最終話 これも一つの幸せの形?

唇に柔らかな感触が触れた。カイル様の体が押しつぶすように僕の体に密着する。

どれくらいそうしていただろうか?

唇が離れたのを察して目を開けた。


「抵抗しないって事は了承したと捉えても良いのかな?」

「こちらは準備が整っておりませんでしたのに……」


ぷいと顔を逸らす。

あーーなんだこれ! すっげーー恥ずい。


まだ肉体が男っぽくないからぜんぜん余裕で受け入れちゃったけど、心臓が爆発しそうだよ!


僕、男とキスしちゃったんだ……

唇を両手で覆い、少しだけ恨みがましそうに見返す。


「私のファーストキスだった」

「わたくしも、初めてでしたわ」


お互いに照れながら顔を直視できない様は、まさに付き合い始めたばかりのカップルそのものだろう。


勢いでしてしまったとはいえ、それほど嫌悪感はなかった。

ただ唇を触れただけだ。体液の交換まではしてない。

こんなのノーカンだよ、ノーカン!


「好きだと言葉で言ったところで君は受け取ってくれないだろう? だから行動で示した。私なりの気持ちだよ」

「婚約を迎える前の男女がすることではありませんわ!」

「私達は隠居をする身だ。それに貴族の爵位も捨てる。だから貴族のしがらみに縛られる必要はない。そうは思わない?」


朗らかに笑みを浮かべるカイル様は、正気とは思えない言葉を並べて公爵の地位を捨てると言った。


「本気、なのですね?」

「嫌? 貴族の地位は惜しい?」

「いいえ。しがらみが煩わしいと思っているのは本当です。ですがわたくしはともかくカイル様がおやめになられる事は無いではありませんか」

「いいや、私なんかよりトール先生を引き止める声の方が大きいよ。今や魔道具生産の祖としての実績、トール教の御神体という立場。貴族社会がそれをみすみす捨てるとは思えない。だから妹達の婚約を隠蓑にした」


そこまで言われて、ようやく僕は答に至った。

つまり僕をこの地に誘致したかったのは公爵家でもセラス様でもなく、他ならぬカイル様だったのだ。


「私達は妹の用意した別宅で慎ましやかな生活を送る。たまーにトール先生の作品を妹達に取りに来てもらう。それ以外は自由だ。誰の邪魔もされずに、伸び伸び過ごせる。どうだろうか? こんな未来は。公爵家という立場をフル活用して他の一切を除外するつもりでいる。私はそのためになら鬼にもなる」

「なんですか、それ。口説いてるのか、容赦がないのかどちらかにしてください」


僕の呆れた声を合図に、またカイル様の顔が近づいてきた。

今度こそ無抵抗でそれを受け取る。

先ほどよりも長い接触に、心臓が跳ね上がりそうな程の興奮を覚える。

クッソ、ずるいぞ。キスで僕の心を操ろうだなんて!


「また受け入れてくれたね。表情は硬いのに、気持ちはすっかり傾いている。あと一押しかな?」


まるで試されてるかのような態度に、僕は痺れを切らした。


「わかりました、わかりましたわ! 受け入れますから、その、揶揄うのはおやめください!」


一度火のついた体はキスなんかじゃ物足りないと欲してしまったのだ。

はしたない女だと思われるのが嫌で、声を大きく上げてごまかした。


「ふふ、ごめんね? 私も引くわけにはいかなくてね。大切にする。だから私を受け入れてほしい」


差し迫る手が、僕の肩を掴んだ。







あーーー太陽が黄色い。

目覚めは最悪な気だるさとともに訪れた。

カイル様と公爵家の別宅に移り住んで1週間目。


僕は満を辞してカイル様に戴かれてしまった。


ずっと守っていた貞操をあっさり解かれた気分は言葉ではとても言い表せない気持ちだ。


まだお腹の中になんか入ってる気がするよ。

そしてゆくゆくは母さんみたいに妊娠するんだろうか?

ちょっと今からでは想像できないや。

それよりも怠さと気恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。


「昨日はお疲れ様」

「お粗末様でした。拙い技術でごめんなさい、その、ああいうのは初めてでしたので。気持ちが舞い上がってしまって煩わしい思いをさせてしまったのではないかと……」

「そんな事を気にしてたの? 私だって初めてなんだ。お互い初めて同士、これから研鑽を重ねていけばいい」

「うぅ、そうですが……」


会話が途切れるとキスの時間が始まる。

初めての時の初々しさはなく、慣れたように体液を交換してる。

もう夫婦の営みを始めてしまっているので今更だろう。


「うぅ、カイル様ぁ……」

「まだ足りない?」


返事はしない。

どうも僕の体は随分と欲しがりな様だった。

一度致しただけでは満足できず、昨日も初めてだというのに何度も欲してしまった。


腕の中に頭を埋め、甘える様にしなだれかかる。

こうしてるとすごく胸の内がポカポカするのだ。

僕の心はすっかり女に染まっている。

もともと男っぽいのは最後の悪あがきみたいな物で、ある時を境に自分は女である事を自覚してしまったのだ。


それが生理現象。

ポーションを飲む事で痛みこそ回避できていたが、流れ出る血がそれを殊更掻き立てる。


つまりお前はもう子供が産める年齢なのだ。

その準備ができたぞ、と脅されている気分だった。

認めたくないと心で思ったところで、体の方の成長は止まってくれない。

特に貴族に養われてからは女系家族だったこともあり、女としての生活を強いられたので未来を想像する事がたまにあった。

故にこの結末は妥協するには最善だと自分の中で答えが出ている。


なので、まぁあれだ。

うん、気持ちよかったよ。

何がどうとは言わないけど。

女ってこんな感じなんだって行動を持ってわからせられた気分。だからと言ってやられっぱなしの僕じゃないぞ。

この際男っぽいのは僕のアイデンティティとして活用していく所存である。


ま、気持ちだけはな。



時は流れて昼。

足腰が立たなくなるレベルで可愛がられたのでご飯は昨晩作り置きしたハンバーグと自作した炊飯ジャーで炊いたご飯を用意する。

カイル様は茶碗とお椀とお皿をきちんと用意してくれる出来た旦那さんなのでいつも助かっている。


え? 動けなくした原因だろうって?

いいんだよ、求めたのは僕だし。おあいこって奴だ。


「炊飯ジャーというのは凄いね。魔道具でこんなのができちゃうなんて、流石トールだ。私も負けてられないな!」

「カイル様ならすぐおいつきますよ。今やAランクポーションをミスなくお作りになられてるでしょう?」

「二人きりの時は名前で呼びすてする様に伝えたよね?」

「あぅ……カイル」

「なぁに、トール?」

「調子に乗らない」


差し出された頭をペシンと叩いた。

この人は見た目通りに子供っぽいところがあるので、言われっぱなしだと無性に腹が立つ時がある。


リードを握らせてると絶対に余計な事しかしない。

毎日のように子作りをする間だけど、尻に敷かれっぱなしでは余計なものまで失いそうで怖かった。



 ◇



一年も経てば別宅はすっかりオール電化となる。

ソーラーで日中蓄えた電力で室内の電装系を回す形だ。


冬は暖かく、夏は涼しい。

いろいろ手入れしてみたけど、一番しっくりくる形で完成したと思う。


僕はカイルとの子を産み落とし、慌ただしい生活を送っていた。

実家の弟は2歳を迎える前に叔父さんになってしまったけどどんな気持ちだろう?

男の子同士なら歳の近い兄弟だと思ってくれるだろうか?

従兄弟どころか叔父さんと甥っ子の関係だけど、それらは本人同士に決めさせればいいか。


しかし当たり前のように強力な魔導士の素質を持って生まれちゃったよ、息子。


伯爵家の血は一滴たりとも混じってないのに〝隕石落下メテオストーム〟とかどこで使うんだこんなもん。


ちなみに公爵家は岩の家系らしく、義弟のセラス様は〝大地崩壊アースクエィク〟とこれまたどこで使うんだという局地地震レベルのハタ迷惑なスペルを与えられてたらしい。


そりゃ遺伝子欲しがられるわけだよ。取り込めば超強いお子さん出来るもんね。

でもそいつ女だぞ。いまだに男装してっけど。


子供の名前はグラスと名付けた。

魔法なんか使わなくてもいい環境で伸び伸び育ってほしい。

たくさんの魔道具に囲まれて、でもその生活に慣れ切られても外に出るとき困るかもなぁ?

どうしようかと本気で考え込む。


「何考えてたの?」

「息子の将来」

「早くない? まだ未満児だよ?」

「お父さんは子供の将来が心配じゃないんですか?」

「お母さんは心配しすぎじゃないかと思うんだけど」


なんだぁ、喧嘩売ってんのか?

息子をゆりかごに寝かしつけながら、僕はファイティングポーズを取る。

カイルは僕の扱いに慣れてきたのか、大きく構えを取った。


ファイッ!

僕たちは取っ組み合いの喧嘩を始め、二時間後。


完敗を喫して足腰が立たなくなるまで蹂躙された。

酷い。産後はコンディションが著しく低下すんのにうちの旦那ときたら一切手加減してくれないんだ。

こりゃ近いうちに第二子の顔を見ることになりそうだ。



 ◇



緩やかだが穏やかな時が流れて五年後。

知りたくない現実が僕の前に降って湧いた。


兼ねてから計画されていた、トール教が帝国の統一宗教として認められたようだ。


何してんの。ねぇ、何してんの?


妹のアリシアがガッツポーズで僕を褒め称える。

24歳にもなってやってる事がいまだに子供の遊びなのが怖い。


君も公爵夫人なんだからもっと領内の発展について考えるとかさー。

子供はできないとしても、もっといろいろやることあるでしょ、もー。


「これがグラス様ですね、お姉様にそっくりでお可愛らしゅうございます」

「くすぐったいー」

「えい、えい! どうだー」

「もっとやってー」


うちの息子は誰彼構わずコミュニケーションを取れるコミュ強だ。

旦那が特にそういう感じだから、推しの強い妹の前でもたじろがずに向かい打つ感じである。

あの妹が押し負けるのをみたのは初めてかもしれない。


まぁ五年も経ってれば子供はポンポン出来るわけで。

今や5人家族の大所帯。

種が優秀なのか、畑が優秀なのかは分からないがお互いの相性がいいのは確かだと思う。


「しかしまた増やしたんだ、兄様。一人くらいこちらに渡しても良いのでは? 周囲が早く世継ぎを産ませろとうるさいんだ」

「ダメだ。我が子の意思を尊重せずに明け渡すなど父親として許可できん!」

「ねぇアリシア。僕たちに仕事丸投げして隠居した人達は随分と偉そうだね?」

「うちの妻の作品で利益を得ているのは知っているんだぞ? それと新興宗教で統一させるなどバカか! 妻は私の物だ、誰にも渡さんぞ?」

「誰が誰のものですかー!」


こやつ、白昼堂々恥ずかしいこと言いやがって。

懲らしめてやる!

愛情をたっぷり込めた平手打ちが旦那の右頬を抉った。

その場でもんどり打って転げ回る旦那様。

ざまーみさらせ! 散々僕を手玉に取ってきた報いだ。


「どちらかと言えば子供の為のお母さんだよ、私は」

「そんなぁ、あんなに毎日愛し合ってるのに!」

「この、ひっつくな! 子供が見てる前でみっともないでしょ!」

「お父さん、大人げなーい」

「げなーい」

「あう」


下の子供達に指摘され、その場で泣き崩れる父親は、今やポーションをつくらせたらこの人、というほどの職人である。

まさかあっさり僕の技術抜くとか当初は思わなかったよなぁ。


お陰でこうして魔道具作りに専念できる環境が生まれたわけだけど、子育てと平行してやるのは結構手間だ。

一人くらい家政婦さんを雇おうか迷ってる。


ただ世の中に出てない魔道具が明るみにされても困るし、できるだけ知られたくないなって気持ちは強いんだ。



「あーあ、どうしてこうなっちゃうんだろうなぁ」

「どうした、母さん?」

「どうしたの、お姉様」

「お母さん、どうしたの~?」

「の~?」


「なんでもないよ。さ、お腹空いたでしょ? ご飯作っちゃうね。アリシアもセラスさんも食べてって」


結局あれこれ考えてみたところでなるようにしかならないし、日々最善を尽くしていくしかないのだ。


気に入らないことがあって逃げ回っていた僕だったけど、最近はこの生活を気に入りはじめていた。


結局僕の体は女で、女としての幸せはなんだかんだ手に入ったのだ。

魔法チート生活も味わったし、冒険者としてお金をたくさん稼いだりもした。全部やって全部叶えたらあとはのんびりスローライフ生活を送っていると思えば良いか。


でもそれでも、愛する夫や家族に囲まれる生活は男だった時に夢見た願望なんかより比べ物にならない満足感を与えてくれたのは確かだった。



fin.

───────────

本編はこれにて完結です。短い時間ですがお付き合いいただきありがとうございました。

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