魂胆の花火【短編】

Naminagare

魂胆の花火―本編―


 とある国に、腕利きの若い花火職人がおりました。

 彼の作り出す夜空に咲く花は、誰もが心奪われる美しさ。

 彼自身も、自らを国一番の腕自慢だと自負していました。


 しかし、とある日。

 事件は起きてしまいます。


 階段で転んでしまった彼は、両腕に大怪我をしました。

 どんな名医でも、彼の腕は二度と動かないと言いました。

 花火職人は、これでもかというほど、わんわん泣いたそうです。


「ああ、俺の腕はもう一生動かないんだ。二度と花火は作れないんだ」


 泣きに泣いた花火職人は、自らの運命を呪いました。

 ところが、ある夜のこと。

 花火職人が布団で泣いていると、彼の前に小さい悪魔が現れます。


「クク、お前が噂の腕をもがれた花火職人かい」

「何者だい、お前は。俺を馬鹿にしているのか」


 真っ黒でみにくい悪魔に、自分を馬鹿にするために現れたのだと思い、花火職人は怒りました。

 しかし、悪魔はこう言いました。


「ククク、違う違う。俺は、お前さんに良い話を持ってきたんだ」

「良い話だって? 」

「ああ。お前さん、オイラと契約をしないかい」

「契約とは、なんだい」


 悪魔は花火職人の動かなくなった腕を指差して、驚くべきことを言いました。


「その腕を、動くようにしてやるよ」

「何だって!? その話は本当かい!? 」

「ククク、本当さ。だけど、オイラと契約をしてもらうよ」

「契約とは、何をすれば良いんだ。どうしたら腕が動くようになるんだい! 」

「簡単な話さ。お前さんの寿命を半分ほど貰いたいのさ」

「何だって!? 」


 花火職人は驚きました。

 寿命の半分もやっちまうなんて、あんまりじゃないかと。


「嫌ならいいのさ。オイラは別の人間にこの話を持っていくだけさ」

「ま、待ってくれ。考えたら、この腕が動かなくちゃ、俺は生きている意味がない」


 もう一度、花火を作れるのなら。

 みんなに自分の花火を作ってみせられるのなら。

 命の半分くらい、安いものかもしれない。


「……わかったよ。俺の命の半分をやろう」

「本当かい! 」

「ただし、本当に腕は治るんだろうな! 嘘だったら承知しないぞ! 」

「約束は守るさ。ほら、もう腕は治してやったよ」


 悪魔は、ククク、と笑って言いました。


「何だって。そんな早く治るわけが……。あれっ。腕が、手が、動く! 」


 花火職人の動かないはずの両腕は、悪魔の言う通り、すっかり治っていたのです。

 当然、花火職人は喜びましたが、悪魔は言います。


「お前さんも、約束は守ってもらうよ。お前の寿命、半分は貰うからね」

「ああ、分かっている。俺の腕さえ動けば、いくらでも持っていってくれ! 」


 花火職人は布団から飛び出して、いてもたってもいられず花火を作り始めます。

 悪魔はそれをジっと眺めていましたが、中々どうして美しい手際に目を奪われました。


「ほう、見事なものだな。さすが噂の花火師さねえ」

「玉詰めしている時点で分かるものか。花火は開いてこそ、本当の美しさが分かるというもの」


 花火職人は、一心不乱で、朝方まで沢山の花火を作り続けました。

 そして、次の日の夜には花火を打ち上げましたが、それがまた立派なものでした。


 赤、青、黄。

 桃色に緑色に藍色に紫色。

 七色に光る美しい花々が、夜空に咲き誇ります。


 それを見た悪魔は感動をしてしまい、花火職人に言いました。


「ククク、なんて綺麗な花火を作るんだい。俺はお前が気に入ったよ。もう少し、一緒に居て良いかい」


 花火職人は笑って頷きました。


「俺の花火を気に入ってくれる奴なら、みんな俺の友達さ。好きなだけ居るといい」

「ククク、悪魔の俺も友達だっていうのかい」

「何と言おうが、お前は俺の友達さ」


 それから花火職人と悪魔は、長い時間をともにします。

 たまに遊んだり、悪ふざけしあったり。

 花火職人と悪魔は、毎日を楽しく過ごしました。


 しかし、楽しかった時間は過ぎ去って、別れの時間はきてしまいます。

 花火職人が、しわの出来て年老い始めた頃、悪魔は言いました。


「なあ、お前さん。言いにくいけど、そろそろお別れの時間が来たようだ」

「それは、どういうことだい? 」

「約束を覚えていないのかね。オイラは、お前さんの命を半分貰わなくちゃいけないんだ」

「そういえば、そんな約束をしていたな。俺は、いつ死ぬんだい? 」


 悪魔は言った。一か月後さ、と。


「なんだって!? 」


 それを聞いた花火職人は突然の話に驚きました。

 まだまだ花は咲かせ足りないというのに。

 俺は一か月後には死んでしまうのか。


「待ってくれ。何とかならないかい。まだ俺は生きていたいんだ」

「駄目さ。約束は約束だよ」

「友達だろう」

「友達だから約束は守らないとダメさ。お前さんと過ごした時間はとっても楽しかったよ」


 約束は守るものだと分かっています。

 だけど、花火職人はまだ死にたくないと思いました。


「こうなったら……」


 花火職人は大きな手のひらで、悪魔をギュウっと捕まえます。


「ぐぇっ、何をするんだい! 」

「俺はどうしても死にたくないんだ! 」

「な、何をするんだい。止めろ、止めておくれ。後悔するよ!」

「俺は今死んだほうが後悔しちまうよ! 」


 花火職人は火薬と一緒に悪魔を詰めて、まんまるな花火玉にしてしまいます。

 それを庭に置いた発射台に押し込み、火を点けて、悪魔の花火を空高く飛ばしました。


 ピュルルルル……。

 ドカァンッ!


「悪魔よ、俺を許してくれ」


 悪魔の詰まった花火はずいぶんと黒い、この世のものとは思えない色をした花が咲きました。


「これほどに黒い花火は初めて見たよ」


 奇妙な花火に首を傾げる花火職人でしたが、これで命は助かったと胸をなでおろします。

 ところが、彼に異変が起きたのはそれから直ぐのことでした。


 その日を境に、あれほど美しかった彼の作った花火は、何を作っても真っ黒な花しか咲かなくなってしまったのです。


「ど、どうしてだ。俺が作った花火が、全部真っ黒な花しか咲かなくなっちまった! 」


 あれほど美しかった花火は黒ずみ、ゆがんで、とてもじゃないが人に見せられるものじゃなくなりました。


あまりにも、みにくい、悪魔のような花火しかつくれない花火職人は、こっそりと町から姿を消します。


 ……それから、風の噂ですが。

 花火職人は、自分で命を絶ってしまったといいます。


 そして、空っぽになった花火職人の屋敷に、あの悪魔が再び現れて、呟きました。


「ククク、約束を守らないから、こうなったんだ。でもさ、お前さんが約束を守るって言ってくれたら、オイラは許そうと思ってたんだぜ。オイラは、お前さんの花火も、お前さんも大好きだったんだ」


 悪魔は、家主のいなくなった屋敷で寂しそうにしました。


「ああ、それにしても。オイラは、お前さんを友達だと思っていたのにね……」


 そう言って、悪魔は姿を消しましたとさ……。



 魂胆の花火 おしまい。


………

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