れたかい?」


 愛想良く宿屋の主人が挨拶してくれたので、

「おかげさまで」と、にっこり返した。


 眠れなくて、身体がイタイのは、こっちの問題だ。


 いやもう、ホントここの店主さん、めちゃいい人で有難い。

 急なお願いだったのに親切に泊めてくれたし、こんなににこやか対応して貰えるなんて。金貨出す前から印象良かったから、多分これが地なんだろうなぁ。


 『黄金の兎亭』の名前だって、由来を聞いてみたら昔飼ってた兎をしのんでつけた店名だった。すごく可愛がっていたらしい。病気で死んだから肉は食べれなかった、という余談はともかく。


 ベッドに罪はない。

 エトール、今後は俺がビシバシ鍛えてやるからな!

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