第9話 マッド・“イコール”・ティーパーティー!~Just joking , brother ! ~

 白々とした月光が、屋上を照らしている。

 映し出されるのは俺と、アリスと名乗った少女。そして、奇妙な風体の3人組だった。


 ――1人はがっしりとした体格の老人。白髪のオールバックにカイゼル髭が燕尾服によく似合っている。腕に白い布巾トーションを掛けて、テーブルの向こうの椅子の側に控えているから、多分この人はアリスの執事なのだろう。手に持ったポットには何が入っているのか。


 ――1人はハゲていて肥満の、中年男性。どこにでも居そうな風貌だが、立ったまま寝ている。微かにイビキが聞こえるから、どうやら熟睡しているようだ。……立ったまま。


 ――1人は女子高生、だと思う。元はどこかの学校のセーラー服であっただろう衣服はボロボロに破かれていて、大事な所しか隠れていない。唯一、頭に被ったシルクハットだけが傷一つなかった。

 長い、地面に着きそうなほど長い黒髪で顔が隠れているが、三日月のように歪んだ口元から察するに、どうやら笑っているようだ。


「あぁ、この3人は今は気にしなくていいわ。素敵なお兄さん。必要なのはワタシとお兄さん、それとお姉さまだけだもの」


 ――そして、アリス。


「おやおやアリス。ワレラは自己紹介すらさせて貰えないのかな?」


「ホッホッホ、良いではないですか。今宵のわたくし共は端役にすぎませんからな」


 シルクハットの女子高生が愉しげにアリスに問うと、執事風の老人がこちらも楽しそうに答えた。


「ええ、その通りよ。控えなさい、“帽子屋ハッター”。さ、注意深いお兄さん。どうぞ席にお掛けなさいな」


 言うとアリスは、テーブルの向こうの椅子にチョコンと腰掛けた。

 その言葉に、恐る恐る椅子に近づいて座ってみる。テーブルの上には空のティーカップが2つ、俺とアリスの前にある。

 正直、今すぐにでも逃げ出したいのだが……。逃げたらどうなるかわからない恐怖と、いったい何が起きているのかを知りたいという、ちょっぴりの好奇心が俺の心の中にあった。


「ウフフ。良い子ね、猫よりも愚かなお兄さん。席に着いてくれて嬉しいわ。それじゃ“三月のマーチ”、紅茶を入れてちょうだい」


 畏まりました、お嬢様。と、執事風の老人……というよりまんま執事なのであろう老人が、湯気の出る飲み物をポットから注いでいく。

 今まで嗅いだことのない、甘ったるく、それなのにいつまでも嗅いでいたいような香りが辺りに広がった。


「あぁ、やっぱり“お茶会”には紅茶が一番だわ。ジュースやコーヒーも悪くはないけれど、にはそぐわないものね」


「その……“お茶会”ってのはなんなんだ?」


 以前、アリスに出会った時にも聞いた単語。

 これだけ妙な少女と連中に囲まれて、ただお茶を楽しむだけなんてワケが無い。


「そうね、そこからお話しようかしら。……少し熱過ぎるわよ、“三月のマーチ”。まったく、お前は紅茶を入れるのがずっと下手ね」


 執事が入れ終わった紅茶に口をつけながら、アリスが語りだす。……いや、下手なんかい。紅茶入れるの。


「ワタシ達はマッド・“イコール”・ティーパーティー。“負”平等なお茶会よ。つまらない大人からは、そう呼ばれているわ」


「“負”平等?」


 “不”平等ではなく。

 “負”平等。

 聞いたことのない単語に、頭の中に?が浮かぶ。


「えぇ、そうよ。訝しげなお兄さん。ワタシたちはね、“負”平等マッド・イコール”なの。全ての物に、価値なんて無いのよ。みんな等しく、平等に、無価値なの。在っても無くてもいいものなら、無くなってしまったほうがいいわ。そうは思わないかしら?」


 なんだそりゃ。

 そんなワケのわからない、極端な考え。

 それじゃまるで。


「その通りよ、勘の良いお兄さん。ワタシ達とお姉さま……。ダッキお姉さまとの考えは、ほんの少しだけ似ているの。もっとも、お姉さまに言わせれば『絶対に交わることのない平行線上だ』らしいけれど」


 あー、そっかー。

 うんうん、そーだよなー。

 こんな訳わかんない連中、あのダッキバカ女の関係者だよなー。うわー、心の底から納得したわー。


「うふふ。どうしたの? 少し気の抜けたお兄さん。紅茶がそろそろ飲み頃よ。この茶葉はワタシのお気に入りなの。どうぞ、召し上がれ」


「あ、あぁ。そうだな、いただきま――」


 ティーカップを手に取り、口をつけようとしたその瞬間。


 ドンッ!!!


 と、大きな地響きと揺れがその場を襲った。

 地震か!? と思ったが、揺れは一度だけで収まった。アリスを見ると、慌てる様子もなく優雅に紅茶を飲んでいる。

 そして。さっきまで月明かりが出ていた夜だったのに。

 ――太陽がある、朝に変わっていた。

 

「“帽子屋ハッター”ったら。ちゃんとおくよう言ったじゃない」


「あぁ、すまないねアリス。ワレラとしたことが、ついうっかりしてしまったよ」


 アリスのたしなめるような言葉に、悪びれる様子もなく答える女子高生。

 なんだこれ。

 超常現象にも程がある。

 まったく理解が追いつかない俺を置いて、事態は更に進んでいくようだった。


「フハハハハ! 臆せずよく来たな、黄乃城・ルナ! ここを貴様の墓場にしてくれよう!」


「それはこちらのセリフです、咎ノ宮・ダッキ。貴女の悪行はこれ以上見過ごせません」


 ダッキと黄乃城会長の声がグラウンドから聞こえてくる。

 慌ててフェンスに駆け寄ると、広いグラウンドの中央にダッキと会長。少し離れた場所に風林火山の4人。更にはそれを遠巻きに見守る、多くの生徒の姿があった。

 さっき起きた揺れも、いきなり夜から朝に変わったことも、まるで無かったかのように普通にしている。……いや、決闘しようとしているのは普通ではないけれども。

 気がついていないのか? この異常事態に?


「おぉーい、ダッキー! 黄乃城会長ー!」


 大声で2人を呼ぶ。

 伝えないと。ノンキに決闘なんかしてる場合じゃない。

 きっと。恐らく。

 それどころではない異常が、今この場に存在しているから。


 俺の声に、グラウンドに居る全員がこちらを見る。

 皆が驚いたような顔をしている中、ダッキだけが違った。

 なんだか酷く、焦っているような――。


「汝、なにをしている! 後ろを――!」


 は? 後ろ?

 言われて振り向くと、そこには。

 さっきまでイビキをかいて寝ていたはずのオッサンが俺のすぐ近くで、ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべていた。


「あら、“居眠りドー”ったら。悪い子ね」


 うわ、と身を捩る間も無い。

 オッサンの手が俺の胸ぐらをつかみ。

 物凄い力で、信じられないほど軽々と。

 倫道・マサヨシは、フェンスの外側に放り投げられた。


「マサヨシィィィィィ!!!」


 ダッキの叫び声が、木霊する――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

進め!悪の組織部! わきゅう @omega1985

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ