第24話 既に外堀が埋まっていた件

一晩よく考えたのだが、友達になるだけで米が手に入るのなら、別に公爵領に誘致される必要ないんじゃね? 

と結論が出る。


風呂場で意気投合してしまったとはいえ、どうも僕は上手い話のデメリットを軽視するきらいがあるようだ。


メリットばかりを見せてデメリットを語らないのは詐欺師の常套手段だろうに、貴族になってからというものの騙されやすくなってないか心配である。


「あ、お姉様。セラス様とは随分ご親密になったとかで」


伏せ目がちに瞼を閉じて少女の顔をするアリシア。


「アリシアは何か勘違いしてるわ。あの方は女性よ」

「存じております」


知ってるんかい!


「殿方でしたらお姉様の居る屋敷には呼びませんわ」


え、そんな狼居るの?

仮にも婚約者の姉に手をつけるとか。

嘘でしょ?

いや、王国の貴族ならやるな。

爵位が高いから偉いと勘違いしてるから、立場が低いと黙るしかないか。


「そうなのね。でもメイド達が妙に騒いでたのは何故かしら?」

「きっとお姉様が普段お見せになられない顔を見せていたからですわ」


顔? そんな顔してたか?

自分のほっぺをむにむに引っ張ってみるが、痛いので直ぐにやめた。


「それはよくわからないというお顔ですわね。でしたら一番近くで見てきたわたくしがお答えします」

「お願い。自分が周りからどういう見え方をしてるのか客観的に把握できてないの」

「そうでしょうね。普段お姉様はメイド達の前で伯爵令嬢を演じていますよね?」

「そうね。少しでも令嬢らしくしようと振る舞ってるわ」

「だからメイド達はその令嬢らしく振る舞うお姉様しか知りません」

「あ、そういう事」


そう言われてみればそうかも知れない。

客としてきてた時は失礼のないように女口調だったし、令嬢になってからはボロを出さないようにクールに振る舞ってた。

つまりあの時素顔を見せてたから一気に絆が深まったと、そう取られた訳だ。


「それとセラス様は美形でしょう?」

「うん、近寄られるとドキッとする」

「ですのでメイド達はわたくしの婚約者にお姉様が見染められてしまったと思われるのです」


あ、そういう感じなのか。

つまり僕がセラス様と急接近したおかげで姉妹で一人の男を取り合う関係が出来上がったと。

人は他人の醜聞が大好きだからな。

恋の行方が気になると言ったところか。

そんなの囃し立てんでいい。

真面目に仕事しなさい。お給料減らすぞ?


「そんな事になってたのね」

「それよりもどんなお話をなさってたのです? あのあまり他人に心をお開きになられないお姉様があそこまで距離感が近くなられたので、わたくしもちょっと気が気じゃないというか!」


妹の距離が近い。君も大概距離感近いよね?

あと僕の心証が悪い。

え、他人に心開かないとか一般的に思われてんの、僕?

ちょっとショックだ。


「初耳なんだけど」

「だってお姉様、錬金術に忙しそうでわたくしのお話を耳に入れてくれないではありませんか」


噂の発端お前かよ。

しかもそれを事実のように言いふらして僕になんの罪を被せるつもりだ。


「あまりそのような事を触れ回らないで頂戴。ただでさえ行動を見張られて外を歩けなくなったのに、今から気が重いわ」

「例の集団の事ですね」

「あら、知ってるの?」


妹の事だから同族嫌悪してるかと思いきや、意外と認識してるらしい。

まさかこの子が裏で糸引いてたりなんか……いや、これ以上はよそう。

妹まで疑い始めたら本気で何も信じられなくなるからな!


「ええ、お姉様を御神体に掲げる素晴らしい集団だと聞いております。是非我が国の統一宗教にすべきだとわたくしもお手伝いしてますので」


オウ、シット! 神は死んだ。

僕の周りには敵しかいないことが発覚する。


妹の話では頭のおかしい奴らが10,000人以上も集まっており、教会まで建ててしまった街もあるとか。


リビアの街にも建設予定があり、現在工事中と聞いて僕はすぐさま逃げ出したくなった。


信者がうろついてるだけでも心臓に悪いのに、本格的なご身体を飾って月に一度のミサで堂々とお祈りされてみろ、僕はその場で舌噛んで死んでやるからな!


「残念なことに公爵領ではそこまで信者が獲得出来ずじまいらしいです」


それはいい事を聞いた。

僕は早速この街から逃げ出す準備と、匿ってもらう前提でセラス様に懇願した。





「え? 誘致計画を前倒ししたいですか?」

「ええ、急なことで申し訳ありませんが、わたくしの予測できない事態が起こってしまいまして」

「僕は全然構わないですけど、住む場所がなぁ。あ、兄様の錬金術の講師としてなら客室をお貸しできますが」

「それで!」


一二もなく飛びついた。


しかし公爵領に渡ってから一晩よく考えた結果、僕はまた間違いを犯したのではないかと考えてしまう。


その場所は確かに伯爵領ほど頭のおかしな人はいないし、空気も美味しいし逆に新鮮だった。


そしてセラス様のお兄様のカイル様はとても勉強熱心な方で、お父様も健在で今すぐに引き継ぎどうこういう雰囲気じゃない。

だからこそ僕は考えた。


あれ、これ……妹の策略にまんまと引っかかったんじゃね? と。


「先生、どうかされましたか?」


キラキラとした笑顔で訪ねてくるカイル様。

セラス様がワイルド系イケメンなら、こちらは小動物系イケメン。

儚そうな感じが弟と似ていて、胸をきゅんきゅん締め付けてくる。

僕のノミの心臓にとても悪いお方なのである。


「なんでもありません。次の行程に進みましょうか?」

「はい!」


元気の良い返事で、当時のアリシアを思い出した。

今はどうしてあんな感じにねじ曲がってしまったのか、甚だ理解できない。


きっとどこかで手順をいくつか飛び越えてしまったのだろうな。

だったら次こそは間違わないようにしないと。


僕なりに確かにやりすぎてる気はしていた。

だからちょうどいい機会だと思うことにした。

そう思わなければ怒りで頭がどうにかなりそうだったからだ。


「ご飯、美味しいです」

「気に入ってくれてよかった。うちの妹もね、ものすごく品種改良に熱心でさ。味噌で作ったスープも絶品でね、是非飲んでってよ」


カイル様はとても気さくなお方だ。

僕を令嬢として扱ってくれる一方で、きちんと気を遣ってくれてる。

自分のお話よりも、こっちの話に耳を傾けてくれるし、思えばこんな風に自分の研究話で談笑したことなんてなかった気がする。


妹は僕から話を聞くための手段として自分の研究をダシにして、聞いて聞いてととにかく構って欲しそうにぐいぐい来たからな。


「セラス様はどうしてそのような事を?」

「それはきっと私が病弱だったからだろうね。あの子には無理をさせていた。女なのに男の中に混ぜて過ごさせた。彼女は苦でもなんでもないと言ってくれたけどね、兄としてはやはり心苦しかったよ」


そりゃあの爆乳だもんな。どうやって隠してたって話だよ。

そういやセラス様は19歳だと聞いたが、カイル様はおいくつだろうか?


「あの、失礼な事をお聞きするのですが……」

「何かな?」

「年齢をお聞かせ願えないでしょうか?」


病弱だったとはいえ、カイル様はどう見繕っても14歳くらいにしか見えなかった。

童顔にしたってあんまりだ。

ショタ属性が過剰に付与されてるにしたって、この背格好で公爵家の後を継ぐのは無謀だろう。


「ああ、見えないだろうけどこう見えて23歳だ。いい歳だから早く身持ちを固めろと周囲はうるさくてね。しかしこんなナリだから嫁ぎ手が来てくれないんだ。公爵夫人ともなると覚えることが多いだろう?」


僕はショックを受けた。

流石にこの見た目で年上だとは思わなかったのだ。

なんか逆に親近感が湧いてきて勝手に白状してしまう。


「そうだったのですね。わたくしもこう見えて21歳なのです。日に日に大人びていく妹を羨ましく思っておりました」

「私もだよ。妹は私なんかよりぜんぜん格好良くてね。男としてのプライドは完全に打ち砕かれてしまったな。それに魔力量も高く、マジックキャスターに必要とされるスペル持ちだ。私はこのまま引きこもって、妹に後を継がせた方が我が家は安泰だと何度思っただろうか」


しかしこんな偶然があるとはな。

そんな風に話を切って、カイル様は僕をマジマジと見据えた。


「トール先生」

「はい」

「良ければ私と一緒に隠居しませんか?」

「……はい?」


びっくりした。

てっきり告白でもされるのかと。

自意識過剰かっつーの。


そうだよな、僕みたいなチンチクリンに反応なんてしないか。

しかし隠居か。後継者であるカイル様が隠居してしまっても大丈夫なのだろうか?


「私は常々この肉体は呪われていると思っていた」

「はい」

「そして私が社交界に出ていない理由がこの身体だ。病気がちで寝たきりというのは本当だが、肉体がこの状態で一切成長しなかった。もしこの事が世間に明るみになれば、私の肉体はいい実験材料だ」

「それは多分わたくしもですわ。わたくしの容姿は意図せず周囲のものを魅了しすぎてしまうのです。お屋敷に篭っていてもあの通り。変に持ち上げられて居心地が悪かったのです」

「でしたら、後は何もかも妹達に任せてしまいましょう」

「良いのでしょうか? 全てを捨ててしまっても」

「私の妹は駆け引きが得意でね、そして要領もいい。貴族社会で生き抜く術を持っている。本人は認めないけどね」

「わたくしの妹もそうですわ。既に錬金術の腕では最高峰にいますのに、ずっとわたくしにべったりで。それにわたくしを勝手に美化して見てきますの。そんなに神々しい存在かしら? 自分ではぜんぜん自覚していませんのよ?」


いつしか会話は盛り上がり、僕の肩に手が置かれ、顎を引かれた。


「トール様、私は本気ですよ?」


その目を真っ直ぐ見返す事ができず、僕はただ目を瞑るので精一杯だった。

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